俺は防音というものを理解していなかった。防音というのは音を防ぐもの、つまり外からの音も聞こえない。
加えて音楽準備室の時計は止まっている。
そしていちばん最悪なのは、音楽準備室にスピーカーがない事だ。
というわけでチャイムの音を聞き損ね、俺たちは揃って五時間目に遅刻した。
「蝶番ならまだしも……なんで留金が遅刻なんてしてるんだ?」
もうサボっちゃおうよー、いちゃいちゃしようよー、とごねる蝶番を連れて教室に入れば、先生にそんなことを言われた。
俺はあまり叱られず、器は少し叱られた。
「でも、サボらなかったんだな。席戻っていいぞ」
その後、先生が少しだけ柔らかい声色で器を褒める。器が綺麗に笑った。
「来ましたよ。一景が一緒に行こうって言うから」
その瞬間、クラスメイトからの視線を感じたのは気のせいじゃないだろう。
そうして授業を終え、放課後。俺は教室を出ていこうとする向風と砥石に声をかけた。
「あのさ、断っておいてなんだけど、部活終わるまで待ってるから、一緒にラーメン屋行っていいか?」
二人は振り返り、互いの顔を見やる。
「ええっと……」
「そうですね……」
そして何故か悩むように首を傾げたり、目を閉じたりし始めた。
「え、だ、だめか……?」
快諾されるとは思ってなかったが、悩まれるとも思ってなかった。つい弱気になるが、二人は即座に首を振る。
「いや、だめなんかじゃないけど……」
「だめなんて言いませんよ。ただ……」
向風はちらりと器を盗み見たあと、俺の方に耳打ちした。
「蝶番は? 誘わなくていいのか?」
つい器の方を見そうになり「見るな!」と首を引っ掴まれた。首が絞まった。
「殺す気か!」
「いいから見るなって! で? 蝶番誘わなくていいのか?」
「誘うって……。お前ら、器と面識ないだろ? 呼ばれても困るだろ、お前らが」
向風は首を振ると俺の首をぐいと引き寄せ、ひそひそと囁く。
「まぁまぁ。ほら、蝶番って最近、雰囲気がいい感じだろ?」
「雰囲気?」
「まず学校にちゃんと来てる。今日だって授業に遅刻したけどサボらなかったし。留金と一緒にいるようになってから、あいつ全然違うよ。前より話しかけやすい感じ」
そう言われても、よく分からない。俺の前での器が例外すぎる。
つい「そうか?」と疑問の声が出てしまう。
「そうだよ」
しかし向風は真剣に、そして迷いなくそう断言した。
「そりゃお前はわかんないかもしれないけどさ、お前がいない時でも蝶番はなんか違うよ。で、これってつまり蝶番と仲良くなるチャンスだと思うんだよ。そうだよな、わかるよな? そろそろいけるよな?」
肩を組まされる。まさか、と嫌な考えが頭をよぎった。
「お前……俺に器を紹介して欲しいのか?」
途端、ぎくりと向風の肩が跳ねた。そして「クラスメイトと仲良くしたいっていう純粋な気持ちって言うかー」とかもにゃもにゃ言い出す。
「蝶番くんがいれば、今まで怖くて行けなかったオシャレな女性向けカフェに行けるかもって言ってました」
砥石がさらっと告げ口してきた。向風が絶望的な表情を浮かべた後、俺に縋ってくる。
「違う! そういう利益ありきじゃないの! 俺の友情はそんなもんじゃない! 信じてくれよぉ!」
「あっはっはっは!」
「あー、はいはい。信じてる信じてる。縋るな。砥石は笑うな」
砥石は散々笑ったあと、何事も無かったようにずっと表情を整えた。
向風は弱々しい顔をしつつ、器の方を見てから俺に耳打ちする。
「あのさ。……あいつ、留金の友達だろ? だから興味あるっていうのも、結構ある感じで。教授と仲良くできるやつなら、悪いやつじゃないだろうし」
「そうですね。それに留金くんの友達なら、僕もぜひ仲良くしたいです」
二人の言葉には器に対する関心が滲んでいた。好奇心とも違う、純粋な関心だ。
「……そっか」
器はこの教室において、とびきり異質だ。でも、友達になりたいと思ってくれる奴もいたらしい。
嬉しいような、安心したような、柔らかい気持ちが湧いてくる。
「あと」
そこ向風がより一層息を潜め、俺に近寄る。なんか嫌な予感がした。
「あと、お前ってもしかして……蝶番と……色んな意味でただならぬ関係だったりする?」
「しない」
切り捨てると二人は「本当ですかね?」「これは怪しいぞ、砥石捜査官」「どうやって吐かせましょう?」とひそひそ話し始める。
そのまま向風が挙手をしたので、渋々「向風、どうぞ」と指名した。
「でも蝶番、お前の前だと全然表情違うと思います。しかもある日突然唐突に前触れなくお前にベタついてるし。って言うかもう隠せないレベルでイチャついてますよね教授?」
「それは否定できない、けど……!」
「恋愛感情とか絡んでる? 一目惚れされたとか、したとか」
「げほっ」
思わずお手本みたいにむせる。しまったと思う頃にはもう遅く、向風は目を輝かせ、砥石は人相を若干悪くしながら笑っていた。
「名前で呼んでるから変だと思ったんだよな~~。やっぱそういうことじゃん! 大丈夫、俺たち野暮なことしないから。俺たちのことなんて放っておいて親睦を深めてこいよ!」
「でもそういうことなら、ますます蝶番さんを紹介して欲しいですね。どっちが好意を持っているかとか、二人きりの時に留金くんがどう振る舞うのかとか、下世話な好奇心があります」
「明け透け!」
もうラーメンとかやめてさっさと逃げよう。
そう思ったその時、飴玉に蜂蜜をかけたような甘い声がした。
「一景っ」
