それから、次の日も器を迎えに行った。昼休みは一緒に食事をし、放課後は部活があったので器にディベートを見学してもらい、夜は通話をした。
その次の日、金曜日も同じだ。朝から迎えに行き、昼を過ごし、放課後になって真っ先に彼へと声をかけた。
「器」
待ってましたとばかりに彼は顔をあげ、にやりと笑う。
「うん。今日も自習室? もう行く?」
「その前に、今日は金曜日だろ。自習室だとあんまり話ができないんだから、ここの方がいいだろ」
明日は俺が見張ると言い始めてから、初めての週末だ。当然俺たちには自習以外にすることがあるはずなのに、器は何故か首を傾げた。
「金曜日って何かあったっけ」
普通にそんなことを問いかけてくるものだから、思わず怪訝な顔を作ってしまう。器が反対側にもう一度首を傾げた。
「土日だよ、土日。見張るんだから、どこでどう過ごすか決めておいた方がいいだろ?」
「え?」
ごくごく当然のことを言ったつもりだった。しかし器は面食らったように瞬きをした。逆に俺の方が面食らう。
「なんでそんな反応なんだよ。朝から自由な土日がいちばん危ないだろうが」
「えぇ……。嘘、本気?」
「見張るって言っただろ。なんで土日は放免されると思ってるんだ」
じろりと器を見つめると、器は非常に物言いたげな顔をする。
彼はそのまま俺の顔を観察したり、ため息をついたり、何か考えるように足元を見たりしていたが、最終的に笑って俺の方を見た。楽しげと言うよりは、仕方ないなぁとう笑い方だった。
「わかったわかった。じゃあ、何するか考えよう」
「……そう、だな?」
彼の反応の意味はわからなかったが、乗り気にはなったようだ。
自分の椅子を引っ張ってきて、彼の前に座る。
「お前、何したい?」
「一景の方は?」
「勉強」
器が嫌な顔をした。そして机に突っ伏し、わざとらしく俺を上目遣いで見つめる。
「……九月も終わるし、室内プール行きたいな?」
声は強請るように甘ったるい。変なお願いじゃなければ断ったりしないのだから、もっと普通にお願いして欲しいものだ。
「いいけど、器って泳げるのか?」
「水泳は授業くらいでしかやったことないけど、苦手じゃなかったし最低限は泳げるはず」
「水着は?」
「中学の時のしかないから……今は多分着れないかも。でもほら、あそこならタオルとか含めてレンタルあるから大丈夫大丈夫」
器が言っているのはここからバスで二十分程度の場所にある大型室内プールのことだろう。俺も何度か行ったことがある。
彼の言う通り、水着等のレンタルもあったはずだ。
「あ。それとも、一緒に水着買いに行く? 一景が俺に着せたいの、選んでもいいよ」
僅かに顔を上げ、器が白い喉元を晒しながらそう言った。彼の口元に浮かぶ妖艶な笑みはわざとらしいのに、つい触れたくなる魅力がある。目を逸らした。
「必要なら自分で買いに行ってこい」
「えー、土日まで見ててくれるならここもちゃんと見張ってよ~~。俺を一人で水着売り場に行かせてさ、そこでエロい事したらどうするの?」
「根性があるなって思う」
場所を問わなさすぎて逆に感心するだろう、それは。
俺の返答がつまらなかったのか器は妖艶な笑みを崩し、唇を尖らせる。
「じゃあレンタルする時に選んでもらおうかな。で、いつ行く? 土曜? 日曜?」
「じゃあ明日、行こう。日曜も学校の図書室は解放されているから日曜は学校に行くぞ」
「あー、一景といると成績上がっちゃう~~」
そういう器を尻目にノートと問題集を取りだし、勉強の準備を整える。
「今日は教室で勉強するの?」
「あぁ。今日は他に教室使う部活もなさそうだし、俺たちで借りよう」
クラスメイトたちはせっせと部活に向かい、教室には俺たちだけが残されていく。
「部活かぁ。一景ってさ、なんでディベート部なの?」
器はノートを広げる素振りすら見せず、机に肘をついてそう問いかけてきた。
俺は昨日解けなかった問題と先生から貰った解説用プリントを見比べる。
