「書けた……」
書き終わった手紙を手に取り、汐里は頬を緩めた。四隅に菖蒲の花が描かれた便箋に、菫色の文字が並んでいる。
ガラス万年筆は初めて使うものだったが、書く度に聞こえるカリカリという音、滑らかな書き心地は、スマホで文字を打つ時とは違った高揚感があった。
晩年の祖母との思い出は、施設で少し話した程度のものだったが、こうやって窓の外の海を眺めながら、じっくりと思い返してみると楽しかった思い出はたくさんあることに気づく。
「故人への想いを綴ることはできましたか」
ふと隣から声が聞こえ顔を上げれば、優しく微笑むリヒトがいた。
「はい、手紙を書くこと自体も久しぶりで……最初は何を書こうか迷ったんですけど、窓の外に広がる海を見つめながら、おばあちゃんとの思い出を思い返していると、あっという間に書けました。こうやって文字にすることで、自分の気持ちも整理できた気がします」
「それは何よりでございます。『書くこと』は、思考の整理にも効果的だと言われておりますので、お客様の心を整えることにも一役買ったのかもしれません」
リヒトの説明に、そういえば「書く瞑想」といったマインドフルネスの方法について書かれた本を書店で見かけたな、とふと思い出した汐里。
「さて、手紙が書き終わったとのことですので、最後に当店自慢のスイーツをお召し上がりください。僭越ながら、わたくしがお客様にぴったりのメニューをご用意させていただきました」
そう言って、リヒトはテーブルの上に静かにプレートを置いた。
「わぁ……」
汐里の口から感嘆の声が漏れた。プレートの上には、苺のショートケーキが乗っている。正方形のケーキは、どの角度から見ても断面が綺麗で、スポンジの間にはたっぷりの生クリームと、カットされた苺が隙間なく敷き詰められおり、ケーキの側に添えられている苺には、粉糖がまぶされていて粉雪のようだった。
「美味しそう……ショートケーキ、おばあちゃんの誕生日によく食べました。家族みんなでバースデーソングを歌ってあげると、恥ずかしそうにしてたけど、おばあちゃん……いつもすごく喜んでくれてたな」
ショートケーキを見て、そんな楽しかった思い出がよみがえる。
亡くなった祖母とは、もう会って話すことは叶わない。だが、こうやって昔を懐かしんで過去を思い出すことで、元気が出てきた自分に気づく。
「仕事、毎日忙しくて大変ですけど……天国で、おばあちゃんが見てるかもしれないから、頑張らないと。何だか、元気が出てきました!」
両手にぐっと力を込め、笑顔を見せる汐里を、リヒトは優しげな表情で見つめていた。
「これ、いただいてもいいんですか?」
「ええ、どうぞ。お客様のためにご用意したスイーツです。心ゆくまで、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
リヒトはそう言うと、白地に金の細かな装飾が施されたティーカップに紅茶を注いでくれた。ふわりと香る紅茶の香りに、心がふと穏やかな気持ちになっていく。
それから一人になった部屋で、汐里は窓の外を眺めながらティータイムを楽しんだ。
洋館の一室で、紅茶とスイーツをいただきながら、ゆっくりとした時間を過ごす。こんなひと時を持つのは、もう随分と久しぶりな気がした。
いつも仕事に追われて食事も疎かにになり、自分のやりたいことを先送りにして家に引きこもる。いつしか、それが自分の日常になっていた。だが、こうやって一人落ち着ける時間を持つことで、少しだけ気持ちが変わった気がした。
心のどこかでいつも「このままの人生でいいのか」と嘆いていたが、いま目の前にあることに視点を向けてみれば、世界は違って見える。穏やかな時間が流れる静かな場所で、祖母への手紙を書くなかで、汐里はそういう風に思えるようになっていた。
「……素敵な場所に来れてよかった」
静かに呟いた汐里の言葉に、部屋の外からその背中を眺める人物がふと笑みを零したが、紅茶の香りを堪能する彼女が気づくことはなかったのだった。
