テーブルの上には缶ビール。その傍らでアジポンが頬杖をついている。畳の上ではイケが大の字になっていびきをかいている。開け放した掃き出し窓を通して、松林から虫の音が聞こえてくる。縁側ではツヤカがダンスの練習をしていた。
「ワン、ツー、スリー、フォー、スリーフォ、スリー、フォー」
「おまえ、さっきから何やってんだ?」
アジポンの問いかけが聞こえないのか、はたまた、わざと無視しているのか、ツヤカは動きを止めない。
「おい、ツヤカ、いったい何やってんだ?」
やや苛立たしげな声を受け、ツヤカは片足立ちで一回転した後、ようやく両手を広げてピタリと止まった。
「パフォーマンス」
「どこで覚えてきた、その言葉?」
「三丁目の斎藤さん家」
「誰だよ、それ。ってか、なんでまた、熱心に練習してんだ?」
その質問には答えず、ツヤカはテーブルに寄ってきて缶ビールを手に取り、残りを飲み干した。
「あっ、こら。俺んだぞ」
抗議をものともせず、空き缶をテーブルに置く。そして、アジポンに向き合うように腰を下ろすと、逆に質問を始めた。
「この辺りはテニスのメッカなのか?」
「テニス?」
「そうだよ、テニスだ」
「どうしてまた、そんなこと思いつくんだ? こんな山奥で」
「その山奥でさ、テニスやってる奴らがいたんだよ」
ふご、とイケが、そうなのかと言わんばかりに飛び切り大きないびきをひとつかく。
「昼間、自転車でフラッと行ったろ? そしたら、街に入ったとこにコートがあってさ、大学のサークルらしき連中が汗だくんなって練習してたよ」
「そういや、ここいらの民宿はスポーツ系の合宿を目当てにしてるところが多かった気がするな。町もそれ用にグラウンドとか整備してるみたいだし」
「そうだったのか」
「で?」
「で、って?」
「テニスサークルなんだろ? ギャルが大勢いたんじゃないのか?」
「ああ、たくさんいた。そして、聞いて驚け。俺、そのうちの一人と友だちになってきたぞ。黄色い服着てて、あんま練習しない娘」
アジポンはサングラスを掛け直し、改めて嘗め回すようにツヤカを見た。
「聞き捨てならない発言だな」
「だろ?」
アジポンはしばらく腕組みをして何やら考えていたが、突然、ポンっと両手を合わせると、ツヤカを見てニヤリと口角を上げた。
「おまえ、その娘にいいとこ見せようと思って、ダンスの練習してたんだろ?」
ツヤカの目が一瞬泳ぐのを、アジポンは見逃さなかった。
「どどど、どうしてそんなことを」
「相変わらず、わかりやすい奴よのう」
そこに、切ったスイカを山ほど盆に載せて、民宿のおばさんがやってきた。
「スイカ切ったけど、おまえさんらも食わんかい?」
「ありがとうございます」
ツヤカがすかさず手を出す。こんな時は場を切り替えるに限る。アジポンの追及はねちねちとしつこいのだ。
矛を収める代わりに、アジポンは明らかに一番大きなスイカを取った。ツヤカは比較的小さめのものにした。恨めしいが仕方がない。今日のところは譲れるものは譲るしかないだろう。
「ところで、あんたたち、いつまでいるんね?」
自分でもスイカにかぶりつきながら、おばさんが訊く。
「そうだなあ。ここも厄介になってもう一週間近く経つし、そろそろ移んなきゃな」
「おや、そんなに遠慮しないでもいいんだよ」
ツヤカは壁のカレンダーに目をやった。一枚で一ヶ月分、日付の数字だけが記載されている昔ながらのタイプだ。
「じゃあ、次の区切りまで。明日来る子供たちって三泊四日なんでしょ? その子たちが帰る時、俺たちも発ちますから」
「居たいだけ居てくれて構わんけどね。あたしらもあんたたちに手伝ってもらって、随分と助かっとるけん」
「だから、おばさん、それ、どこの方言?」
食べ終えたスイカの皮を盆に戻すと、ツヤカは新しい一切れを取る。
「気持ちは嬉しいけど、やっぱり一箇所に長く留まってるわけにはいかないよ」
「そりゃまた、何でかね?」
「うーん、自分探し、かな」
「自分探し?」
「俺たちはまだ、自分が本当は何をやりたいのか、わかっちゃいないってこと。何をやりたいのか、何ができるのか、何をするべきなのか。それを見つけるために、こうして旅をしてるんだと思う」