「この高校にある部活で一番興味を引かれたからだな。ほら、珍しいだろ、ディベート部って。そこがなんかいい。あと勉強しろ」
「そんな理由なんだ。一景ならどこの部活からも誘われまくりの引く手あまただと思うけどね。って言うか実際、入学した時死ぬほど勧誘されてなかった? ほら、中学時代の先輩にさ」
「あれか。あれは思い出したくない記憶すぎる……」
蘇る記憶を前に頭をかかえる。入学直後、中学時代の先輩たちがそれぞれ俺を勧誘しに来たのだ。
そして先輩同士でギスり始め、勧誘は奪い合いになり、我慢の限界に達した俺が「どの部活にも入らない」と宣言することになった。あれが誰も得をしない争いだった。
「あの時、勧誘してる人が教室まで押しかけてたのは見てたよ。一景ってばモテモテじゃん」
そういうところが好き、と器は機嫌よく笑う。そこでふと気になった。
「そういう器も部活、入ってないよな。勧誘されなかったのか?」
こいつのスペックや見た目ならそれはそれで取り合いだろう。しかし器は首を振る。
「ううん。俺、入学式に遅れて行ったから勧誘されてないよ? みんなビビってたんじゃない」
「あー……。そうだったな。入学式の後のホームルーム中に来て、先生に『入学式は行かなくていいかなって思ったので、今来ました』って言ってたよな」
「わ、そんなにはっきり覚えててくれたんだ」
「こんなの忘れるわけないだろ。全員ドン引きだったぞ」
呆れと若干の怒りが湧いてくる。器は手をひらひらさせて誤魔化した。
「それより、一景って中学時代色んな問題児の相手をしてたんだよね? 百人更生させて百人全員舎弟にして言ったってきいたことあるよ」
「んなわけない。俺の周囲の人間、荒れすぎだろ」
「俺だって問題児っぷりには自信あるのになぁ。なんで入学時は俺の相手してくれなかったの? そうしたらもっと早い段階から一景とイチャイチャできたのに」
どうして、と不思議そうに首を傾げられる。
「お前の面倒は先生が見てただろ。そういう時、余計なことはしないって決めてるんだよ。俺がなんかするより、先生から指導を受けた方がいいに決まってる」
「あー、そういうこと?」
「そうだ。お前はお前で先生の指導、全然響いてるように見えなかったけどな」
話している最中に最後のクラスメイトが出ていく。教室には俺たち二人だけになった。
「そんなことないよ。先生の貴重な時間使わせるの申し訳ないなーって思ってたよ? 仕事って大変なんだなーって、俺、絶対先生にはなれないな」
そう言いつつ器はスマホを取りだし、例の大型プールのサイトを見せつけてくる。スライダーや流れるプールの写真が眩しい。
「ね、プール結構広いよ。どこで何するか計画立てよ」
「待ち合わせ時間と解散時間決めて、あとは現地で行きたい場所に行くんじゃダメなのか?」
「集合は朝九時くらいで、夕飯食べて解散なら夜八時くらい。はい決まった。ねー、具体的なデートプラン立てようよ一景~~。どこでどんな風にいちゃいちゃするか想像するチャンスだよ~~」
「甘えるな」
擦り寄ってくる器を引き剥がし、彼のスマホをタップしてマップを表示させる。
プールは彼の言うとおり、広かった。水着で入れるレストランやスパも併設されており、適当に遊んでたら半分回るだけで一日が終わりそうだ。昔行った時より拡張されている。
「器ってスライダー乗りたいタイプか?」
「せっかく行くなら乗りたいな。全制覇するほどじゃないけど、この浮き輪にしがみつくやつとかは結構楽しそうだし」
「じゃあそれと……この一番でかいスライダーに乗る方向性で行こう。こういうの好きだろ」
「うん、好き。っていうか嬉しい。俺のこと分かってきてくれたんだ」
実をいえばこういうアトラクションは全制覇したいタイプだが、そんなことするとスライダーに並んでいるだけで一日が終わってしまう。今回はいくつか乗る程度に留めておこう。
「一景が乗りたいなら全部乗ってもいいよ?」
