キラキラ エフェクトがかかった幼なじみに過剰反応して俺の身体はもう限界

 「葉琉ー! マンガ読んでないで手を動かして!」
 「うん……」

 夏休みに入った。外で蝉が忙しなく鳴いている。俺は今、小学生の時に読んでいたマンガ雑誌に再び目を通している。掃除している途中で発見し、懐かしくなって開いてそのまま読みふけっている。ウンコとかおしりとかハゲとか、小学生の好きそうな言葉がたくさん出てきて、なんでこんなものがおもしろかったんだろうと不思議に思いながらもページをめくる手が止まらない。

 「没収!」
 「あ!」

 蒼真に取り上げられて、どこかへ持っていかれた。

 「蒼真のケチー!」
 「はいはい。ケチでもなんでもいいから、さっさと掃除してね。このままじゃ今日中におわんないよ」
 「はーい」

 俺は仕方なく、部屋の隅に置いてあった古新聞や古雑誌をまとめて紐でくくる作業を再開した。窓は開け放たれているが、風は生ぬるい。少し動いただけで汗が吹き出すので、首にかけたタオルでずっと汗を拭っている。

 俺たちが掃除しているこの家は、小学生の時に秘密基地として使っていた空き家だ。持ち主のおばあさんが亡くなり、撤去されることになったらしい。大人たちは俺たちがここに出入りしていたことを知っていたので、最後の掃除を手伝うことになった。
 大きな家具や不用品は、だいたい業者の人が運び出してくれたので、あとは使えそうなものと捨てるものを分類して、部屋の中を簡単に掃除すればおわり。なのに、なかなか進まない。

 「なぁ、蒼真ーしりとりしようぜ。俺からな。そうじ! ”じ”だぞ!」
 「自転車」
 「や、や、や、ヤンバルクイナ! ”な”だ!」
 「なまはげ」
 「げ!? ゲシュタルト崩壊!」
 「インプラント」
 「インプラント? インプラントってなに?」
 「はい、葉琉の負けー」
 「ちょ、さっきのは違うじゃん」

 ハンディモップを持った蒼真が呆れたようにため息をついた。

 「わかった。じゃあ、しゃべったら負けゲームしよ。今から30分間ね。よーいドン!」

 蒼真が手を叩いて、しゃべったら負けゲームが始まった。こんなゲームはしたくない、俺は蒼真と楽しくしゃべりたいのに、負けず嫌いの心がそれを許してくれない。蒼真もそれを見越してこんなゲームを仕掛けてきたんだ。ぐぬぬぬ……。心中で悶えながら、仕方なく掃除に集中する。新聞・雑誌をまとめおわり、軽く掃除機をかけて、モップで水拭きをする。いつの間にか部屋の中はきれいになっていて、集中している間に1時間以上経っていた。

 「がんばったね」

 ピカピカになった部屋を見回して蒼真が満足げに頷いた。俺は掃除に体力を使い果たし、その場に大の字に寝転がる。畳の懐かしい匂いがした。手を伸ばせば天井が届きそうで、こんなに部屋が小さかったのかと時の流れを感じた。

 「ここで昼寝してマンガ読んでお菓子食ってさ……」
 「ずっとごろごろして、楽しかったよね」
 
 蒼真も俺の隣で寝転んで、天井を見つめている。

 「ばあさんは俺たちがここに侵入してたこと知ってたのかな?」
 「どうだろう……俺たちが小さいころにはもう老人ホームに入ってたらしいから、知らないんじゃない?」
 
 俺はパンッと手を合わせて目を瞑る。幼いころに少しだけ会ったことのあるばあさんの、優しそうな顔を思い浮かべた。

 「ここ使わせてもらってありがとう。勝手に家に入ってごめんなさい」
 「ありがとうございました。ごめんなさい」

 俺たちにとっても思い出の場所だから、撤去されるのは寂しいけど、最後にちゃんときれいにできてよかった。

 「これで大丈夫かな?」
 「化けて出てきたらどうする?」
 「怖いこと言うなよ~」

 蒼真は、怖がる俺を見てクスクス笑いながら身体を起こした。

 「掃除のごほうび」

 そう言って、蒼真が俺の口の中に何かを入れた。口の中が酸っぱくなって、たくさん唾液が出る。レモン味のグミだ。

 「どう? 甘い?」
 「すっぱいに決まってんじゃん」
 「さすがに、解けちゃってるか」
 「? 何の話?」
 「ん? べつに~」

 怪しすぎる。俺はすぐに身体を起こし、笑ってごまかす蒼真の脇をくすぐった。蒼真は身体をねじって逃れようとするが、俺が馬乗りになり脇をくすぐり続けていると、苦しそうに涙目になりながら降参した。

