放課後、蒼真は放送室で、今日の反省と次回の企画について話し合っているらしい。俺は教室で蒼真を待っていた。どうせまっすぐ帰っても暇だし、蒼真とだらだら話しながら帰るほうが楽しい。
「葉琉、おつかれ」
帰り支度を済ませた矢野がカバンを手にやってきた。
「おー。今日も美咲ちゃんと帰るんだろ?」
「へへっ。今からドバイチョコクレープ食べに行く」
「へぇ~なんか流行ってるやつ?」
「そうそう。インスタのせるからみて」
「わかった」
じゃあ、と軽く手を上げて帰っていく矢野。俺もその後ろ姿に手を振る。と、思ったら踵を返して戻ってきた。
「そうだ、言い忘れたんだけどさ」
「ん?」
「やっぱお前、今日おかしくない? 蒼真のこと避けてる?」
あからさまな態度は取っていないはずなのに、意外と鋭い。
「気のせいだって。なんで俺が蒼真のこと避けるんだよ」
「そっか……だよな。俺の気にしすぎか」
「そうだよ。お前は美咲ちゃんのことだけ考えてればいいんだよ」
「おう。じゃ、そろそろ行くわ! お前も恋愛しろよー!」
「うるせー」
笑いながら教室を出て行った。なんだかんだ俺のことを気にかけてくれている。やっぱり矢野はいい奴だ。
ほとんどの生徒が帰ってしまい、教室内が静かになった。手持無沙汰になった俺はポケットからスマホを取り出す。放送で流れていた曲が、まだなんとなく頭に残っていた。疾走感があって、さわやかで、たしか蒼真が紹介していたやつだ。
「たぶん、これだよな……」
音楽アプリでアーティスト名を検索すると、それらしい曲がいくつか出てきた。
試しにひとつ再生してみた瞬間、爆音が流れ出して、俺は慌ててイヤホンをスマホに突き刺す。音量を下げてから、耳に差し込んだ。
前は無線のを使ってたんだけど、何回も落としたりなくしたりしてたせいで、蒼真が有線のをプレゼントしてくれたのだ。
「そうだ、これこれ……」
サビまで聞いたところで確信する。この曲だ。俺はそのままプレイリストに追加した。
蒼真がすすめてくれる曲は、だいたい俺の好みに合う。たぶん俺たちは音楽の趣味が似ている。だからカラオケに行っても盛り上がるし、蒼真の歌を聞くのも好きだ。
その時、突然、左耳から音楽が消えた。ふと横を見ると、蒼真がすぐ近くにいた。どきりと心臓が跳ねる。
「なに聞いてんの?」
そう言って、俺の耳から取ったイヤホンを、自分の左耳につけている。
肩が当たる。距離が近い。近すぎる。顔に熱が集中して体温が上がる。
「あ、この曲!」
蒼真が俺を見て、うれしそうに笑った。相変わらず蒼真には、変なエフェクトでもかかってるみたいに見える。
「葉琉も好き?」
俺はふいっと顔をそらして、小さく息を吐いた。
「……うん。好き」
「やっぱね」
その声が近くで響くだけで、また心臓が勝手に騒ぎ出す。俺はぎゅっと目をつむった。
今日の俺、なんかほんとにおかしい。
◇◇◇◇
帰り道も、表面上はいつも通りだった。蒼真と他愛ない話をしながら、いつもの道を歩く。変に落ち着かないのは、たぶん俺だけだ。
「じゃあな」
家の前に着いて、俺は蒼真に手を振る。蒼真も軽く手を上げて、それじゃ、という顔で背を向けた。
俺も玄関のドアに手をかける。
「あ、葉琉?」
呼び止められて振り返ると、蒼真が少し言いにくそうな顔をしていた。
「あのさ……」
そこで一度言葉を切って、視線を泳がせる。何か言いかけたくせに、結局、蒼真は小さく首を振った。
「やっぱいいや。ごめん」
そう言って、今度こそ帰っていく。夕方の薄い光の中でも、蒼真の後ろ姿だけは妙に目立って見えた。
(なんだよ、気になるじゃん……)
「また明日な!」
少し声を張ってそう言うと、蒼真はすぐに振り返って笑った。やっぱり笑うと、きらめきが二割増しくらいになってる気がする。
「なんか疲れたな……」
俺は小さく息を吐いて、家の中に入った。
◇◇◇◇
