器を怖いと思った。でも本当は文化祭の日から、いや、その前からそう思っていたのだろう。
でも、器が好きだ。無邪気に笑うところが、甘え上手なところが、触るとさらさらしているところが好きだ。
あの身体が他者に暴かれるのが許せないと思うほどには、好きだ。
それでも前から彼の無防備さは変だと思っていたのだ。
人間がひとつの生命として備えるべき自己防衛すら彼にはなかった。器は命を受け渡すように身を委ね、躊躇いなく「好きにして」と言う。
最初は「教授」と呼ばれる俺を信頼し、好意から身を預けてくれているのだと思っていた。
けれど文化祭での行為すら、器は許した。
自分の欲求だけを押し付ける手を、器のことなんてひとつも考えていないキスを、彼は喜んで飲み込んだ。
あれが怖くて仕方なくて、俺は逃げ出した。
それなのに器はその無防備さをもう一度俺の前で晒した。恐怖は確固たるものになった。
なぜ、器は俺が好きなのだろう。
なぜ、器はあんなにも無防備に振る舞うのだろう。
知りたいと思う。知るのが怖いと思う。
そしてきっと、それを問いかける権利なんてなくなってしまった。
俺は「怖い」と言って、彼を傷つけてしまったのだから。
午後の授業は、午前の授業以上にすぐ終わった。何故なら五時間目の途中、先生が
「留金、本当に顔色悪いぞ。もう早退しても……したくない? じゃあせめて、保健室で寝てこい」
と言い、保健室に行くことになったからだ。
保健室の先生も俺の顔を見て早々に「早退しましょう」と言ってくれたが断り、ベッドを借りた。眠れるとは思えなかったが、身体は限界だったらしい。
気付けば寝入った記憶は一切ないまま眠っており、目覚めれば五時間目どころか七時間目が終わっていた。
「…………うわ、マジで放課後……」
夕日に染まった保健室が信じられずスマホで時間を確認するが、何度確認しても放課後である。
「……はぁ」
眠ったことで身体は回復した。しかしそのせいで余計に器のことがチラつく。彼の夢を見なかったのが不思議なくらいだ。
身体を引き摺るようにしてベッドを出ると、保健室の先生が俺の様子を見に来てくれた。渡された体温計で熱を測る。
「熱は無いね……。でもまだ調子悪そうだから、今日は寄り道せず真っ直ぐ帰りなさい」
「はい。分かりました」
誰かが保健室に運んでくれた荷物を受け取り、ついでに「他の生徒には内緒ね」と飴を貰い、保健室から出る。
廊下も保健室同様、夕日で真っ赤に染まっていた。自分の影が黒く長く伸びている。まるで俺を非難しているみたいだ、と思うのはメンタルが落ちているからなのだろう。
貰った飴を口に含もうとしたが、それすら億劫でやめた。
ずるずると歩き、外へ出て、ずるずる歩く。
帰り道は寒かった。秋風が吹き付け、頬や首から体温を奪っていく。上着を寄せて駅に向かって歩けば、自動販売機が目に入った。
ココアが売られている。逃げるように目を逸らした。
「どうしろって言うんだ……」
胸のどこかが痛くて、身体の奥が苦しくて、息が上手く吸えない気がする。
器のことを考えた。考えたけれど、何もできない。
結局、俺は器のことなんてなんにも知らなかった。その内側にある無防備さに怯え、怖がり、傷付けることしか出来なかった。
ため息が出る。もう何度目かわからない。
その時、スマホが震えた。ポケットからそれを取り出し、通知を確認する。
『フォローアカウント 復活のお知らせ』
見た瞬間、喉がひゅっと鳴った。目眩にも似た嫌な予感と関係ない話であってくれという僅かな希望に縋りながら、通知をタップする。
表示されたのは、消したはずの器のアカウントだった。
「…………っ」
肺の辺りが引き攣る。指先が震える。。
アカウントを消しても、一定期間内なら復活させられるのを知っていた。
復活させられるのはアカウントの持ち主だけであることも、知っていた。
「器……お前」
ここで復活させるなんて露骨だ。俺を呼んでいるに違いない。
急かすようにアカウントが更新され、新たな投稿が表示された。
『今、家。誰でもいいので募集中』
「……あの、馬鹿……!」
煽られているのは理解している。しかし煽られずにはいられない。
背中を炙られるような焦燥感に駆られ、走り出す。
