キラキラ エフェクトがかかった幼なじみに過剰反応して俺の身体はもう限界

 5時間目は体育。好きな授業だけど、弁当を食べてからの運動は少しきつい。

 (やっぱ眠いな~)

 腹が満たされて満足した俺は、ぼんやりしながらネクタイを解き、制服のシャツを脱ぐ。

 「葉琉ってさ、腹筋割れてんの?」

 もう着替え終わった矢野が俺の腹辺りを指さしてくる。

 「バキバキに割れてるわけじゃないけど、ぶよぶよではない」

 それを聞いた矢野が興味津々に目を輝かせている。

 「マジか! 筋トレしてんの?」
 「いや、今はしてないけど、中学の時は野球部だったからさ。腹筋・背筋・腕立て伏せはずっとやってたな」
 「へぇ~みせてよ」
 「いいけどーー」

 タンクトップの裾を上げようとしたら、すっと手が伸びて止められた。

 「早く行かないと、また先生に怒られるよ」

 蒼真だ。いつの間にか俺の隣にいて、驚いて肩が跳ねた。

 「やべっ。またグラウンド走らされるじゃん」

 矢野は慌てて教室を出て行った。蒼真に掴まれた手首が少しずつ熱くなっていく。

 「葉琉も、早く着替えて」
 「お、おう」

 掴んでいた手首をそっと離した。俺は急いで体操服を着て、蒼真と連れだって教室を出た。グラウンドに出たところで始業のチャイムが鳴り先生が出てきた。俺と蒼真は顔を見合わせて安堵の息を吐いた。

 「ギリギリだったね」
 「あぶなかったな」

 俺より身長が十五センチも高い蒼真。半袖体操服の袖、ハーフパンツの裾から長い手足が伸びている。体操服姿でも、やたら光っていて、曇り空なのに眩しい。直視できずに半目で蒼真をみていたら、ぶふっと蒼真が噴き出した。

 「ちょ、変な顔しないでよ」
 「仕方ねーだろ、眩しいんだから」
 「わざとやってるでしょ」
 「んなわけねぇだろ。元はと言えばお前がーー」

 「そこの二人、うるさいぞ。グラウンド三周してこい」

 体育教師から注意を受けて俺と蒼真は仕方なくグラウンドを走り始める。端の方はまだ少し湿ってぬかるんでいた。

 「葉琉のせいだからね」

 隣を走る蒼真がボソッとぼやいた。

 「お前が勝手に笑ったんだろ」

 横っ腹に軽く肘鉄をお見舞いすると、蒼真は仕返しと言わんばかりに俺の頭に軽くチョップをお見舞いし、俺を抜いて走っていった。

 「やったな」

 俺は走る速度を上げて蒼真に追いつき、尻を思いっきり叩いてやった。蒼真は痛そうに表情を歪める。俺は舌を出して蒼真を挑発し、全速力で逃げた。

 「葉琉ーーー!!!」

 叫びながら蒼真が追いかけてくる。俺は笑いながら必死に逃げる。

 (やべー! ちょーたのしー!)

 罰で走らされているのに、俺たちはひーひー笑いながら走っていて、その姿に体育教師もクラスメイトも呆れていた。

 (なんだよ。全然普通じゃん。いつも通りだ)

 蒼真が輝いてみえたり、声にやたら反応したり、俺の身体がおかしくなっていたと思っていたけど、きっと気のせいだ。疲れてるだけだ。

 「もうダメ……」
 「死ぬ~~~」

 グラウンド三周を全速力で走り切った俺たちは、ウォーミングアップの時点でバテていた。今日の授業は五十メートル走。既に始まっていて、クラスメイトは順番に走り、タイムを計っている。息が整うまで休んでいいと体育教師からお許しが出て、俺と蒼真はグラウンドの端に腰かけた。