俺の心情を見透かしたように器が俺を覗きこみながら言う。彼の指先がマップにあるスライダーを示したので、首を振った。
「いや、いい」
「えー、なんで? 俺、一景と喋れるなら何時間でも待てるけど」
「これから何回でも行けばいいだろ。だから、一回目は互いに楽しめることをしよう」
俺、泳ぐだけでも結構好きだしな。そう付け足して笑えば、器は呆気に取られた顔をした後つられたように笑った。
「そっかぁ。それに一景、泳ぐの好きなんだ。俺は?」
「は? お前が泳ぐの好きかって話か? それは俺にきかれても困るんだが」
「じゃなくて、俺は? 俺のこと好き?」
器が手を伸ばし、俺の手を握り込む。それからじっと俺を見上げた。
指先が甘えるように手の甲を撫でてくる。熱を帯びた瞳で見つめられると、真っ直ぐ見返すことができなかった。
目を逸らし、逃げるように呟く。
「そういうの、きいてこなかったら好きだ……」
「素直だなぁ。好き♡」
不意に廊下から足音が聞こえた。思わず握られていた手を引っこめる。
「あ」
器は残念そうに椅子へ座り直した。悪いことをしたような気になるが、もう一度手を差し出すことができない。
「……明日、ちゃんと準備しておけよ」
誤魔化すように念押しする。器が小さく頷いた。
それから言葉通り、土曜日はプールに行った。器がいるからか今迄にないほど女性から声をかけられたが、それを逐一断る器の姿が印象的だった。
日曜日は「図書室なんていつでも行けるじゃん」とごねる器に折れ、図書室ではなく図書館に行った。ちなみに、昼食は俺の家で食べた。
「図書館で友達と勉強してくる。昼は適当に食べておくから、俺の分はいいよ」
と母さんに行った結果、喜んだ母さんが
「じゃあ昼はうちで食べればいいわ! 図書館からうちまでならそう遠くないから、帰ってこられるでしょう? 一景のお友達、ぜひ呼んで!」
と熱烈に頼んできたからだ。連れてきた器は両親に歓迎され、美味しそうに焼きそばを食べていた。何を言い出すかとハラハラしていたが、器はあくまで一般的な友達として振舞ってくれた。
楽しい土日だったとは思う。少なくとも俺はそのつもりだし、器につまらないことを押し付けた覚えはなかった。
けれど二人で過ごすさなか、器が物言いたげな瞳で俺を見つめることがあった。何かあるのかときけば「別にぃ? なんでも?」と何でもなくない様子ではぐらかされ、言及を避けられる。
そんな態度に悶々としながら、来たる月曜日。
「おはよ、器」
俺はいつも通り器を迎えに来ていた。マンションのロビー前で待機していた器は俺を見て目を細める。やはりもの言いたげに。
「……おはよ、一景」
「何かあるならはっきり言っていいんだぞ」
「別に?」
機嫌が悪いのかと思ったが、目線を合わせてやるとご機嫌な笑みを見せてくる。では表情されるのか皆目見当もつかない。
「お前……そろそろマジでなんなのか教えろよ。何が言いたげだろ、ずっと」
「別に?」
また別に、だ。けれどその目にはやはり含みがあり、何か言いたがっているのがひしひしと伝わってくる。
「……怒るぞ」
ちょっと脅しを込めて言ってみる。慣れないせいか声が変なトーンになってしまった。
「俺、一景に怒られるの大好き」
にやりと器が笑ってみせる。ため息が出た。
「……ほら、行くぞ」
「はぁい」
学校に向かって歩き出す。器もスクールバッグを抱えて隣を歩いてくる。
ここ一週間ほどで外は冷え込み、俺も器も上着を着ている。
「ちなみに土日の夜、余計なことしてなかったよな?」
「してなーい」
「よし」
「え、俺の言葉なんて信じるんだ。これはちょろいな……」
「したのか? 余計なこと」
「してない」
ならいうな。
くだらない話をしていると学校が近付いてくる。二人で話してると早いななんて思いつつ、教室に入った。
「じゃあねー」
すると器は一人で自分の机に向かい、戻ってこなかった。いつもは荷物を置くとすぐ俺の机に戻ってくるのに。しかも器はこちらを見ようともしない。
