流星群

 数百年前の火山噴火で流れ出た溶岩が固まる過程で、含まれていたガスや水分が大気中に抜け、地中に多くの空洞ができた。それらが風穴や氷穴として、近隣のささやかな観光資源になっている。

 その一つである「コウモリ穴」の探検が今日の午前のメインだった。この辺りの洞窟の中でも最大規模だという。

 先頭を切っているのはイケだ。頭に巻いた鉢巻の両側に一本ずつ懐中電灯を括り付けたその姿は、赤ら顔と相まって角が生えた鬼を思わせる。両手が空くのでいざという時には安全だと本人は胸を張るが、危険そうな箇所には手すりや照明が整備されている。気分を盛り上げるための小道具なのだろう。

「涼しーい」
「でも、ちょっとだけ、怖いかも」

 子供たちは和気あいあいと進んでいる。

「コウモリがいるらしいわよ」
「コウモリなんて、実物は見たことないわねえ」

 母親たちも和気あいあいだ。

 洞窟は奥に進むにつれ、天井が低くなってくる。大人は背を屈めなければ通れない箇所もあり、その前では隊列が一時的に渋滞する。

 懐中電灯が照らす先に小さな祠が見えると、イケは立ち止って後ろを振り返った。

「祟りじゃあ」

 しかし、子供たちは怖がるどころか爆笑だ。母親たちですら出典が「八つ墓村」であることを知らないようだ。イケのオリジナルギャグだと思われている。

 ある意味、羨ましい。アジポンは最後尾から隊列の反応を眺めていた。成功した他人のネタは芸人魂に火を点ける。自分も新しい何かを開発しなければと競争心が湧く。



 午前の練習が終わり、頭からタオルを被って路地を歩いていたミヤコの隣に、いつの間にか浦里が並んでいた。

「ミヤコちゃん、昼休みにちょっとお使い頼んでいいかな?」

「何でしょう?」
 ミヤコはタオルを被ったまま生半可に返事をした。

「こないだ言ってた花火大会だけどさ、今晩やることになったんだ。ついては、買い出しに行ってもらいたくて」

 ミヤコは立ち止った。

「今晩、ですか?」
「ああ。明日は最終日なんで、トーナメントの表彰式とか、いろいろあるからさ。時間が取れる今日にしようって、キャプテンたちと相談してきた」
「そうですか」

 それ以上は何も言わず、ミヤコは再び歩き出した。浦里が慌てて後を追う。

「なので、せっかくだから花火奉行のミヤコちゃんに選んでもらおうと思ってさ。お金は部費から出すから、たくさん買ってきていいよ。運搬要員として何人か男手もつけるし」
「わかりました。花火を買ってくればいいんですね」

 さらに何か言いたげな浦里を置いてけぼりにして、ミヤコはすたすたと歩を進める。

 何だろう。何かが違う。ミヤコは漠然とした違和感に包まれていた。

 自分でも気づかないうちに隣に並ばれていたことが、とにかく不快だった。独りになりたいわけじゃない。でも、自分の隣にいるべきなのは浦里ではない気がした。



 「コウモリ穴」探検の後は樹海の散策だった。といっても、密林に分け入っていくわけではない。実質は昆虫採集だ。子供たちにとってはこちらの方が楽しみかもしれない。

 ここでの主役はアジポンだった。彼が目をつけた岩を子供たちがひっくり返すと、そこには必ず虫がいた。名前のよくわからない甲虫や、ムカデのように脚が何本も生えているもの、何かの幼虫と思しき白い芋虫もいた。子供たちはそれらを小枝で突いたり、さらに何かが隠れていないか周囲に穴を掘ったりと、手や足を土まみれにして遊んでいる。

 虫取り網を持ってきている子供もいた。飛んでいる蝶や、木の幹に止まっているセミやカブトムシを狙うのだが、なかなか上手くいかない。そこにアジポンがやってきて素手でセミを掴む。魔法のような手さばきに子供たちは拍手喝采だ。

 気がつくと、アジポンの肩や袖にはカブトムシやクワガタが何匹も張り付いていた。

「触ってごらん」

 子供たちが恐る恐る手を伸ばす。黒光りする立派な体躯は、しかし、ちょっとやそっと引っ張っただけでは剥がれない。

「うわー」
「すげー」
「でけー」

「じゃあ、水をすくう時のように、両手を出してみて」

 そう言って、アジポンは袖のカブトムシをひょいと摘まんで子供の手に載せる。

「俺も―」
「あたしもー」

「まあ待て。順番にな。この森にいるカブトムシは君たちよりずっと数が多いから、急がなくていいぞ」

 それを聞いて、子供たちの瞳がさらにキラキラと輝く。

 一方で、イケの存在感は希薄だった。誰にもカミングアウトしていなかったが、実は虫が苦手なのだ。洗い物をさぼっていた台所からゴキブリに飛び立たれた経験があり、それがトラウマになっていて、セミやカブトムシくらいのサイズの虫を見るとつい思い出してしまう。そのため、自らは虫遊びには参加せず、一歩引いたところから全体を眺める役割に徹していた。



 花火は駅前の土産物屋で売っていた。軒先の一番目立つ縁台に、様々な種類がこれでもかと並べられている。どこか気乗りのしない表情をしたミヤコとは対照的に、男子たちは童心に帰って盛り上がっている。

「花火なんて、小学生以来かも」
「ロケット花火、何本くらいやると思う?」
「線香花火は一人一本はマスト」
「打ち上げ花火もいるだろ? ドカンと派手なやつ」
「おっ、ねずみ花火。懐かしーい」
「ナイアガラも、あったらいいんじゃね?」
「ねえ、ミヤコちゃんのお勧めはどれ?」

 ミヤコは驚いてビクンとからだを震わせた。すっかり蚊帳の外で、話しかけられるとは思っていなかったのだ。

「そうだな。花火奉行のお気に入りは多めに買っとかないと」
「あ、あたしはどれでも」
「子供のころ好きだったやつとか、ないの?」
「べ、別に。みんながやりたいのを選べばいいよ」

 いたたまれない気分になり、ミヤコは引き戸を開けて外に出た。

 目の前にはロータリーが広がっていた。暑苦しいエンジン音を立てながらバスが入ってくる。陽炎のせいでセンターラインが揺らいで見える。

 数日前の出来事が鮮やかに脳裏によみがえってきた。あの時は彼らがこの土産物屋から出てきたのだった。ニワトリのマスク、麦わら帽子、ヘンテコなサングラス。思いもよらない組み合わせが、今となっては絶妙な取り合わせのように思える。

「ここで、出会ったんだ」

 記憶は鮮明なのに、なぜか遠い昔のことのように思えた。あるいは、現実ではない映画のワンシーンか何かのようにも。いずれにせよ、すべては過去形だ。

 切なさが込み上げてくる。心が締めつけられるように苦しくなる。ミヤコは目を瞑り、握り合わせた両手の拳を祈るように胸に押し当てた。