神戸異人館の手紙屋さん

 おばあちゃんへ

 今日、おばあちゃんに手紙を届けてくれるという人に出会ったので、この手紙を書いています。天国で元気にしていますか? おじいちゃんと会えたかな? おばあちゃんが心穏やかに過ごせているといいなと、心から願っています。

 おばあちゃんに手紙を書くと決めた時、私にはひとつだけ謝りたいことがありました。おばあちゃんが施設に入ってから、あまり顔を見せにいけなかったことです。

 私が小さい頃は、仕事で忙しいお母さんの代わりによく面倒を見てもらったのに、おばあちゃんが施設に入ってから私は「仕事で忙しい」という理由をつけて、なかなか会いに行けませんでした。

 心のどこかで、いつも「おばあちゃんに会いに行かなくちゃ」と思っていたのに、認知症で私のことを忘れていくおばあちゃんを見て、どんどん老いていくおばあちゃんや、忘れられた自分に直面するのが嫌だったからだと思います。

 だけど、おばあちゃんがいなくなってから、ふとした時に「もっとおばあちゃんに会いに行けばよかった」と、そんなことばかりが頭をよぎります。

 おばあちゃんが私のことを忘れていても、顔を見て「元気そうでよかった」と直接伝えればよかった。「こんなことも、あったよね」と思い出話をしてみればよかった。「また会いに来るからね」と、言えばよかった。

 ごめんね、おばあちゃん。

 一緒に庭の玉ねぎを収穫したこと。豆の皮むきの手伝いをしたこと。夜は布団を並べて一緒に眠かったこと。おばあちゃんとの楽しかった思い出を、私はいまも覚えているよ。

 これまで私のことをたくさん可愛がってくれて、ありがとう。

 愛情をたっぷりかけてくれて、ありがとう。

 いま、私は仕事でうまくいかないことが多くて、しんどいなと思ったり悩んだりしたりする日々が続いています。

 だけどそれでも、「嫌だから」「しんどいから」とすぐに仕事を辞めるんじゃなくて、もう少しだけ踏ん張って、ここで頑張ってみようと思っています。

 だから、おばあちゃん。天国から見守っていてね。おばあちゃんに誇れるような、そんな私になってみせるから。

 汐里より