教室に戻ると、向風がわくわくした顔で俺を待っていた。
「何かあった感じ? なになに? 今度は何するの?」
だが疲れ切って答える気力は無い。俺は「色々あって」の一点張りで誤魔化した。
加えてその日の授業には集中できなかった。眠いし、頭は痛いし、蝶番に言った「後でね」がどんな形で回収されるかと思うとそれどころではなかったからだ。
唯一良かったのは、昼休みに仮眠を取れたことだろう。これで身体は楽になった。
そうして、訪れてしまった放課後。すぐさま俺の席に蝶番が訪れた。
「一景。一緒に帰ろう」
彼は挑発するように笑っている。無視しようかと思ったが、それはそれで面倒な事態を引き起こすのが目に見えていた。
もうこいつを満足させてやるしか解放される道はない。だから、目いっぱい構ってやるしかないのだ。
「来い」
「はーい」
腕を引っ張り、彼を教室から連れ出す。引きずられながらも彼は「どこに連れてってくれるの? 一景の部屋?」と、笑いながら問いかけてきた。
「俺の部屋じゃない。黙って足動かせ」
「雑談NGだったりする? じゃあ答えやすい質問から始めよう。好きな食べ物は?」
「牛すじカレー」
「え、どこで食べられるのそれ。美味しそう。俺も食べたい」
「お前、腹減ってるのか?」
それなら都合がいい。俺は彼の腕を引いたまま校舎を出て、学校近くにあるファミレスに入った。
「え、ファミレス?」
蝶番が少し意外そうに辺りを見回す。
「そうだけど……。何、嫌だったか?」
「ううん、ちょっと意外だっただけ。俺、一景とならどこでも嬉しいよ」
蝶番はソファー席に座る。俺も彼と向かい合う席に座った。
学校が終わった直後だがほとんどの生徒は部活に向かったため、学生らしき人物は俺たちしかいない。
ちなみに俺はディベート部に入っているが、活動は週一なので今日は休みだ。蝶番は元々部活に入っていない。
「俺、ドリンクバーとマルゲリータ」
そう言って蝶番に「お前は?」と問いかける。蝶番は行儀悪く頬杖をつき、じっと俺を見ていた。
「ね。これ、デート?」
「断じて違う」
否定したのに彼は何故かけらけら笑った。そして一通り笑ったあと、何事も無かったかのようにタブレットへ向き直る。
「俺、何にしよっかなー。ドリンクバーと……一景ってポテト頼んだら食べる?」
「食べる」
「ピザくれる?」
「半分までなら」
「じゃあ大盛りポテトとドリンクバーにしよ」
注文するね、と蝶番はなれた手つきでタブレットにメニューを打ち込む。それから直ぐにぴろん、と注文完了の音声が鳴った。
「一景、俺、アイスティー欲しい」
「自分で取ってこい」
「店、人いないから、注文したやつすぐ来るでしょ。俺、それ受け取るからさ」
「そんな早くは来ないだろ……」
しかし蝶番は立ち上がる素振りを見せないので、仕方なく俺一人でドリンクバーへ向かう。
アイスティーに氷を入れるべきかきき損ねたので、氷ありとなしで用意した。蝶番が飲まなかった方を俺が飲もう。
「ふふ、ありがと」
案の定注文の品はまだ来ておらず、やたら機嫌のいい蝶番が俺を待っているばかりだった。
アイスティーを見せて「どっち」と問えば、彼は氷がない方を受け取る。
「飲み物は冷たい方が好きなんだけどさ、味が薄くなるの苦手なんだよね」
「へぇ。アイス派なのか」
「うん」
アイスティーを一気に半分ほど飲み干す。蝶番もアイスティーを飲んだ後、俺に視線を向けた。
「で、何したくてファミレスに連れてきたの?」
「お前がうるさいから連れてきたんだよ。一応後でって言ったしな」
「ふーん。律儀~~」
そこでポテトとマルゲリータが運ばれてきた。それを受け取り、テーブルに並べる。
さっそくマルゲリータを切り分けると、蝶番が一切れ奪って食べた。
「ここのピザあんまり食べたこと無かったけど、美味い」
「お前ちゃんと手、拭いたか?」
「一景がアイスティー取ってきてくれる間にね。保護者みたいなこと言うなぁ」
マルゲリータのオリーブオイルが垂れ、蝶番の指先を汚す。彼はその指の平をべろりと舐めた。