新しいスイカを手に持ったまま、ツヤカは語る。その脇で、アジポンが早くも三切れ目に手を伸ばす。
「同じところに留まってたら、それ以上、前に進めなくなっちゃいそうでさ。明日は何をやってるのか、自分でも予想できないけど、何でもやれる可能性がある。その可能性を目一杯引き出したいんだ。目に入るものは何でも見て、耳に入るものは何でも聞いて、触れられるものにはできるだけ手を伸ばしてみるんだ。可能性を探るために。そして、それができるのは今しかないと思うんだ」
「よくわからんけど、あんたら、ただの遊び人ってわけじゃなさそうだね」
おばさんは淡々とスイカにかぶりつく。
「それじゃ、子供たちが帰った後の大掃除までやってくれんかね?」
「ラジャー」
ツヤカは右手をこめかみにかざし、敬礼のポーズをとる。
「そりゃそうと、どっか次に行く当てはあるんかいね?」
「行く時になったら決めようと思います。なあ」
「棒でも投げて、ね」
三切れ目を食べ終えたアジポンが飄々と答える。
「あんたら、きっと大物になるよ」
おばさんは大仰に拍手をすると、よっこらしょ、と立ち上がった。盆の上にはスイカが二切れ残っている。
「残りはそこの大の字におあげ。あたしらばっかりで食べてちゃ悪いだろ? それじゃ、あと三日はしっかり働いてもらうよ。お寝み」
ひょこひょこと軽い足取りで出ていく後姿を見送ると、ツヤカは思い出したように手元のスイカに視線を戻した。
「ひょっとして、カッコ好過ぎたか?」
「あるいはな」
「それにしても、あんな大見得切ったけど、俺たち、次はどこへ行きゃいいんだろうな」
「さあな。それこそ、本当に棒でも投げて決めりゃいいんじゃねえの? 自分たちの進むべき道なんて、ギリギリになんないと見えてこないもんだぜ。それよりも」
アジポンが眠ったままのイケを見る。サングラスの奥で瞳がキラリと光る。
「ああ、わかってる。寝てるイケをわざわざ起こすのは、非人道的というべきだ」
「本当に幸せーっちゅう顔しとるもんな」
無言で顔を見合わせると、次の瞬間、二人はどちらからともなく残っているスイカに手を伸ばした。
「ワン、ツー、スリー、フォー、スリーフォ、スリー、フォー」
「おまえ、さっきから何やってんだ?」
アジポンの問いかけが聞こえないのか、はたまた、わざと無視しているのか、ツヤカは動きを止めない。
「おい、ツヤカ、いったい何やってんだ?」
やや苛立たしげな声を受け、ツヤカは片足立ちで一回転した後、ようやく両手を広げてピタリと止まった。
「パフォーマンス」
「どこで覚えてきた、その言葉?」
「三丁目の斎藤さん家」
「誰だよ、それ。ってか、なんでまた、熱心に練習してんだ?」
その質問には答えず、ツヤカはテーブルに寄ってきて缶ビールを手に取り、残りを飲み干した。
「あっ、こら。俺んだぞ」
抗議をものともせず、空き缶をテーブルに置く。そして、アジポンに向き合うように腰を下ろすと、逆に質問を始めた。
「この辺りはテニスのメッカなのか?」
「テニス?」
「そうだよ、テニスだ」
「どうしてまた、そんなこと思いつくんだ? こんな山奥で」
「その山奥でさ、テニスやってる奴らがいたんだよ」
ふご、とイケが、そうなのかと言わんばかりに飛び切り大きないびきをひとつかく。
「昼間、自転車でフラッと行ったろ? そしたら、街に入ったとこにコートがあってさ、大学のサークルらしき連中が汗だくんなって練習してたよ」
「そういや、ここいらの民宿はスポーツ系の合宿を目当てにしてるところが多かった気がするな。町もそれ用にグラウンドとか整備してるみたいだし」
「そうだったのか」
「で?」
「で、って?」
「テニスサークルなんだろ? ギャルが大勢いたんじゃないのか?」
「ああ、たくさんいた。そして、聞いて驚け。俺、そのうちの一人と友だちになってきたぞ。黄色い服着てて、あんま練習しない娘」
アジポンはサングラスを掛け直し、改めて嘗め回すようにツヤカを見た。
「聞き捨てならない発言だな」
「だろ?」