書き終わった手紙を手に取り、汐里は頬を緩めた。四隅に菖蒲の花が描かれた便箋に、菫色の文字が並んでいる。
ガラス万年筆は初めて使うものだったが、書く度に聞こえるカリカリという音、滑らかな書き心地は、スマホで文字を打つ時とは違った高揚感があった。
晩年の祖母との思い出は、施設で少し話した程度のものだったが、こうやって窓の外の海を眺めながら、じっくりと思い返してみると楽しかった思い出はたくさんあることに気づく。
「故人への想いを綴ることはできましたか」
ふと隣から声が聞こえ顔を上げれば、優しく微笑むリヒトがいた。
「はい、手紙を書くこと自体も久しぶりで……最初は何を書こうか迷ったんですけど、窓の外に広がる海を見つめながら、おばあちゃんとの思い出を思い返していると、あっという間に書けました。こうやって文字にすることで、自分の気持ちも整理できた気がします」
「それは何よりでございます。『書くこと』は、思考の整理にも効果的だと言われておりますので、お客様の心を整えることにも一役買ったのかもしれません」
リヒトの説明に、そういえば「書く瞑想」といったマインドフルネスの方法について書かれた本を書店で見かけたな、とふと思い出した汐里。
「さて、手紙が書き終わったとのことですので、最後に当店自慢のスイーツをお召し上がりください。僭越ながら、わたくしがお客様にぴったりのメニューをご用意させていただきました」
そう言って、リヒトはテーブルの上に静かにプレートを置いた。
「わぁ……」
汐里の口から感嘆の声が漏れた。プレートの上には、苺のショートケーキが乗っている。正方形のケーキは、どの角度から見ても断面が綺麗で、スポンジの間にはたっぷりの生クリームと、カットされた苺が隙間なく敷き詰められおり、ケーキの側に添えられている苺には、粉糖がまぶされていて粉雪のようだった。
「美味しそう……ショートケーキ、おばあちゃんの誕生日によく食べました。家族みんなでバースデーソングを歌ってあげると、恥ずかしそうにしてたけど、おばあちゃん……いつもすごく喜んでくれてたな」
ショートケーキを見て、そんな楽しかった思い出がよみがえる。
亡くなった祖母とは、もう会って話すことは叶わない。だが、こうやって昔を懐かしんで過去を思い出すことで、元気が出てきた自分に気づく。
「仕事、毎日忙しくて大変ですけど……天国で、おばあちゃんが見てるかもしれないから、頑張らないと。何だか、元気が出てきました!」
両手にぐっと力を込め、笑顔を見せる汐里を、リヒトは優しげな表情で見つめていた。
「これ、いただいてもいいんですか?」
「ええ、どうぞ。お客様のためにご用意したスイーツです。心ゆくまで、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
リヒトはそう言うと、白地に金の細かな装飾が施されたティーカップに紅茶を注いでくれた。ふわりと香る紅茶の香りに、心がふと穏やかな気持ちになっていく。
それから一人になった部屋で、汐里は窓の外を眺めながらティータイムを楽しんだ。
洋館の一室で、紅茶とスイーツをいただきながら、ゆっくりとした時間を過ごす。こんなひと時を持つのは、もう随分と久しぶりな気がした。
いつも仕事に追われて食事も疎かにになり、自分のやりたいことを先送りにして家に引きこもる。いつしか、それが自分の日常になっていた。だが、こうやって一人落ち着ける時間を持つことで、少しだけ気持ちが変わった気がした。
心のどこかでいつも「このままの人生でいいのか」と嘆いていたが、いま目の前にあることに視点を向けてみれば、世界は違って見える。穏やかな時間が流れる静かな場所で、祖母への手紙を書くなかで、汐里はそういう風に思えるようになっていた。
「……素敵な場所に来れてよかった」
静かに呟いた汐里の言葉に、部屋の外からその背中を眺める人物がふと笑みを零したが、紅茶の香りを堪能する彼女が気づくことはなかったのだった。

