隣の席のキミとひみつの合図   ~強い絆と恋の付箋。どれだけ離れても、君にだけ届く想いがある~


《運命の席替え》
「よし、全員席につけ。
新学期恒例の席替えするぞー」


担任の先生がガラガラと教壇に立ち、
出席簿でパンと机を叩いた。
その瞬間、さっきまで羽瀬くんを囲んでいた
賑やかな輪が一気に散り、教室中から
地鳴りのような歓声と悲鳴が沸き起こった。


「嘘、もう席替え⁉最悪、まだこの席で
やりたいことあったのにー!」


「神様お願い、
せめて男子の隣は回避させて……!」


教室中がそわそわとした熱気に包まれる中、
黒板の前にはくじ引きの箱が用意された。


「乃愛、離れたくないよ〜。私、
乃愛の隣じゃないと授業中寝ちゃうもん」


結衣が私の制服の袖をぎゅっと
引っ張りながら、今にも泣きそうな顔で
訴えてくる。


「結衣、授業はちゃんと聞いて。……でも、
私も2人と離れちゃうのは寂しいな」


「大丈夫だよ。もし離れても、休み時間は
いつも通りここに集まればいいんだから」


ひまりが私の肩を優しくポンと叩いて、
安心させるように微笑んでくれた。
黒板の前に群がるクラスメイトたち。
声が騒がしく響き始める。


「うわー、後ろの席サイコー!」とか
「最悪、教卓の真ん前じゃん!」と
一喜一憂している。


新学期が始まって最初の、運命の席替え。
その後ろの方で、楽しみと不安を半分ずつ
抱えながら、少し緊張で汗ばんだ手で、
箱の中から小さく折りたたまれた
紙くじを一枚引いた。
そっと開くと——


『二十四番』


少し掠れた黒いマジックで書かれていた。
黒板に張り出された新しい座席表と、
手元のくじを何度も見比べる。
   
その数字が書かれた黒板の場所を見つけて、
私は小さく息を吞んだ。


窓際の、一番後ろの席。一番落ち着く特等席。


(あ、よかった……。ここなら静かだし、
大好きな外の景色もよく見える。
前の席から引きずってきた
自分の机をそこに置いた。)


ホッとしたのも束の間、私はすぐに
黒板の他のマス目へと視線を走らせた。
大好きな二人の名前を必死に探す。


(結衣は……あ、廊下側の前から二番目。
ひまりは真ん中の列の一番前……)


黒板に書かれた二人の位置を確認した瞬間、
胸の奥がすーっと心細さで
冷たくなっていった。


二人とも、私の席からは一番遠い、
教室の反対側になってしまったのだ。


ただでさえ自分からぐいぐい行くのが苦手で、
男子と話すときは緊張してしまうのに、
一番後ろの席でぽつんと
一人きりになってしまうなんて……。


そんな心細さが溢れそうになった。
——そのとき。


「うお、マジで!俺、窓際の一番後ろの隣!
二十五番だ!」


その声に、私の心臓は一気にうるさい音を
立てて跳ね上がった。教室の真ん中で、
サッカー部の仲間たちと肩を組んで
大騒ぎしている男の子の声。


……羽瀬、琉生くん。


背が高くて、いつもクラスの真ん中で
みんなを笑わせている、
太陽みたいな人気者。


クラスの隅っこで静かに本を読んでいる
私にとって、彼は遠い世界で輝く、
ずっと眩しくて『憧れ』の人だった。
絶対に私なんかと交わるはずのない人。


「じゃあな。俺、特等席に引っ越すわ!」


羽瀬くんは男子たちにニカッと
笑ってみせると、自分の机をガタガタと
引きずって真っ直ぐ私の方へと歩いてきた。


ガラガラ、キィ、と担任の先生が黒板に
最後のチョークを走らせた。


『窓際・一番後ろ:羽瀬 琉生』


私のすぐ隣のマス目に、
その名前がカチリとはめ込まれた。


……私の頭の中が真っ白になった。心臓が、
ドクンと鼓膜の奥で大きな音を立てる。


「え〜っ!! 嘘でしょ、
羽瀬くん窓際行っちゃったじゃん!」


「最悪〜!誰もあそこまで遠いと
話しにいけないよ!」


教室の真ん中から、落胆の声が上がった。
そして次の瞬間。


さっきまで羽瀬くんを取り囲んでいた
あの女子グループの視線が、
一斉に私の方へと向けられた。


隠す気のないヒソヒソとした
冷たい声が聞こえてきた。


「っていうか、羽瀬くんの隣、
白石さんじゃん」


「最悪、全然しゃべらないし、
羽瀬くんかわいそうなんだけど」


「ねー。もっとノリいい子の方が
羽瀬くんも楽しいだろうに。
席、替わってほしいわ……」


ズキッ、トゲのある言葉が私の胸に
冷たく突き刺さる。
やっぱり私なんかがあの人の隣にいて
いいわけがないんだ。


廊下側の遠い席から、結衣が
「ちょっとあんたたち、何言ってるのよ!」
と、怒ったように私を庇おうと
してくれるのが見えた。


ひまりも心配そうにこちらを振り返っている。
だけど、二人が遠い。


女子たちの嫉妬と棘の混ざったブーイングが、
私に向かって容赦なく浴びせられ、
私は視線を床に落とし、
制服の裾をぎゅっと握りしめた。


小さく縮こまることしかできなかった。
今すぐこの場から逃げ出して
しまいたかった。


(どうしよう……。ただでさえ二人と離れて
心細いのに、女子グループも怖いし。
それに羽瀬くんの隣なんて、
緊張して息ができなくなっちゃう……)