アジポンはしばらく腕組みをして何やら考えていたが、突然、ポンっと両手を合わせると、ツヤカを見てニヤリと口角を上げた。
「おまえ、その娘にいいとこ見せようと思って、ダンスの練習してたんだろ?」
ツヤカの目が一瞬泳ぐのを、アジポンは見逃さなかった。
「どどど、どうしてそんなことを」
「相変わらず、わかりやすい奴よのう」
そこに、切ったスイカを山ほど盆に載せて、民宿のおばさんがやってきた。
「スイカ切ったけど、おまえさんらも食わんかい?」
「ありがとうございます」
ツヤカがすかさず手を出す。こんな時は場を切り替えるに限る。アジポンの追及はねちねちとしつこいのだ。
矛を収める代わりに、アジポンは明らかに一番大きなスイカを取った。ツヤカは比較的小さめのものにした。恨めしいが仕方がない。今日のところは譲れるものは譲るしかないだろう。
「ところで、あんたたち、いつまでいるんね?」
自分でもスイカにかぶりつきながら、おばさんが訊く。
「そうだなあ。ここも厄介になってもう一週間近く経つし、そろそろ移んなきゃな」
「おや、そんなに遠慮しないでもいいんだよ」
ツヤカは壁のカレンダーに目をやった。一枚で一ヶ月分、日付の数字だけが記載されている昔ながらのタイプだ。
「じゃあ、次の区切りまで。明日来る子供たちって三泊四日なんでしょ? その子たちが帰る時、俺たちも発ちますから」
「居たいだけ居てくれて構わんけどね。あたしらもあんたたちに手伝ってもらって、随分と助かっとるけん」
「だから、おばさん、それ、どこの方言?」
食べ終えたスイカの皮を盆に戻すと、ツヤカは新しい一切れを取る。
「気持ちは嬉しいけど、やっぱり一箇所に長く留まってるわけにはいかないよ」
「そりゃまた、何でかね?」
「うーん、自分探し、かな」
「自分探し?」
「俺たちはまだ、自分が本当は何をやりたいのか、わかっちゃいないってこと。何をやりたいのか、何ができるのか、何をするべきなのか。それを見つけるために、こうして旅をしてるんだと思う」
新しいスイカを手に持ったまま、ツヤカは語る。その脇で、アジポンが早くも三切れ目に手を伸ばす。
「同じところに留まってたら、それ以上、前に進めなくなっちゃいそうでさ。明日は何をやってるのか、自分でも予想できないけど、何でもやれる可能性がある。その可能性を目一杯引き出したいんだ。目に入るものは何でも見て、耳に入るものは何でも聞いて、触れられるものにはできるだけ手を伸ばしてみるんだ。可能性を探るために。そして、それができるのは今しかないと思うんだ」
「よくわからんけど、あんたら、ただの遊び人ってわけじゃなさそうだね」
おばさんは淡々とスイカにかぶりつく。
「それじゃ、子供たちが帰った後の大掃除までやってくれんかね?」
「ラジャー」
ツヤカは右手をこめかみにかざし、敬礼のポーズをとる。
「そりゃそうと、どっか次に行く当てはあるんかいね?」
「行く時になったら決めようと思います。なあ」
「棒でも投げて、ね」
三切れ目を食べ終えたアジポンが飄々と答える。
「あんたら、きっと大物になるよ」
おばさんは大仰に拍手をすると、よっこらしょ、と立ち上がった。盆の上にはスイカが二切れ残っている。
「残りはそこの大の字におあげ。あたしらばっかりで食べてちゃ悪いだろ? それじゃ、あと三日はしっかり働いてもらうよ。お寝み」
ひょこひょこと軽い足取りで出ていく後姿を見送ると、ツヤカは思い出したように手元のスイカに視線を戻した。
「ひょっとして、カッコ好過ぎたか?」
「あるいはな」
「それにしても、あんな大見得切ったけど、俺たち、次はどこへ行きゃいいんだろうな」
「さあな。それこそ、本当に棒でも投げて決めりゃいいんじゃねえの? 自分たちの進むべき道なんて、ギリギリになんないと見えてこないもんだぜ。それよりも」
アジポンが眠ったままのイケを見る。サングラスの奥で瞳がキラリと光る。
「ああ、わかってる。寝てるイケをわざわざ起こすのは、非人道的というべきだ」
「本当に幸せーっちゅう顔しとるもんな」
無言で顔を見合わせると、次の瞬間、二人はどちらからともなく残っているスイカに手を伸ばした。