目指すはたった一箇所、器の家だ。
でも、器が好きだ。無邪気に笑うところが、甘え上手なところが、触るとさらさらしているところが好きだ。
あの身体が他者に暴かれるのが許せないと思うほどには、好きだ。
それでも前から彼の無防備さは変だと思っていたのだ。
人間がひとつの生命として備えるべき自己防衛すら彼にはなかった。器は命を受け渡すように身を委ね、躊躇いなく「好きにして」と言う。
最初は「教授」と呼ばれる俺を信頼し、好意から身を預けてくれているのだと思っていた。
けれど文化祭での行為すら、器は許した。
自分の欲求だけを押し付ける手を、器のことなんてひとつも考えていないキスを、彼は喜んで飲み込んだ。
あれが怖くて仕方なくて、俺は逃げ出した。
それなのに器はその無防備さをもう一度俺の前で晒した。恐怖は確固たるものになった。
なぜ、器は俺が好きなのだろう。
なぜ、器はあんなにも無防備に振る舞うのだろう。
知りたいと思う。知るのが怖いと思う。
そしてきっと、それを問いかける権利なんてなくなってしまった。
俺は「怖い」と言って、彼を傷つけてしまったのだから。
午後の授業は、午前の授業以上にすぐ終わった。何故なら五時間目の途中、先生が
「留金、本当に顔色悪いぞ。もう早退しても……したくない? じゃあせめて、保健室で寝てこい」
と言い、保健室に行くことになったからだ。
保健室の先生も俺の顔を見て早々に「早退しましょう」と言ってくれたが断り、ベッドを借りた。眠れるとは思えなかったが、身体は限界だったらしい。
気付けば寝入った記憶は一切ないまま眠っており、目覚めれば五時間目どころか七時間目が終わっていた。
「…………うわ、マジで放課後……」
夕日に染まった保健室が信じられずスマホで時間を確認するが、何度確認しても放課後である。
「……はぁ」
眠ったことで身体は回復した。しかしそのせいで余計に器のことがチラつく。彼の夢を見なかったのが不思議なくらいだ。
身体を引き摺るようにしてベッドを出ると、保健室の先生が俺の様子を見に来てくれた。渡された体温計で熱を測る。
「熱は無いね……。でもまだ調子悪そうだから、今日は寄り道せず真っ直ぐ帰りなさい」
「はい。分かりました」
誰かが保健室に運んでくれた荷物を受け取り、ついでに「他の生徒には内緒ね」と飴を貰い、保健室から出る。
廊下も保健室同様、夕日で真っ赤に染まっていた。自分の影が黒く長く伸びている。まるで俺を非難しているみたいだ、と思うのはメンタルが落ちているからなのだろう。
貰った飴を口に含もうとしたが、それすら億劫でやめた。
ずるずると歩き、外へ出て、ずるずる歩く。
帰り道は寒かった。秋風が吹き付け、頬や首から体温を奪っていく。上着を寄せて駅に向かって歩けば、自動販売機が目に入った。
ココアが売られている。逃げるように目を逸らした。
「どうしろって言うんだ……」
胸のどこかが痛くて、身体の奥が苦しくて、息が上手く吸えない気がする。
器のことを考えた。考えたけれど、何もできない。
結局、俺は器のことなんてなんにも知らなかった。その内側にある無防備さに怯え、怖がり、傷付けることしか出来なかった。
ため息が出る。もう何度目かわからない。
その時、スマホが震えた。ポケットからそれを取り出し、通知を確認する。
『フォローアカウント 復活のお知らせ』
見た瞬間、喉がひゅっと鳴った。目眩にも似た嫌な予感と関係ない話であってくれという僅かな希望に縋りながら、通知をタップする。
表示されたのは、消したはずの器のアカウントだった。
「…………っ」
肺の辺りが引き攣る。指先が震える。。
アカウントを消しても、一定期間内なら復活させられるのを知っていた。
復活させられるのはアカウントの持ち主だけであることも、知っていた。
「器……お前」
ここで復活させるなんて露骨だ。俺を呼んでいるに違いない。
急かすようにアカウントが更新され、新たな投稿が表示された。
『今、家。誰でもいいので募集中』
「……あの、馬鹿……!」
煽られているのは理解している。しかし煽られずにはいられない。
背中を炙られるような焦燥感に駆られ、走り出す。
目指すはたった一箇所、器の家だ。