「……? なんだ、あいつ……」
やっぱり金曜日、放課後に声をかけた時から様子がおかしい。怒らせたり悲しませている訳では無さそうなのが救いだが、本当に訳が分からない。
一人で席に座り、考え込む。そこで向風と砥石が声をかけてきた。
「フリーの教授じゃん! ラッキー! お兄さん今暇? 暇だよね? あたしたちで妥協しない?」
「おはようございます、留金くん」
向風はだらしなく俺の机にもたれかかり、砥石はホテルマンのように綺麗な姿勢でその隣に立つ。いつもと思うが、対照的な二人だ。
「最近器に構ってたからさ、今めっちゃチャンスじゃん! なー、今日さ、部活早めに終わるから一緒に帰ろうぜ。寄りたいラーメン屋あってさ」
向風が一人で「いやでもファミレスの秋メニューも捨て難いよな、あっあとフードコートのたこ焼きに新しい味が……」とべらべら話し続ける。砥石は穏やかに微笑んでいた。
そんな二人をぼんやりと眺める。向風の誘い自体は嬉しいが、どうしても器のことが、器のSNSアカウントがちらついて話に集中できなかった。
「留金はどこ行きたい?」
「えっ、はっ?」
「お前、聞いてなかっただろ! え、何、体調不良?」
心配してくる向風の隣で、砥石が「大丈夫ですよ、留金くん。大したことは言ってませんでした」と辛辣なことを囁いた。
恐らく放課後寄る場所の話だろうが、全然聞いてなかった。どうしても器のことが気になって仕方ない。
このまま二人と帰るなんて選択が、出来ないくらいには。
「……ごめん、今日も器と帰るから」
だから、そう言った。二人は顔を見合せ「分かりました」「じゃ、また今度! 絶対だからな!」と言い、笑って去っていった。
別に去らなくてもとは思ったが、考え込んでいた俺に気を遣ってくれたのかもしれない。
「…………」
ちらりと器の方を見る。器は無言で俺を見ていた。
その目はやはり何か言いたげだが、話しかけようとすれば彼はそっぽを向いてしまう。
朝のホームルームを知らせるチャイムがなる。結局、器に話しかけるタイミングはなかった。
その次の日、金曜日も同じだ。朝から迎えに行き、昼を過ごし、放課後になって真っ先に彼へと声をかけた。
「器」
待ってましたとばかりに彼は顔をあげ、にやりと笑う。
「うん。今日も自習室? もう行く?」
「その前に、今日は金曜日だろ。自習室だとあんまり話ができないんだから、ここの方がいいだろ」
明日は俺が見張ると言い始めてから、初めての週末だ。当然俺たちには自習以外にすることがあるはずなのに、器は何故か首を傾げた。
「金曜日って何かあったっけ」
普通にそんなことを問いかけてくるものだから、思わず怪訝な顔を作ってしまう。器が反対側にもう一度首を傾げた。
「土日だよ、土日。見張るんだから、どこでどう過ごすか決めておいた方がいいだろ?」
「え?」
ごくごく当然のことを言ったつもりだった。しかし器は面食らったように瞬きをした。逆に俺の方が面食らう。
「なんでそんな反応なんだよ。朝から自由な土日がいちばん危ないだろうが」
「えぇ……。嘘、本気?」
「見張るって言っただろ。なんで土日は放免されると思ってるんだ」
じろりと器を見つめると、器は非常に物言いたげな顔をする。
彼はそのまま俺の顔を観察したり、ため息をついたり、何か考えるように足元を見たりしていたが、最終的に笑って俺の方を見た。楽しげと言うよりは、仕方ないなぁとう笑い方だった。
「わかったわかった。じゃあ、何するか考えよう」
「……そう、だな?」
彼の反応の意味はわからなかったが、乗り気にはなったようだ。
自分の椅子を引っ張ってきて、彼の前に座る。
「お前、何したい?」
「一景の方は?」
「勉強」
器が嫌な顔をした。そして机に突っ伏し、わざとらしく俺を上目遣いで見つめる。
「……九月も終わるし、室内プール行きたいな?」
声は強請るように甘ったるい。変なお願いじゃなければ断ったりしないのだから、もっと普通にお願いして欲しいものだ。
