神戸異人館の手紙屋さん

 父方の祖母、昭子は礼儀に厳しい人だったが、昭子にとって汐里は初孫だったこともあり、小さい頃からよく遊んでもらっていたことを覚えている。

 鶴の折り方を教えてもらったこと。ハイキングにでかけ祖母特製の弁当を食べたこと。夏には井戸で冷やしたスイカを一緒に食べたこと。

『おばあちゃん、大きいタケノコ取れたよ!』
『ホントや、すごいな。アンタが手伝ってくれたら、おばあちゃんも助かるわ』
『これ、どうやって食べるの?』
『これはお出汁と醤油、みりんで煮物にしようかな。鰹節も乗せて』

 「汐里は鰹節好きやろ?」と続けた祖母に、汐里は「うん!」と喜んで料理の手伝いもよくしたものだ。

 都会のマンション暮らしだった汐里にとって、周りが田んぼに囲まれた祖母の家は非日常を感じられる場所で、長期休暇のたびに遊びに行くのが楽しみだったことを思い出す。

 縁側で涼やかな音を奏でていた風鈴。蚊取り線香の香り。夜になると、庭で手持ち花火をして遊んだ写真が、今も実家にあるアルバムにたくさん残っている。

 だが、そうやって祖母の家に遊びに行っていたのは小学生くらいまでのこと。

 車を使えば三十分もかからない近い距離に住んでいたにも関わらず、中学生になると部活や塾で忙しくなり、祖母の家に行く機会はいつの間にか減ってしまった。

 それでも月に一回は親が顔を見せてあげなさいと祖母の家に連れていってくれたので、一緒に夕食を食べて学校であったことを話したりしたが、その回数は年々少なくなっていった。


 そうして月日は流れ汐里が社会人になる前、祖母の認知症が進み施設への入居が決まったと母から知らされた。入居先のホームは完成したばかりの新築で、清潔感のある綺麗なところだった。

 けれど、両親とともに訪れた部屋にいた祖母は、以前と比べて随分と小さくなって見えた。

 ベッドの縁に腰を掛けて、「いらっしゃい」と笑う姿は変わらないはずなのに、まるで汐里のことなど知らないと言わんばかりに、他人行儀に「綺麗なお姉さんね」と言われた時、汐里は大きなショックを受けた。

 汐里も調べてみて知ったのだが、認知症とは、病気などにより脳の神経細胞の働きが徐々に変化し、認知機能が衰えて生活に支障をきたしている状態をさす。国の調査でも、およそ三人に一人の高齢者が認知機能に関わる症状を発症しているそうで、もはや誰でもなりうるものだと言われている症状の一つだ。

 なかでも、認知症の原因の半数を占めるアルツハイマー病は、脳内にアミロイドβと呼ばれるたんぱく質が異常に蓄積することで、神経細胞に影響を与え認知症を引き起こす。汐里の祖母も、そのアルツハイマー病だと診断されていた。

 自分の夫や、子ども、そして汐里のことを忘れてしまっていたのはもちろん、ありもしない話や、つじつまが合わない話をしたりと、祖母はそんな状態だった。

 認知症とはそういうものだ。

 頭では分かっていたはずなのに、いざ自分の祖母がそうなってしまったのだと目の当たりにして、ひどい寂しさを覚えた。