 「……っ、はぁ~死ぬかと思った」
 「で、なんだよ。さっさと教えろ」

 蒼真は起き上がりながら目元を指で拭っている。

 「実はね、あの時かけた催眠術、”目の前の人を好きになる催眠”じゃないんだよね」
 「は?」

 予想外の返答に、俺は眉根を寄せる。

 「罪悪感みたいなのが芽生えちゃって、直前で”すっぱいものが甘く感じる催眠”に変更したんだ」

 そういえば身に覚えがある。詩織にもらったレモンのキャンディーがみかんみたいに甘かった。

 「……じゃあ俺、催眠術のせいで蒼真を好きになったって思い込んでただけ? 最初から、蒼真を好きになる催眠なんかかかってなかったってこと?」
 「……まぁ、そういうことだね」

 あまりの衝撃に言葉が出てこない。固まってしまった俺に、蒼真が気まずそうに苦笑している。

 「…………お前さーほんと、もう、なんなの」
 「ごめん。いつ言おうか迷ってるうちに言いそびれちゃって」
 「うわー蒼真にめちゃくちゃ振り回された」
 「殴ってください」

 頭を抱える俺に、蒼真は目を瞑って頬を差し出してきた。軽くペチと叩いて、頭を撫でまわして髪をぐしゃぐしゃにしてやった。少し気が晴れたところで、ふと気づく。

 「でもさ、あれがなかったら蒼真のこと好きだって自覚するの、もっと遅かったかもだし。無自覚のままだったかも……」

 蒼真が乱れた髪を直しながら、ゆっくり頷いた。

 「それは、そうかも……」

 蒼真の頬を手のひらで包み、まっすぐに蒼真を見つめる。

 「だから、今回は許す。でも次から変なウソついたらマジで怒るからな」

 蒼真は途端に安心したようにふにゃりと表情を緩めて溶けるような笑顔になった。

 「うん。葉琉、ありがとう。大好き」

 急な蒼真からの”大好き”に、俺はなすすべもなく心をわしづかみにされる。
 俺は催眠なんかなくてもずっと前から蒼真を好きだったんだと、ようやく腑に落ちた。

 「葉琉……」

 蒼真の甘い声でせつなげに名前を呼ばれて、うっとりと見つめられる。こんな顔をされたら、俺はもう目を瞑るしかなくなる。
 蒼真の唇が俺のに重なって、吸い付いては離れていく。つき合って一か月、いまだに蒼真からのキスには慣れない。毎回、頭がくらくらしてうまく呼吸ができない。

 「っ、葉琉? ……いやだったら言って?」

 耳元でそう告げられたかと思えば、またキスが始まった。ついばむようなキスを繰り返し、ぬるりと蒼真の舌が入ってきた。びっくりして身体が小さく震える。その間にも、奥へと侵入してきて、俺の舌をゆっくりと絡めとる。

 (なんだよこれ、死ぬかも……)

 胸は痛いのに頭はふわふわする。苦しいのか気持ちいいのかよくわからない。蒼真の唇がゆっくりと離れていき、心配そうに俺の顔をのぞき込んだ。

 「ごめん、いやだった?」

 俺は息を整えながら、ぼんやりと蒼真をみつめる。

 「いやじゃないけど、めっちゃ恥ずい……」

 蒼真は俺の頬を優しく撫でた後、ぎゅっと包み込むように抱きしめた。

 「葉琉……」

 蒼真の声が鼓膜に響いて腰が砕けそう。

 「そう、ま……」

 必死に蒼真に抱き着いて名前を呼ぶ。呼応するように蒼真が抱きしめる腕に力を込めた。あたたかい。苦しい。幸せだ。いろんな感情に満たされて胸がいっぱいになる。
 しんと静まり返った空間に、突然ガラガラと戸が開く音が響いた。俺たちはびくっと身体を揺らし、慌てて離れる。母さんと蒼真のお母さんがやってきた。

 「あら、きれいになってる!」
 「アンタたちもやればできるじゃん」

 俺たちは顔を見合わせてふふんと得意げに胸を張った。

 「あとは私たちがやっておくわね」
 「帰っていいよ」

 もっと褒められるかと思ったけど、あっさりと追い出されてしまった。しかたなく、とぼとぼと歩き出す。

 「……つかれたな~」
 「ほんとにね」

 家までの道すがら、だんだんと頭が冴えてきた。いくら浮ついていたからと言っても、こんな汗だくでほこりまみれの姿で蒼真と抱き合っていたなんて……蒼真は俺のこと臭くなかったのだろうか。いや、臭いに決まってる。俺は自分の腕やシャツに鼻をつけてクンクンと匂いを嗅いだ。隣を歩く蒼真も同じことをしていて、おもわず笑ってしまった。

 「母さんたち、片付けにまだしばらくかかるって言ってたよな?」
 「うん、晩御飯は適当に食べてって言ってた」

 俺はごくりと唾を飲み込んで、蒼真のシャツの裾を引っ張る。

 「じゃあさ、ウチでシャワー浴びる?」
 「え? いいの?」

 こくりと頷くと、蒼真の目が鋭く光った。俺の手を取り、引っ張って駆けだす。

 「すぐに帰ろう。あ、近道しようか?」
 「どんだけ早く帰りたいんだよ」