赤い舌が白い肌を撫でる様はやたらと官能的で、それが異様なほど目につく。昨日のキスを思い出し、つい喉が引きつった。
「一景」
見透かしたように蝶番が目を細めた。それが嫌だった。
「お前、なんで付きまとってくるんだよ」
だから誤魔化すように問いかけた。蝶番は目を細めたまま笑みを作る。
「んー、じゃあ、口止めとか? ほら、結局口止め料支払ってないしさ。先生に迷惑かけたくないし、あれで脅されると俺もひとたまりもないかも……? とか?」
「お前が話して欲しくないなら話さない。話す気なら教室で話してるし、脅す気なら音楽準備室で脅してるだろ」
「うわ、説得力あるなぁ」
じゃあ、と彼が笑う。声が一段と甘くなり、長いまつ毛の下から見上げられる。
油で濡れた唇も、服から伸びた二の腕も、怖いくらい目に焼き付いてくる。
「一景が好きだから、一緒にいたいとかは?」
「…………」
思わず黙って視線を逸らした。しかし話の内容が内容だから、すぐに視線を戻す。
蝶番は俺を見て「そういう所が好き」と囁いた。
「って言うか本当にそうなんだよね。好きだから一緒にいたいっていう純然たる恋愛感情だよ。ね?」
「えぇ……」
「ええって、おかしくない? あ、それ、ツンデレって解釈した方がいい感じかな」
「曲解だ、それは」
アイスティーを飲もうとしたが、もうほとんど中身が残っていなかった。氷をコップの中で転がし、感情を誤魔化す。
彼は俺に好きだと言った。これを告白されていると思えばいいのか、適当言われいると思えばいいのか、判断つかない。
「…………」
さらりと流していいのか、きちんと受け止めるべきなのか。分からなかった。
「変な顔してる」
「お前のせいでな」
「別に付き合ってって言ってないんだけどな。そんなに真剣に考えなくても、抱いてくれるだけでいいんだよ?」
「この話やめるか」
真面目に考えていたのが馬鹿らしくなってきた。
「だめ? 俺上手いよ。絶対後悔させないって。俺無しじゃ射精できなくなっても責任取るし」
「本当にこの話やめるぞ」
「あっ逆の方がいい? 俺そっちも上手いけど」
「この話やめるって言っただろ!」
蝶番の口にポテトを放り込む。ポテトをかりかりとかじった後、仕方ないなぁと言うような表情で蝶番が言った。
「じゃあ、至って一般的でおかしい所なんて何一つなくて健全で全年齢でコンプライアンスも大喜びな雑談しよ」
「聞いたことない導入だけど、本当に普通の雑談ならいいぞ」
「牛すじカレーってどこで食えるの」
「確かにこの上なく健全だな……」
黙々とポテトを食べながら好きな食べ物の話をする。蝶番は話し上手かつ聞き上手なようで、話が途切れそうなタイミングでちょうどよく続きを促してくれた。
しかもリアクションが大きく、話していて楽しい。
「俺、結構カレー好き。辛いのも甘いのもいける。一景は?」
「俺は甘いの、場合によるな……。単純に甘いだけならシチューの方が好き。でもクリーミー系に振ってるなら甘いのもありなんだよな」
「あー、たまにしっかり甘いのあるよね。ココナッツ系とか、バターチキンとかも」
アイスティーが無くなったので取りに行く。俺の分も、と差し出されたコップを受け取った。
自分の分には炭酸ジュースを、蝶番の分には氷なしでアイスティーを注いで戻る。
「ありがと」
笑って蝶番はアイスティーを飲み、それからまた話をした。
ソシャゲの話、流行ってる動画の話、夏休み明けテストの結果について、それ以外にも色んな話を続けた。
蝶番は学問にも、娯楽にも詳しかった。知識の深い人間と話すのはとにかく面白い。
彼とこうして話すのは初めてだったが、存外、楽しい時間だった。
「普通に友達する感じなら、普通なんだなお前」
何杯目かのジュースを飲みながらそう呟く。そんな深い意味を持たせた言葉ではなかったが、蝶番は何故か僅かに笑みを深めた。
「じゃあ俺たち、普通の友達から始めよ?」
彼が手を伸ばし、俺の口元に触れた。
「明日は何して遊ぼっか」
手が離れる。その指先には俺の口元に張り付いていたらしい、ポテトの欠片があった。
