神戸異人館の手紙屋さん

 すると、そんな汐里の考えを察知したかのように、リヒトがくすくすと笑いながら「ぼったくりバーではございませんので、ご安心を」と継いだ。上品な彼から「ぼったくりバー」という言葉が出てきたのがおかしくて、汐里はふふっと笑った。

「じゃあ、システムって一体どういうことですか……?」

 汐里が首を傾げると、リヒトは一枚のカードを汐里の前に差し出してきた。上質そうな白の厚紙には、「店主のおまかせスイーツセット」とだけ書かれている。

「当店のメニューは一品のみ。わたくしがお客様にぴったりのスイーツとドリンクをご用意させていただいております」
「なるほど……」

 こんな高級そうな洋館で、「店主のおまかせ」だなんて絶対高いに違いない。ここが「夢の中」だと分かっているものの、メニュー表に値段がない店というのは、それだけでそわそわと落ち着かない気持ちになってしまう。そんな汐里の不安をよそに、「それから、もう一つ」と続けたリヒト。

「わたくしがスイーツの準備をしている間、お客様にはここで手紙を書いていただきます」

 にこりと微笑むリヒトに、汐里の頭にまたもやハテナマークが浮かぶ。

「手紙、ですか」
「ええ。この店の名は『喫茶みなと便り』。わたくしは亡くなった方へ手紙を届ける、冥府の配達人ですので」
「冥府の、配達人……?」

 汐里が首を傾げると、リヒトは「左様でございます」と続けた。

「本来、生者と死者は住む世界が異なり、命がついえた時点で両者は接点を持つことはできません。それはこの世界の理であり、不変の事実。ですが、実は現世とあの世を繋ぐ扉は不定期で開かれております。時折、その扉をくぐって現世に現れる死者を、生きているあなた方は『幽霊』などと呼んでいるでしょう?」
「なるほど……幽霊って、そういう存在だったんですね。私、まったく霊感とかないタイプなので分かりませんけど……。じゃあ、リヒトさんはその扉が開くタイミングで現世とあの世を行き来して、手紙を届けてるっていうことですか?」
「おっしゃる通りでございます」

 胸に手を当て、にこりと微笑むリヒトに汐里は腕を組んで「うーん」と考え込んだ。

(手紙を書きたい人、かぁ……)

 もし本当に亡くなった誰かに手紙を書けるとしたら、自分は誰にどんなことを書くだろうか。

 そう考えてみた時に、最初に思い浮かんだのは祖母の顔だった。

「……私、おばあちゃんに手紙を書きたいです」
「お祖母様ですか」

 リヒトの問いかけに、汐里は「はい」と静かに答えた。

「……おばあちゃんが亡くなったのは、一年前。私が社会人になって、しばらく経ってからのことでした」