「いいけど、器って泳げるのか?」
「水泳は授業くらいでしかやったことないけど、苦手じゃなかったし最低限は泳げるはず」
「水着は?」
「中学の時のしかないから……今は多分着れないかも。でもほら、あそこならタオルとか含めてレンタルあるから大丈夫大丈夫」
器が言っているのはここからバスで二十分程度の場所にある大型室内プールのことだろう。俺も何度か行ったことがある。
彼の言う通り、水着等のレンタルもあったはずだ。
「あ。それとも、一緒に水着買いに行く? 一景が俺に着せたいの、選んでもいいよ」
僅かに顔を上げ、器が白い喉元を晒しながらそう言った。彼の口元に浮かぶ妖艶な笑みはわざとらしいのに、つい触れたくなる魅力がある。目を逸らした。
「必要なら自分で買いに行ってこい」
「えー、土日まで見ててくれるならここもちゃんと見張ってよ~~。俺を一人で水着売り場に行かせてさ、そこでエロい事したらどうするの?」
「根性があるなって思う」
場所を問わなさすぎて逆に感心するだろう、それは。
俺の返答がつまらなかったのか器は妖艶な笑みを崩し、唇を尖らせる。
「じゃあレンタルする時に選んでもらおうかな。で、いつ行く? 土曜? 日曜?」
「じゃあ明日、行こう。日曜も学校の図書室は解放されているから日曜は学校に行くぞ」
「あー、一景といると成績上がっちゃう~~」
そういう器を尻目にノートと問題集を取りだし、勉強の準備を整える。
「今日は教室で勉強するの?」
「あぁ。今日は他に教室使う部活もなさそうだし、俺たちで借りよう」
クラスメイトたちはせっせと部活に向かい、教室には俺たちだけが残されていく。
「部活かぁ。一景ってさ、なんでディベート部なの?」
器はノートを広げる素振りすら見せず、机に肘をついてそう問いかけてきた。
俺は昨日解けなかった問題と先生から貰った解説用プリントを見比べる。
「この高校にある部活で一番興味を引かれたからだな。ほら、珍しいだろ、ディベート部って。そこがなんかいい。あと勉強しろ」
「そんな理由なんだ。一景ならどこの部活からも誘われまくりの引く手あまただと思うけどね。って言うか実際、入学した時死ぬほど勧誘されてなかった? ほら、中学時代の先輩にさ」
「あれか。あれは思い出したくない記憶すぎる……」
蘇る記憶を前に頭をかかえる。入学直後、中学時代の先輩たちがそれぞれ俺を勧誘しに来たのだ。
そして先輩同士でギスり始め、勧誘は奪い合いになり、我慢の限界に達した俺が「どの部活にも入らない」と宣言することになった。あれが誰も得をしない争いだった。
「あの時、勧誘してる人が教室まで押しかけてたのは見てたよ。一景ってばモテモテじゃん」
そういうところが好き、と器は機嫌よく笑う。そこでふと気になった。
「そういう器も部活、入ってないよな。勧誘されなかったのか?」
こいつのスペックや見た目ならそれはそれで取り合いだろう。しかし器は首を振る。
「ううん。俺、入学式に遅れて行ったから勧誘されてないよ? みんなビビってたんじゃない」
「あー……。そうだったな。入学式の後のホームルーム中に来て、先生に『入学式は行かなくていいかなって思ったので、今来ました』って言ってたよな」
「わ、そんなにはっきり覚えててくれたんだ」
「こんなの忘れるわけないだろ。全員ドン引きだったぞ」
呆れと若干の怒りが湧いてくる。器は手をひらひらさせて誤魔化した。
「それより、一景って中学時代色んな問題児の相手をしてたんだよね? 百人更生させて百人全員舎弟にして言ったってきいたことあるよ」
「んなわけない。俺の周囲の人間、荒れすぎだろ」
「俺だって問題児っぷりには自信あるのになぁ。なんで入学時は俺の相手してくれなかったの? そうしたらもっと早い段階から一景とイチャイチャできたのに」
どうして、と不思議そうに首を傾げられる。
「お前の面倒は先生が見てただろ。そういう時、余計なことはしないって決めてるんだよ。俺がなんかするより、先生から指導を受けた方がいいに決まってる」