蝶番がそれを舐めとる。彼の赤い舌が、良く見えた。
「何かあった感じ? なになに? 今度は何するの?」
だが疲れ切って答える気力は無い。俺は「色々あって」の一点張りで誤魔化した。
加えてその日の授業には集中できなかった。眠いし、頭は痛いし、蝶番に言った「後でね」がどんな形で回収されるかと思うとそれどころではなかったからだ。
唯一良かったのは、昼休みに仮眠を取れたことだろう。これで身体は楽になった。
そうして、訪れてしまった放課後。すぐさま俺の席に蝶番が訪れた。
「一景。一緒に帰ろう」
彼は挑発するように笑っている。無視しようかと思ったが、それはそれで面倒な事態を引き起こすのが目に見えていた。
もうこいつを満足させてやるしか解放される道はない。だから、目いっぱい構ってやるしかないのだ。
「来い」
「はーい」
腕を引っ張り、彼を教室から連れ出す。引きずられながらも彼は「どこに連れてってくれるの? 一景の部屋?」と、笑いながら問いかけてきた。
「俺の部屋じゃない。黙って足動かせ」
「雑談NGだったりする? じゃあ答えやすい質問から始めよう。好きな食べ物は?」
「牛すじカレー」
「え、どこで食べられるのそれ。美味しそう。俺も食べたい」
「お前、腹減ってるのか?」
それなら都合がいい。俺は彼の腕を引いたまま校舎を出て、学校近くにあるファミレスに入った。
「え、ファミレス?」
蝶番が少し意外そうに辺りを見回す。
「そうだけど……。何、嫌だったか?」
「ううん、ちょっと意外だっただけ。俺、一景とならどこでも嬉しいよ」
蝶番はソファー席に座る。俺も彼と向かい合う席に座った。
学校が終わった直後だがほとんどの生徒は部活に向かったため、学生らしき人物は俺たちしかいない。
ちなみに俺はディベート部に入っているが、活動は週一なので今日は休みだ。蝶番は元々部活に入っていない。
「俺、ドリンクバーとマルゲリータ」
そう言って蝶番に「お前は?」と問いかける。蝶番は行儀悪く頬杖をつき、じっと俺を見ていた。
「ね。これ、デート?」
「断じて違う」
否定したのに彼は何故かけらけら笑った。そして一通り笑ったあと、何事も無かったかのようにタブレットへ向き直る。
「俺、何にしよっかなー。ドリンクバーと……一景ってポテト頼んだら食べる?」
「食べる」
「ピザくれる?」
「半分までなら」
「じゃあ大盛りポテトとドリンクバーにしよ」
注文するね、と蝶番はなれた手つきでタブレットにメニューを打ち込む。それから直ぐにぴろん、と注文完了の音声が鳴った。
「一景、俺、アイスティー欲しい」
「自分で取ってこい」
「店、人いないから、注文したやつすぐ来るでしょ。俺、それ受け取るからさ」
「そんな早くは来ないだろ……」
しかし蝶番は立ち上がる素振りを見せないので、仕方なく俺一人でドリンクバーへ向かう。
アイスティーに氷を入れるべきかきき損ねたので、氷ありとなしで用意した。蝶番が飲まなかった方を俺が飲もう。
「ふふ、ありがと」
案の定注文の品はまだ来ておらず、やたら機嫌のいい蝶番が俺を待っているばかりだった。
アイスティーを見せて「どっち」と問えば、彼は氷がない方を受け取る。
「飲み物は冷たい方が好きなんだけどさ、味が薄くなるの苦手なんだよね」
「へぇ。アイス派なのか」
「うん」
アイスティーを一気に半分ほど飲み干す。蝶番もアイスティーを飲んだ後、俺に視線を向けた。
「で、何したくてファミレスに連れてきたの?」
「お前がうるさいから連れてきたんだよ。一応後でって言ったしな」
「ふーん。律儀~~」
そこでポテトとマルゲリータが運ばれてきた。それを受け取り、テーブルに並べる。
さっそくマルゲリータを切り分けると、蝶番が一切れ奪って食べた。
「ここのピザあんまり食べたこと無かったけど、美味い」
「お前ちゃんと手、拭いたか?」
「一景がアイスティー取ってきてくれる間にね。保護者みたいなこと言うなぁ」
マルゲリータのオリーブオイルが垂れ、蝶番の指先を汚す。彼はその指の平をべろりと舐めた。