クラス中が座席移動のガタガタという
不快な音と、女子たちのヒソヒソとした
不満の声で満ちていく。


二人の気持ちはすごく嬉しい。だけど、
私の机の周りだけが、まるで冷たい
透明な壁で囲まれてしまったかのように、
寂しくて心細かった。
下を向いたまま、縮こまって
嵐が過ぎ去るのを待つ。


——その時だった。ガタガタ、
とひときわ大きな音を立てて、
隣のスペースに真新しい学習机が
滑り込んできて、私の右側に
勢いよく机が並べられた。


床を擦る音の大きさに、
私は肩をビクッと跳ね上げる。 
     

驚いて顔を上げると、そこには
サッカー部のエナメルバッグを片手に、
男子たちの輪から抜け出してやってきた
羽瀬くんが立っていた。


羽瀬くんは、私に不満を持っていた
女子たちの方を人懐っこい笑顔のまま
堂々と見渡した。


「あ、何?俺のウワサ?
——てかさ、白石さんの隣になれたの、
実は俺マジでラッキーなんだけど」


「えっ……?羽瀬くんがラッキー……?」


予想外の言葉に、女子たちが呆気にとられた
ように声を漏らす。もちろん、
一番驚いていたのは私の方だった。


羽瀬くんはブレザーのポケットに両手を突っ込むと、
悪戯っぽくニカッと笑って言葉を続けた。


「そう。俺さ、朝練のせいで昼の授業
マジで眠いわけ。白石さんって
いつもちゃんと授業受けてるじゃん?

……だから、俺が本気で寝落ちしそうに
なってたら、遠慮なくツンツンして
起こしてねって、今、お願いしようと
思ってたとこ」


「あ、あはは……なんだ、そういうこと?
羽瀬くん、また授業中に寝る気満々じゃん」


「もー、先生にまた怒られても知らないからねー?」


羽瀬くんの放った爽やかな冗談ひとつで、
教室を包んでいたピリついた空気は
一瞬にして笑い声へと変わっていった。


女子グループは「じゃあね!」と楽しそうに
自分たちの席へと戻っていく。意地悪な
言葉からも、気まずい空気からも、彼は
その大きな背中で完璧に守ってくれたんだ。


羽瀬くんは自分のカバンを
机のフックにかけて、自分の机と私の机の
位置を「これくらいでいっか」ときれいに
横並びに合わせる。


そして、今度は私にだけに聴こえる
少し低い声で言った。


「白石さん、だよね?——よろしくな。
……で、さっき言ったのマジだから。
遠慮なく起こしてな?」


「あ……、はい。白石、乃愛です。
……全然起こします!
よろしくお願いします」


 緊張と、さっきの嬉しさで、
胸が破裂しそうにドクドクと跳ね狂う。


男子が苦手な私にとって、
クラスで一番キラキラしている男の子が、
腕が触れ合いそうなほどの至近距離にいる。


彼が近くにいるだけで、眩しすぎて視線を
どこに置けばいいか分からなくなる。


「あはは、よかった!
俺、いっつもうるさくしてっから、
隣が嫌だったら言ってね?
出来るだけ静かに寝るからさ」


「ううん!全然、嫌なんかじゃ
……ない、です!」


慌ててブンブンと首を振る私を見て、
羽瀬くんはこれ以上ないくらい嬉しそうに、
優しく目を細めた。


あの裏表のない、陽だまりみたいな
優しい笑顔を真っ直ぐに私に向けていた。


あまりの恥ずかしさに、私はすぐに
窓の外の景色へと目をそらしてしまった。
窓の外では、春の柔らかな風に吹かれて、
桜のピンク色の花びらがひらひらと
舞っている。

二人の机の隙間は、わずか十五センチ。
教室のどんな騒音よりも、
隣にいる彼の制服からかすかに香る、
柔軟剤と石鹸の混ざった匂いの方が、
今の私には鮮烈に感じられた。


私を救ってくれた彼の瑞々しい熱が、
十五センチの境界線を越えて
じんわりと伝わってくる。


二人と離れて心細かったはずの一番後ろの席。


だけど、羽瀬くんが隣に座ったその瞬間から、
私の周りの冷たい空気は一瞬で消え去り、
そこは世界で一番特別で、
眩しい場所に変わってしまった。


住む世界の違うはずの、
ずっと遠くの憧れだった彼が、
私の隣で楽しそうに笑っている。


私の、忘れられない特別な高校生活が、
この十五センチの隙間から静かに
動き出そうとしていた——。