今日一日、蒼真を見たり、蒼真の声を聞いたりするたびに、身体が勝手に変な反応をした。昨日のあれのせいかとも思ったけど、冗談半分で適当にやったものが本当に効くとは思えない。
『本当はさ、他に好きな人がいるんじゃないの?』
ぐるぐると思考を巡らせているうちに、昼休みに詩織に言われた言葉が頭を過った。どうして詩織はそんな風に思ったんだろう。詩織以外に仲のいい女子なんていない。女子じゃなければいるけど、矢野は彼女がいるし、蒼真はーー幼なじみだし……
「う~ん……寝れない」
俺はおもむろにスマホに手を伸ばす。指が勝手に動いて蒼真とのライン画面を表示していた。一昨日の夜、無性にアイスが食べたくなった俺は蒼真に一緒にコンビニに行こうと誘った。すると、秒で返事が返ってきた。OKと言っている柴犬のスタンプが送られてきた。蒼真はこの柴犬のゆるキャラがお気に入りのようで、「なんとなく葉琉に似てない?」と笑いながら柴犬スタンプを大量に送ってきたことがある。
「似てるか?」
『顔のパーツが近くて童顔っぽいところが似てる』と蒼真は言っていた。スマホを鏡代わりにして自分の顔を確かめてみると、丸顔で黒目が大きくて口角が上がっている。
「似てるかも……」
柴犬キャラのなにも考えてなさそうなつぶらな瞳をじっとみていると、突然ホワンッと間抜けな通知音が鳴った。蒼真からだ。
『今日は早く寝なよ~』
その一言に、ふふっと笑いが漏れた。
「わかってるけど、寝れないんだって」
誰に言うでもなく放った一言は部屋の中に消えていった。しばらく画面をみつめながら返信を考えていたけど、何も思いつかない。わかった、とか、了解、とか。そんなのでいいはずなのに。結局なにも送らないままスマホを伏せた。
ため息をついて、布団の中に潜り込む。部屋は静かだ。なのに目を瞑ると、蒼真の優しい声や笑った顔が勝手に浮かんでくる。思い出すたび、心拍数までじわじわ上がっていく。
「クソが……絶対寝てやるからな」
振り払うように頭を振って、ぎゅっと目をつむる。
(大丈夫だ。寝れば治る)
「葉琉、おつかれ」
帰り支度を済ませた矢野がカバンを手にやってきた。
「おー。今日も美咲ちゃんと帰るんだろ?」
「へへっ。今からドバイチョコクレープ食べに行く」
「へぇ~なんか流行ってるやつ?」
「そうそう。インスタのせるからみて」
「わかった」
じゃあ、と軽く手を上げて帰っていく矢野。俺もその後ろ姿に手を振る。と、思ったら踵を返して戻ってきた。
「そうだ、言い忘れたんだけどさ」
「ん?」
「やっぱお前、今日おかしくない? 蒼真のこと避けてる?」
あからさまな態度は取っていないはずなのに、意外と鋭い。
「気のせいだって。なんで俺が蒼真のこと避けるんだよ」
「そっか……だよな。俺の気にしすぎか」
「そうだよ。お前は美咲ちゃんのことだけ考えてればいいんだよ」
「おう。じゃ、そろそろ行くわ! お前も恋愛しろよー!」
「うるせー」
笑いながら教室を出て行った。なんだかんだ俺のことを気にかけてくれている。やっぱり矢野はいい奴だ。
ほとんどの生徒が帰ってしまい、教室内が静かになった。手持無沙汰になった俺はポケットからスマホを取り出す。放送で流れていた曲が、まだなんとなく頭に残っていた。疾走感があって、さわやかで、たしか蒼真が紹介していたやつだ。
「たぶん、これだよな……」
音楽アプリでアーティスト名を検索すると、それらしい曲がいくつか出てきた。
試しにひとつ再生してみた瞬間、爆音が流れ出して、俺は慌ててイヤホンをスマホに突き刺す。音量を下げてから、耳に差し込んだ。
前は無線のを使ってたんだけど、何回も落としたりなくしたりしてたせいで、蒼真が有線のをプレゼントしてくれたのだ。
「そうだ、これこれ……」
サビまで聞いたところで確信する。この曲だ。俺はそのままプレイリストに追加した。