赤い舌が白い肌を撫でる様はやたらと官能的で、それが異様なほど目につく。昨日のキスを思い出し、つい喉が引きつった。
「一景」
見透かしたように蝶番が目を細めた。それが嫌だった。
「お前、なんで付きまとってくるんだよ」
だから誤魔化すように問いかけた。蝶番は目を細めたまま笑みを作る。
「んー、じゃあ、口止めとか? ほら、結局口止め料支払ってないしさ。先生に迷惑かけたくないし、あれで脅されると俺もひとたまりもないかも……? とか?」
「お前が話して欲しくないなら話さない。話す気なら教室で話してるし、脅す気なら音楽準備室で脅してるだろ」
「うわ、説得力あるなぁ」
じゃあ、と彼が笑う。声が一段と甘くなり、長いまつ毛の下から見上げられる。
油で濡れた唇も、服から伸びた二の腕も、怖いくらい目に焼き付いてくる。
「一景が好きだから、一緒にいたいとかは?」
「…………」
思わず黙って視線を逸らした。しかし話の内容が内容だから、すぐに視線を戻す。
蝶番は俺を見て「そういう所が好き」と囁いた。
「って言うか本当にそうなんだよね。好きだから一緒にいたいっていう純然たる恋愛感情だよ。ね?」
「えぇ……」
「ええって、おかしくない? あ、それ、ツンデレって解釈した方がいい感じかな」
「曲解だ、それは」
アイスティーを飲もうとしたが、もうほとんど中身が残っていなかった。氷をコップの中で転がし、感情を誤魔化す。
彼は俺に好きだと言った。これを告白されていると思えばいいのか、適当言われいると思えばいいのか、判断つかない。
「…………」
さらりと流していいのか、きちんと受け止めるべきなのか。分からなかった。
「変な顔してる」
「お前のせいでな」
「別に付き合ってって言ってないんだけどな。そんなに真剣に考えなくても、抱いてくれるだけでいいんだよ?」
「この話やめるか」
真面目に考えていたのが馬鹿らしくなってきた。
「だめ? 俺上手いよ。絶対後悔させないって。俺無しじゃ射精できなくなっても責任取るし」
「本当にこの話やめるぞ」
「あっ逆の方がいい? 俺そっちも上手いけど」
「この話やめるって言っただろ!」
蝶番の口にポテトを放り込む。ポテトをかりかりとかじった後、仕方ないなぁと言うような表情で蝶番が言った。
「じゃあ、至って一般的でおかしい所なんて何一つなくて健全で全年齢でコンプライアンスも大喜びな雑談しよ」
「聞いたことない導入だけど、本当に普通の雑談ならいいぞ」
「牛すじカレーってどこで食えるの」
「確かにこの上なく健全だな……」
黙々とポテトを食べながら好きな食べ物の話をする。蝶番は話し上手かつ聞き上手なようで、話が途切れそうなタイミングでちょうどよく続きを促してくれた。
しかもリアクションが大きく、話していて楽しい。
「俺、結構カレー好き。辛いのも甘いのもいける。一景は?」
「俺は甘いの、場合によるな……。単純に甘いだけならシチューの方が好き。でもクリーミー系に振ってるなら甘いのもありなんだよな」
「あー、たまにしっかり甘いのあるよね。ココナッツ系とか、バターチキンとかも」
アイスティーが無くなったので取りに行く。俺の分も、と差し出されたコップを受け取った。
自分の分には炭酸ジュースを、蝶番の分には氷なしでアイスティーを注いで戻る。
「ありがと」
笑って蝶番はアイスティーを飲み、それからまた話をした。
ソシャゲの話、流行ってる動画の話、夏休み明けテストの結果について、それ以外にも色んな話を続けた。
蝶番は学問にも、娯楽にも詳しかった。知識の深い人間と話すのはとにかく面白い。
彼とこうして話すのは初めてだったが、存外、楽しい時間だった。
「普通に友達する感じなら、普通なんだなお前」
何杯目かのジュースを飲みながらそう呟く。そんな深い意味を持たせた言葉ではなかったが、蝶番は何故か僅かに笑みを深めた。
「じゃあ俺たち、普通の友達から始めよ?」
彼が手を伸ばし、俺の口元に触れた。
「明日は何して遊ぼっか」
手が離れる。その指先には俺の口元に張り付いていたらしい、ポテトの欠片があった。
蝶番がそれを舐めとる。彼の赤い舌が、良く見えた。