「あー、そういうこと?」
「そうだ。お前はお前で先生の指導、全然響いてるように見えなかったけどな」
話している最中に最後のクラスメイトが出ていく。教室には俺たち二人だけになった。
「そんなことないよ。先生の貴重な時間使わせるの申し訳ないなーって思ってたよ? 仕事って大変なんだなーって、俺、絶対先生にはなれないな」
そう言いつつ器はスマホを取りだし、例の大型プールのサイトを見せつけてくる。スライダーや流れるプールの写真が眩しい。
「ね、プール結構広いよ。どこで何するか計画立てよ」
「待ち合わせ時間と解散時間決めて、あとは現地で行きたい場所に行くんじゃダメなのか?」
「集合は朝九時くらいで、夕飯食べて解散なら夜八時くらい。はい決まった。ねー、具体的なデートプラン立てようよ一景~~。どこでどんな風にいちゃいちゃするか想像するチャンスだよ~~」
「甘えるな」
擦り寄ってくる器を引き剥がし、彼のスマホをタップしてマップを表示させる。
プールは彼の言うとおり、広かった。水着で入れるレストランやスパも併設されており、適当に遊んでたら半分回るだけで一日が終わりそうだ。昔行った時より拡張されている。
「器ってスライダー乗りたいタイプか?」
「せっかく行くなら乗りたいな。全制覇するほどじゃないけど、この浮き輪にしがみつくやつとかは結構楽しそうだし」
「じゃあそれと……この一番でかいスライダーに乗る方向性で行こう。こういうの好きだろ」
「うん、好き。っていうか嬉しい。俺のこと分かってきてくれたんだ」
実をいえばこういうアトラクションは全制覇したいタイプだが、そんなことするとスライダーに並んでいるだけで一日が終わってしまう。今回はいくつか乗る程度に留めておこう。
「一景が乗りたいなら全部乗ってもいいよ?」
俺の心情を見透かしたように器が俺を覗きこみながら言う。彼の指先がマップにあるスライダーを示したので、首を振った。
「いや、いい」
「えー、なんで? 俺、一景と喋れるなら何時間でも待てるけど」
「これから何回でも行けばいいだろ。だから、一回目は互いに楽しめることをしよう」
俺、泳ぐだけでも結構好きだしな。そう付け足して笑えば、器は呆気に取られた顔をした後つられたように笑った。
「そっかぁ。それに一景、泳ぐの好きなんだ。俺は?」
「は? お前が泳ぐの好きかって話か? それは俺にきかれても困るんだが」
「じゃなくて、俺は? 俺のこと好き?」
器が手を伸ばし、俺の手を握り込む。それからじっと俺を見上げた。
指先が甘えるように手の甲を撫でてくる。熱を帯びた瞳で見つめられると、真っ直ぐ見返すことができなかった。
目を逸らし、逃げるように呟く。
「そういうの、きいてこなかったら好きだ……」
「素直だなぁ。好き♡」
不意に廊下から足音が聞こえた。思わず握られていた手を引っこめる。
「あ」
器は残念そうに椅子へ座り直した。悪いことをしたような気になるが、もう一度手を差し出すことができない。
「……明日、ちゃんと準備しておけよ」
誤魔化すように念押しする。器が小さく頷いた。
それから言葉通り、土曜日はプールに行った。器がいるからか今迄にないほど女性から声をかけられたが、それを逐一断る器の姿が印象的だった。
日曜日は「図書室なんていつでも行けるじゃん」とごねる器に折れ、図書室ではなく図書館に行った。ちなみに、昼食は俺の家で食べた。
「図書館で友達と勉強してくる。昼は適当に食べておくから、俺の分はいいよ」
と母さんに行った結果、喜んだ母さんが
「じゃあ昼はうちで食べればいいわ! 図書館からうちまでならそう遠くないから、帰ってこられるでしょう? 一景のお友達、ぜひ呼んで!」
と熱烈に頼んできたからだ。連れてきた器は両親に歓迎され、美味しそうに焼きそばを食べていた。何を言い出すかとハラハラしていたが、器はあくまで一般的な友達として振舞ってくれた。