蒼真がすすめてくれる曲は、だいたい俺の好みに合う。たぶん俺たちは音楽の趣味が似ている。だからカラオケに行っても盛り上がるし、蒼真の歌を聞くのも好きだ。
その時、突然、左耳から音楽が消えた。ふと横を見ると、蒼真がすぐ近くにいた。どきりと心臓が跳ねる。
「なに聞いてんの?」
そう言って、俺の耳から取ったイヤホンを、自分の左耳につけている。
肩が当たる。距離が近い。近すぎる。顔に熱が集中して体温が上がる。
「あ、この曲!」
蒼真が俺を見て、うれしそうに笑った。相変わらず蒼真には、変なエフェクトでもかかってるみたいに見える。
「葉琉も好き?」
俺はふいっと顔をそらして、小さく息を吐いた。
「……うん。好き」
「やっぱね」
その声が近くで響くだけで、また心臓が勝手に騒ぎ出す。俺はぎゅっと目をつむった。
今日の俺、なんかほんとにおかしい。
◇◇◇◇
帰り道も、表面上はいつも通りだった。蒼真と他愛ない話をしながら、いつもの道を歩く。変に落ち着かないのは、たぶん俺だけだ。
「じゃあな」
家の前に着いて、俺は蒼真に手を振る。蒼真も軽く手を上げて、それじゃ、という顔で背を向けた。
俺も玄関のドアに手をかける。
「あ、葉琉?」
呼び止められて振り返ると、蒼真が少し言いにくそうな顔をしていた。
「あのさ……」
そこで一度言葉を切って、視線を泳がせる。何か言いかけたくせに、結局、蒼真は小さく首を振った。
「やっぱいいや。ごめん」
そう言って、今度こそ帰っていく。夕方の薄い光の中でも、蒼真の後ろ姿だけは妙に目立って見えた。
(なんだよ、気になるじゃん……)
「また明日な!」
少し声を張ってそう言うと、蒼真はすぐに振り返って笑った。やっぱり笑うと、きらめきが二割増しくらいになってる気がする。
「なんか疲れたな……」
俺は小さく息を吐いて、家の中に入った。
◇◇◇◇
今日一日、蒼真を見たり、蒼真の声を聞いたりするたびに、身体が勝手に変な反応をした。昨日のあれのせいかとも思ったけど、冗談半分で適当にやったものが本当に効くとは思えない。
『本当はさ、他に好きな人がいるんじゃないの?』
ぐるぐると思考を巡らせているうちに、昼休みに詩織に言われた言葉が頭を過った。どうして詩織はそんな風に思ったんだろう。詩織以外に仲のいい女子なんていない。女子じゃなければいるけど、矢野は彼女がいるし、蒼真はーー幼なじみだし……
「う~ん……寝れない」
俺はおもむろにスマホに手を伸ばす。指が勝手に動いて蒼真とのライン画面を表示していた。一昨日の夜、無性にアイスが食べたくなった俺は蒼真に一緒にコンビニに行こうと誘った。すると、秒で返事が返ってきた。OKと言っている柴犬のスタンプが送られてきた。蒼真はこの柴犬のゆるキャラがお気に入りのようで、「なんとなく葉琉に似てない?」と笑いながら柴犬スタンプを大量に送ってきたことがある。
「似てるか?」
『顔のパーツが近くて童顔っぽいところが似てる』と蒼真は言っていた。スマホを鏡代わりにして自分の顔を確かめてみると、丸顔で黒目が大きくて口角が上がっている。
「似てるかも……」
柴犬キャラのなにも考えてなさそうなつぶらな瞳をじっとみていると、突然ホワンッと間抜けな通知音が鳴った。蒼真からだ。
『今日は早く寝なよ~』
その一言に、ふふっと笑いが漏れた。
「わかってるけど、寝れないんだって」
誰に言うでもなく放った一言は部屋の中に消えていった。しばらく画面をみつめながら返信を考えていたけど、何も思いつかない。わかった、とか、了解、とか。そんなのでいいはずなのに。結局なにも送らないままスマホを伏せた。
ため息をついて、布団の中に潜り込む。部屋は静かだ。なのに目を瞑ると、蒼真の優しい声や笑った顔が勝手に浮かんでくる。思い出すたび、心拍数までじわじわ上がっていく。
「クソが……絶対寝てやるからな」
振り払うように頭を振って、ぎゅっと目をつむる。
(大丈夫だ。寝れば治る)



