神戸異人館の手紙屋さん

 香水瓶のようなオシャレな形をした瓶の中には赤や青、オレンジ、ピンクなどさまざまな色のインクが入っている。机の両サイドにも木製ラックが現れ、そこにインクが並べられている。

 数は五十以上はあるだろうか。よく見ると、インク瓶には「夕暮れ」「十六夜」「初恋」など、すべてラベルが貼られている。

「これは……?」

 汐里が尋ねると、リヒトは深い青色のインク瓶を手に取った。瓶のラベルには「蒼穹」と書かれている。

「こちらは当店だけで取り扱っております特別なインクです。このインクを使って手紙を書くことで、お客様が綴った言葉に特別な力が込められ、私が死者の世界へ手紙を届けられるようになるのです」
「死者に手紙を書くって、本当にそんなことができるんですか……?」

 半信半疑で尋ねる汐里に、リヒトは変わらぬ笑みを浮かべたまま「ええ」と返す。

 汐里は改めて、目の前に並ぶインク瓶を見渡した。本当にそんなことができるのだろうか、という疑問はあるものの、先ほどリヒトは指をぱちんと鳴らしただけでインク瓶を出現させていた。

(現実の世界で、そんなことできるわけないし。やっぱりこれは夢なのかも……)

 そう思った汐里は、せっかくの機会だからと「手紙、書かせてください」とリヒトに頼むことにした。

「承知いたしました。では、お好みの色のインクと、あちらの引き出しの中から便箋、ガラスペンもお選びください」

 そう言われて壁際の木製棚に近づき、引き出しを開けてみると、デザインの異なる便箋に封筒、ガラスペンがいろいろ入っている。

 汐里は、その中から菖蒲の花が描かれた便箋と、紫のインク瓶を手に取った。瓶のラベルには「追憶」と記されている。「追憶」とは過ぎ去った過去や思い出を思い返すこと……その言葉に、祖母とのこれまでの思い出がよみがえっていくようだった。

 汐里は少し緊張気味にインクをガラスペンにつけ、試し書きをしてみた。そこには赤と青が混ざり合ってできた、優美な紫が浮かび上がる。

「綺麗な色……」
「まさに初夏に咲く菖蒲のような、美しい紫色をしていますね。お客様がお選びになりました便箋にぴったりとインクかと」

 リヒトからも褒められ、汐里は少し嬉しくなった。それからスイーツとドリンクの用意をしてくると部屋から立ち去ったリヒトの背中を見送って、汐里は改めて椅子に腰かけた。机の上に選んだインク瓶とガラスペン、便箋を並べる。

「よし」

 汐里は静かに気合を入れると、緊張した面持ちで「おばあちゃんへ」と手紙を書き始めた。