楽しい土日だったとは思う。少なくとも俺はそのつもりだし、器につまらないことを押し付けた覚えはなかった。
けれど二人で過ごすさなか、器が物言いたげな瞳で俺を見つめることがあった。何かあるのかときけば「別にぃ? なんでも?」と何でもなくない様子ではぐらかされ、言及を避けられる。
そんな態度に悶々としながら、来たる月曜日。
「おはよ、器」
俺はいつも通り器を迎えに来ていた。マンションのロビー前で待機していた器は俺を見て目を細める。やはりもの言いたげに。
「……おはよ、一景」
「何かあるならはっきり言っていいんだぞ」
「別に?」
機嫌が悪いのかと思ったが、目線を合わせてやるとご機嫌な笑みを見せてくる。では表情されるのか皆目見当もつかない。
「お前……そろそろマジでなんなのか教えろよ。何が言いたげだろ、ずっと」
「別に?」
また別に、だ。けれどその目にはやはり含みがあり、何か言いたがっているのがひしひしと伝わってくる。
「……怒るぞ」
ちょっと脅しを込めて言ってみる。慣れないせいか声が変なトーンになってしまった。
「俺、一景に怒られるの大好き」
にやりと器が笑ってみせる。ため息が出た。
「……ほら、行くぞ」
「はぁい」
学校に向かって歩き出す。器もスクールバッグを抱えて隣を歩いてくる。
ここ一週間ほどで外は冷え込み、俺も器も上着を着ている。
「ちなみに土日の夜、余計なことしてなかったよな?」
「してなーい」
「よし」
「え、俺の言葉なんて信じるんだ。これはちょろいな……」
「したのか? 余計なこと」
「してない」
ならいうな。
くだらない話をしていると学校が近付いてくる。二人で話してると早いななんて思いつつ、教室に入った。
「じゃあねー」
すると器は一人で自分の机に向かい、戻ってこなかった。いつもは荷物を置くとすぐ俺の机に戻ってくるのに。しかも器はこちらを見ようともしない。
「……? なんだ、あいつ……」
やっぱり金曜日、放課後に声をかけた時から様子がおかしい。怒らせたり悲しませている訳では無さそうなのが救いだが、本当に訳が分からない。
一人で席に座り、考え込む。そこで向風と砥石が声をかけてきた。
「フリーの教授じゃん! ラッキー! お兄さん今暇? 暇だよね? あたしたちで妥協しない?」
「おはようございます、留金くん」
向風はだらしなく俺の机にもたれかかり、砥石はホテルマンのように綺麗な姿勢でその隣に立つ。いつもと思うが、対照的な二人だ。
「最近器に構ってたからさ、今めっちゃチャンスじゃん! なー、今日さ、部活早めに終わるから一緒に帰ろうぜ。寄りたいラーメン屋あってさ」
向風が一人で「いやでもファミレスの秋メニューも捨て難いよな、あっあとフードコートのたこ焼きに新しい味が……」とべらべら話し続ける。砥石は穏やかに微笑んでいた。
そんな二人をぼんやりと眺める。向風の誘い自体は嬉しいが、どうしても器のことが、器のSNSアカウントがちらついて話に集中できなかった。
「留金はどこ行きたい?」
「えっ、はっ?」
「お前、聞いてなかっただろ! え、何、体調不良?」
心配してくる向風の隣で、砥石が「大丈夫ですよ、留金くん。大したことは言ってませんでした」と辛辣なことを囁いた。
恐らく放課後寄る場所の話だろうが、全然聞いてなかった。どうしても器のことが気になって仕方ない。
このまま二人と帰るなんて選択が、出来ないくらいには。
「……ごめん、今日も器と帰るから」
だから、そう言った。二人は顔を見合せ「分かりました」「じゃ、また今度! 絶対だからな!」と言い、笑って去っていった。
別に去らなくてもとは思ったが、考え込んでいた俺に気を遣ってくれたのかもしれない。
「…………」
ちらりと器の方を見る。器は無言で俺を見ていた。
その目はやはり何か言いたげだが、話しかけようとすれば彼はそっぽを向いてしまう。
朝のホームルームを知らせるチャイムがなる。結局、器に話しかけるタイミングはなかった。