 「めっちゃ汗かいた」

 蒼真は暑そうに手で顔を煽っている。ただでさえ輝いているのに、汗をかいたからか汗の粒までがキラキラしていて、もうなにがなんだかわからない。俺は顔を伏せて、体操服の袖で汗を拭った。ふと、甘い匂いが鼻をかすめる。これはたぶん、蒼真の匂いだ。いつもならふわりとかすかに香るだけなのに、今日は匂いが強く感じられる。これも汗をかいたからだろうか。

 「蒼真、香水とかつけてる?」
 「つけないよ。そういうの苦手だから」
 「だよな……」
 「もしかして、俺、匂う? 臭い?」

 蒼真は不安そうに自分の腕の匂いを嗅いでいる。

 「いや、大丈夫。臭くないから」
 「ほんと?」
 「うん、むしろ、なんかいい匂いっていうか……」
 「え、汗かいてるのに?」
 「あ、いや、ちがくてーー」

 体育教師に名前を呼ばれ、俺たちは慌てて立ち上がった。走る順番がきたようだ。二人一組で走るので、俺と蒼真は並んでスタート位置に立った。横に並ぶ蒼真から、やっぱり甘い匂いがする。その匂いに反応しているのか、胸がぎゅっと苦しくなる。せっかく息を整えたのに、これじゃあ意味がない。

 「位置について、よーいーー」

 体育教師の合図で同時に走り出した。胸の苦しさのせいで息が詰まる。何も考えず必死に足を動かしたけれど、蒼真の方が半歩先にゴールした。俺は膝に手をついて下を向く。ぽたぽたと汗がしたたり落ちる。

 (蒼真に、初めて負けた……)

 いつもなら「負けたわー!」と笑い飛ばせるはずなのに、蒼真の背中を見送った瞬間、心がざわつき始めた。ただの悔しさじゃない。あいつが遠くに行ってしまうような、妙な焦燥感が胸を突いた。

 ◇◇◇◇

 「蒼真くん、おつかれさま。葉琉くんも」

 体育が終わり、グラウンドから教室に帰る途中で由紀ちゃんに声をかけられた。由紀ちゃんは蒼真と同じ放送部で、昼休みの放送では蒼真の相方として二人で放送を盛り上げている。ふちなしメガネをかけていて、トレードマークのポニーテールを揺らしながらよく笑っている。誰とでも気軽に話せて、人懐っこいタイプだ。

 「おつかれ~女子は体育館だったの?」
 「そうそう、バスケ。二人ともグラウンド走らされてたでしょ?」
 「え? みてたの?」
 「ばっちり見てました。ふざけすぎだし。ほんと仲いいよね~」
 「はは、まぁね」

 二人の会話に俺が入らないことを気にしているのか、蒼真がこっちをちらっとみてきた。俺も蒼真に視線を返すと、少しホッとしたように笑う。

 「なにそのアイコンタクト」
 「いや、べつに……」
 「わたしも蒼真くんとアイコンタクトで通じ合うくらい仲良くなりたいんですけど~」

 由紀ちゃんはからかうように蒼真の脇腹を肘で小突いていて、蒼真はたじたじだ。蒼真が女子とこんなに距離が近いのは見たことがない。蒼真はそれほど、由紀ちゃんに気を許してるんだろう。

 「じゃ、着替えなきゃだから先いくね」
 「うん、またね」
 「またねって、すぐ教室で会うけどね」

 由紀ちゃんはおかしそうに笑いながら更衣室へと駆けて行った。

 「仲いいよな」
 「そうかな?」
 「……距離が近い感じする」
 「まぁ、相方だし。由紀ちゃん、いい子だし」

 一瞬だけ、胸の奥がずきりと痛む。蒼真が由紀ちゃんをほめただけなのに、なんで……

 「葉琉?」

 蒼真に顔をのぞき込まれて、俺は慌てて蒼真の髪をぐしゃぐしゃにした。

 「わっ、ちょっと!」

 慌てる蒼真に向かって、べっと舌を出して駆けだす。蒼真は後ろで「疲れてんだけど」と呆れながらも、俺を追いかけてきた。俺は胸の痛みをごまかすように、蒼真から逃げた。