アスファルトからは陽炎が立ち昇っていた。センターラインの白線が揺らぐ。バスが、熱気を撒き散らしながら駅前のロータリーへと入ってくる。
暑かった。
信号が青に変わった。
若い娘は歩き出そうとして顔を上げたが、横断歩道の向こうに広がる奇妙な光景に目を奪われ、抱えていたテニスのラケットを落としてしまった。首から上はニワトリで首から下は人間という、不思議な生き物がいたのだ。
何、あれ?
立ちすくむ娘の前で、ニワトリ人間、もしくは人間ニワトリは、キョトキョトと不自然に首を動かす。どうやら、左右の安全を確かめているらしい。やがて、車が来ないことを理解したのか、わたわたと横断歩道を渡り、こちらに近寄ってきた。
「きゃあっ」
娘は悲鳴を上げ、その場にしゃがみ込んでしまった。
すると、正面の土産物屋から、麦わら帽子を被った若い女が飛び出してきた。すかさずニワトリ人間の後頭部を平手で打つ。
「あ痛ぇ」
ニワトリが喋った。
「ったく、不用意にマスク被って歩いてたら、びっくりする人もいるんだぞ」
麦わら帽子は声が男だった。花柄のスリムなジーンズを穿き、首にレースのスカーフを巻いている。さらさらとした長い黒髪を後ろでひとつに束ねている。そのような外見から女性だと決めつけてしまったが、早計だったかもしれない。
また、改めて気づいたが、ニワトリは半袖のTシャツに半ズボンだ。これはどう見てもれっきとした人間だ。
「すみませんでした。驚かせてしまって」
麦わら帽子が丁寧にお辞儀をする。連れて、ニワトリもバツが悪そうに頭を下げる。
麦わら帽子がニワトリのトサカを摘まんで引っ張ると、すっぽりとマスクが脱げ、赤ら顔をした若い男が現れた。
なぁんだ。
拍子抜けした途端、アスファルトの熱が直に脚に伝わってきた。こんな子供騙しに狼狽してしまうなんて恥ずかしい。急に頬が紅潮してくる。
「おーい、何やってんだ。そろそろ行くぞー」
ニワトリと麦わら帽子を呼ぶ声がした。土産物屋の軒先から、これもまた若い、だが、どこか珍妙な風袋の男が顔を覗かせている。真ん丸のレンズに黄土色のフレームという、あまり見たことのないサングラスを掛けている。
「おう、今行く」
サングラスの男にそう答えると、麦わら帽子はラケットを拾って娘に差し出した。
「ホント、ごめんね」
麦わら帽子が微笑む。澄んだ瞳に吸い込まれそうだと娘は思った。声も、間近で聞くと囁くように甘い。ホストクラブってこういう感じなんだろうか、などとあらぬ考えが脳裏をよぎる。
麦わら帽子はニワトリの腕を掴み、オラオラと急き立てるように引っ張っていく。ニワトリはニワトリで、後ろ向きで転びそうになりながらも愛嬌たっぷりに手を振っている。もう一方の手に、さっき脱いだマスクを握りしめながら。横断歩道を渡り切ると、待っていたサングラスがニワトリを小突いた。
娘は呆気にとられたまま一連の出来事を眺めていたが、ようやく我に返ってよろよろと立ち上がった。膝やソックスに付いた埃を払う。再び両手でラケットを抱えると、ターンを切り、サークルの合宿が行われている民宿への途に就いた。
可笑しな人たち。
心なしか、頬が緩んでいた。
暑かった。
信号が青に変わった。
若い娘は歩き出そうとして顔を上げたが、横断歩道の向こうに広がる奇妙な光景に目を奪われ、抱えていたテニスのラケットを落としてしまった。首から上はニワトリで首から下は人間という、不思議な生き物がいたのだ。
何、あれ?
立ちすくむ娘の前で、ニワトリ人間、もしくは人間ニワトリは、キョトキョトと不自然に首を動かす。どうやら、左右の安全を確かめているらしい。やがて、車が来ないことを理解したのか、わたわたと横断歩道を渡り、こちらに近寄ってきた。
「きゃあっ」
娘は悲鳴を上げ、その場にしゃがみ込んでしまった。
すると、正面の土産物屋から、麦わら帽子を被った若い女が飛び出してきた。すかさずニワトリ人間の後頭部を平手で打つ。
「あ痛ぇ」
ニワトリが喋った。
「ったく、不用意にマスク被って歩いてたら、びっくりする人もいるんだぞ」
麦わら帽子は声が男だった。花柄のスリムなジーンズを穿き、首にレースのスカーフを巻いている。さらさらとした長い黒髪を後ろでひとつに束ねている。そのような外見から女性だと決めつけてしまったが、早計だったかもしれない。
また、改めて気づいたが、ニワトリは半袖のTシャツに半ズボンだ。これはどう見てもれっきとした人間だ。
「すみませんでした。驚かせてしまって」
麦わら帽子が丁寧にお辞儀をする。連れて、ニワトリもバツが悪そうに頭を下げる。
麦わら帽子がニワトリのトサカを摘まんで引っ張ると、すっぽりとマスクが脱げ、赤ら顔をした若い男が現れた。
なぁんだ。
拍子抜けした途端、アスファルトの熱が直に脚に伝わってきた。こんな子供騙しに狼狽してしまうなんて恥ずかしい。急に頬が紅潮してくる。
「おーい、何やってんだ。そろそろ行くぞー」
ニワトリと麦わら帽子を呼ぶ声がした。土産物屋の軒先から、これもまた若い、だが、どこか珍妙な風袋の男が顔を覗かせている。真ん丸のレンズに黄土色のフレームという、あまり見たことのないサングラスを掛けている。
「おう、今行く」
サングラスの男にそう答えると、麦わら帽子はラケットを拾って娘に差し出した。
「ホント、ごめんね」
麦わら帽子が微笑む。澄んだ瞳に吸い込まれそうだと娘は思った。声も、間近で聞くと囁くように甘い。ホストクラブってこういう感じなんだろうか、などとあらぬ考えが脳裏をよぎる。
麦わら帽子はニワトリの腕を掴み、オラオラと急き立てるように引っ張っていく。ニワトリはニワトリで、後ろ向きで転びそうになりながらも愛嬌たっぷりに手を振っている。もう一方の手に、さっき脱いだマスクを握りしめながら。横断歩道を渡り切ると、待っていたサングラスがニワトリを小突いた。
娘は呆気にとられたまま一連の出来事を眺めていたが、ようやく我に返ってよろよろと立ち上がった。膝やソックスに付いた埃を払う。再び両手でラケットを抱えると、ターンを切り、サークルの合宿が行われている民宿への途に就いた。
可笑しな人たち。
心なしか、頬が緩んでいた。



