神戸異人館の手紙屋さん

◇◇◇

「よかったですね、お孫さんが元気になられて」

 小さくなっていく背中を見つめながら、リヒトはそう微笑んだ。隣には、腰のまがった年配の女性が杖をついて並んでいる。

「ありがとうね、リヒトさん。あの子のことが、ずっと心配だったから、またこうして会えて嬉しかったよ」
「素敵なお嬢さんでしたね」
「……ああ、私の自慢の孫だからね」

 年配の女性は、汐里の祖母の多喜だった。孫の背中を見送る目元は優しく細められ、愛情に満ちていた。

「最初は冥府の配達人だなんて胡散臭い男だと思ったけど、アンタが私のところへ来てくれて良かった。これで私も安心して逝けそうだよ」

 にこりと笑う多喜に、リヒトは胸に手を当て目を伏せた。

「私はあくまで彼女の手紙を貴女へお届けしただけに過ぎません」

 そんな風に謙遜する配達人の背中を、多喜は「馬鹿だねぇ、アンタ!」と力強く叩いた。

「ば、馬鹿……」

 威勢のいい多喜に呆気に取られたリヒトは、珍しく相好を崩した。

「アンタがきちんとあの子の手紙を届けてくれたから、私は汐里の想いを知ることができたんだよ。何より死んでからも、自分を思い出してくれる人がいるってのは幸せなことだね。忘れていた記憶を教えてもらって、孫との楽しかった日々を思い出すことができた。その役目をアンタは果たしてくれたんだ。……いい仕事してるじゃないか」

 そう言って、にっと歯を見せて笑った多喜にリヒトは目を丸くした。それから、ふと頬を緩めると、「そうですね」とぽつり呟いた。

「……普段、直接伝えられない気持ちも手紙になら書ける。それは、手紙のなせる魔法なのかもしれません。そんなお客様の大事な手紙をお届けする役目を、私は存外気に入っているようです」

 リヒトはそう呟くと多喜に改めて向き直り、優雅に一礼してみせた。瞬間、庭に咲く花たちが風に揺れる。

「では、どうかお気をつけて」
「ありがとうね、リヒトさん。新たな旅路を楽しんでくるよ」

 にこやかな笑みを浮かべた多喜は、そう言って光の奥へと消えていった。