流星群

 思い返すたびに可笑しかった。

 耐え切れず、口に含んだジュースをブブーっと吹き出してしまう。それを見て、淑子が大慌てで雑巾を持ってくる。

「ちょっとーっ、あんた、何やってんの」
「だってぇ、つい思い出しちゃったんだもん」
「何をよ? だいたい、あんた、午後からちょっと変よ。訳もなくニヤニヤしちゃって。気持ち悪いったらありゃしない」

 こめかみに筋を立てながら、淑子はテーブルを拭く。その脇で、ミヤコはまだ含み笑いが止まらない。

「あーあ、畳にもこぼれてんじゃない。どうすんのよ、これ」
「あとでやっとく。ありがと、手伝ってくれて」
「もう晩御飯なんだから、早くしなさいよ。先に行ってるわよ」

 雑巾をミヤコに押し付けると、淑子はぷんぷんと部屋を出て行った。

 山の端から抜けるように高く、橙色のグラデーションが燃えるが如く空を染めていた。沈む夕陽に囁くように、声に出してそっと呟いてみる。人生はパフォーマンス。

 ウン、素敵なキャッチフレーズだな。

 そう言って、またクスッと笑う。どうして真面目な顔してあんなこと言えるんだろう? あたしなら絶対吹き出しちゃうのにな。

 他の部員は風呂に行ったり、一階のロビーでテレビを見ていたりで、部屋には他に誰もいない。ミヤコはゆっくりと空想に浸ることができた。

 夏祭り。森の鎮守の境内に夜店が立ち並ぶ。その一角で、若い男が声を張り上げ何やら叫んでいる。

 さあさ、ガマはガマでもガマが違う。何が違うって、こちとら前足の指が四本、後ろ足の指が六本。これを名付けて四六(しろく)のガマ。

 叫んでいるのはツヤカだ。隣でカエルの真似をするように両手を地面につけてしゃがみ込んでいるのは、昨日ニワトリのマスクを被っていた彼だ。

 見物人が大勢集まっている。その中でツヤカは威勢良く口上を述べ立てる。

 さ、一枚が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚、にならなければ手で千切る。桜三月落花のかたち、比良の暮雪は霜降りのかたちだぁ、お立ち会い。

 よしっ、買ったあっ。渋い声が群集の後方から響く。人込みをかき分けて進み出てくるのはサングラスの彼だ。

 想像するだけでウキウキしてくる。実際に現場で見たら、きっともっと楽しいだろう。

 夕食を案内する副キャプテンの掛け声が階下から聞こえてきて、ミヤコはようやく現実に引き戻された。雑巾を手に立ち上がり、階段へと向かう。

 いそいそと大広間に入っていくと、浦里から声をかけられた。

「機嫌良さそうだね。何か嬉しいことでもあったの?」

 思いもかけないタイミングに、ハッとして顔を上げる。

「えっ、いえ、あの、ボーっと空想してたら、夢と現実の区別がつかなくなっちゃって。あ、バカみたいですね、あたし」
「そんなことないよ。ニコニコしてる方がミヤコちゃんらしくていい」
「はあ」

 生返事になっていることには、自分でも全く気づいていなかった。それがミヤコ特有のトロさだと浦里が勘違いしていることなど、なおさらに。



 食事が終わり、後片付けも一段落すると、恒例のコンパの時間だ。毎夜のことだから、民宿側も特別に料理など出さない。サークルのメンバーたちが連れ立って、酒やつまみを買い出しに行くのだ。

「淑子っ、淑子ちゃんっ、今日のコンパ出る? 出るよねー」

 そう言ってミヤコがどかどかと階段を上がってきた時、だから、淑子はテーブルがひっくり返るほど驚いた。ミヤコの手にはコンビニの袋が握りしめられている。

「早く行こっ。みんな待ってるよっ」
「どうしたのよ、いったい? 昨日とはまるで態度が違うじゃないの」
「話がしてみたくなったのよっ」

 ミヤコの口調はいちいち語尾が弾んでいる。

「話?」
「そう。みんなお酒が入ると口の回転が速くなるでしょ? いろんなこと聞きたいのよ。そうだなあ、特に男の子たちに」

 目覚めたのかしら?

 ミヤコに背を向けると、淑子は急いで頭をフル回転させた。

 そういえば、昨日の晩、浦里センパイとふたりで抜け出してたしなあ。やっぱり、何かあったのかしら。あ、でも、男の子たちと話したいってことは、浦里センパイにはフラれちゃったのかしら? それで新しいのを見つけようと? うーん、わかんないなあ。

「ほらっ、淑子っ、何ぐずぐずしてんのよ。早く行こうよ」
「えっ、ちょっ、ちょっと待ってよ」

 昨夜とは逆に、淑子は後ろ向きで転びそうになりながら、ミヤコに連れられて行った。



 大広間は今日も盛り上がっていた。

 ミヤコはコンビニの袋とノンアルの缶チューハイを手に、男子数人が飲んでいるところに割って入っていった。

「混ざっても良い?」
「良い良い。大歓迎だよ」

 男子たちがさっそく場を空ける。ミヤコはコンビニの袋をひっくり返し、ポテトチップスやクッキーを畳の上に広げる。乾杯をすると、彼らが話していたことなどそっちのけとばかりに、いきなり切り出した。

「ねえ、旅芸人になりたいと思わない?」

 男子たちは缶チューハイを持つ手を止め、互いに顔を見合わせる。

「旅芸人?」
「そう。全国を廻ってお芝居や踊りを見せたり、村祭りのお手伝いをしたりするの。楽しそうだと思わない?」

 男子たちは話の要領がつかめず、戸惑った表情をしている。

「それでね、行った先々でいろんな人と友だちになるの。そうすれば、全国に友だちの輪が広がるでしょ?」
「なるほど」

 相槌を打ったものの、斜め上どころか、異なる時空間から飛んできたような話だ。すぐには追いつけない。しかし、キラキラと瞳を輝かせながら熱心に語るミヤコに、みな段々と引き込まれていく。男子たちは俄然、反応を始めた。

「ミヤコちゃんって、普段はおとなしい感じだけど、実は面白いこと考えてんだな」
「そうかなあ。そんなに面白い?」
「面白いっていうか、突飛だよな」
「俺も見る目が変わったな。とてもそんなこと考えてるような顔してないもん」
「え? じゃ、どんなこと考えてるような顔してる?」
「うーんとね」

 腕組みをして考え始めた男子の脇から、別の男子が口を挟む。

「何も考えてないような顔」

 爆笑の渦が沸き起こる。しかし、ミヤコも満更ではない様子で、何それー、ひどいー、などと言いながら、一緒になって笑っている。

 そうしたやりとりを柱の陰から眺めながら、淑子は拳を握りしめて一人頷いた。

「やっぱり彼女は新しい恋を求めているんだわ」