後ろから伸びた手が俺を抱き寄せ、頬を寄せてくる。抱きついてきた身体と匂いから、それが誰かすぐに分かった。
「器!?」
「うん、俺だよ♡」
器は強烈に甘ったるい声を上げ、容赦なく頬を擦り寄せてくる。二人は恐れおののくように身を寄せ合った。
「うおお、レベルがちげぇ……」
「これが留金くんの趣味なんですかね? 流石です」
死ぬほどドン引きされている。器は器でこの上なく性格の悪い目付きをしながら、口元をにやつかせていた。
「器……」
思い切り叱ってやろうと思ったが、ここで叱ると「やっぱただならぬ関係なんだ!」で結論を固定されそうな気もする。
しかし叱らないなら叱らないで器はヒートアップし、その身体をぴっとりと寄せてきた。
「やっぱり、ただならぬ関係ですね」
砥石がぼそっと呟き、向風も同調して頷き始める。
「そういうんじゃない。友達だ、友達!」
「いや、それはただの友達じゃないだろ」
ぴったりくっいた頬を指さされると何も言えなくなる。器のにやにや具合が増していった。
だが、実際、俺と器の関係は何なのだろうか。
友達だとは思う。襲われる危険性はあるにしても友達だ。けれど器は俺が好きで、挙句には俺のものになりたいのだと言う。
その感情に応えられるかは分からない。彼が一緒にいれば楽しいだろうが、誰かを手に入れるなんて考えたこともなかった。
しかし、彼が俺にとって特別なのは事実だ。
ここまで誰かのことを心配したことはなかった。
「友達以上……」
向風たちがそんなことを呟き、我に返る。
考え込んでいる間に二人の妄想はヒートアップしていた。俺は若干の諦めを抱きながら、逆に器の腰を抱いた。
「わっ」
器を強引に抱き寄せる。バランスを崩した彼はよろめき、俺の肩に顔を埋めた。
「器は本当に、困った奴なんだ」
向風は俺たちを見て「お、おお」と顔を赤らめた。砥石は何故か感心している。
器をより強く抱き寄せ、手に力を込めた。器は抵抗しない。
「悪いけど、今はこいつから目が離せない。お前らもこいつが何かしでかしたら、真っ先に俺に教えてくれ」
乙女のように恥じらいながら向風が頷く。ちょっと面白い反応だった。砥石も軽く頷く。
「助かる」
これは本音だ。実際、彼らも器を見ていてくれるなら本当に助かる。
アカウントは消したが性格に変化があったとは思えないので、まだまだ彼から離れられないだろう。
アカウントとか、心配とか、そういうの関係なく少しずつ離れがたくなっている気もするが。
「一景」
ふと、器が俺の名前を呼んだ。腰に回していた手を離すと、今度は彼の方から俺に抱きついてくる。
「ちゅっ」
彼はそのままそう言いながら、俺の頬に口付けた。
「あ゛っ」
「おや」
向風は顔を真っ赤にしながらこちらをガン見し、砥石は無言のままスマホを取り出しカメラを向ける。スマホを叩き落とした。
「やっぱそういうことなんだ……! おめでとう! 俺、マジでスピーチするから」
「おめでとうございます」
二人の中で何かしらの結論が出てしまった。頭痛がする。
「ね、ね。俺がなにかしたら、一景に報告してね?」
器があざとく頼み込むと、砥石は「任せて下さい」と頷く。それを見て器が笑って、つられたように向風も笑うものだから、頭痛が引いてしまった。
「まぁ、いい、か……」
本当に良かったのかは、分からない。
でも器が他の人と仲良くしている光景は何にも変え難い程に、価値があった。
「蝶番……さんも、ラーメン行かない? それとも美人系イケメンはオシャレなカフェメニュー以外受け付けなかったりする?」
「ぜひ一緒に行きましょう。留金くんとの馴れ初め、きかせてください」
二人は器をラーメンに誘う。
「ラーメン? 行く行く。一景も行くでしょ」
器はそう言って、俺を振り向いた。
「行く」
どこからか吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。向風が腹減ったと先に歩き出し、砥石がその背を追う。
「一緒に行こ、一景」
器が俺の手を握った。面倒なことになると分かっているのに振り払う気にはなれなくて、手を繋いだまま二人の後を追いかけた。
加えて音楽準備室の時計は止まっている。
そしていちばん最悪なのは、音楽準備室にスピーカーがない事だ。
というわけでチャイムの音を聞き損ね、俺たちは揃って五時間目に遅刻した。
「蝶番ならまだしも……なんで留金が遅刻なんてしてるんだ?」
もうサボっちゃおうよー、いちゃいちゃしようよー、とごねる蝶番を連れて教室に入れば、先生にそんなことを言われた。
俺はあまり叱られず、器は少し叱られた。
「でも、サボらなかったんだな。席戻っていいぞ」
その後、先生が少しだけ柔らかい声色で器を褒める。器が綺麗に笑った。
「来ましたよ。一景が一緒に行こうって言うから」
その瞬間、クラスメイトからの視線を感じたのは気のせいじゃないだろう。
そうして授業を終え、放課後。俺は教室を出ていこうとする向風と砥石に声をかけた。
「あのさ、断っておいてなんだけど、部活終わるまで待ってるから、一緒にラーメン屋行っていいか?」
二人は振り返り、互いの顔を見やる。
「ええっと……」
「そうですね……」
そして何故か悩むように首を傾げたり、目を閉じたりし始めた。
「え、だ、だめか……?」
快諾されるとは思ってなかったが、悩まれるとも思ってなかった。つい弱気になるが、二人は即座に首を振る。
「いや、だめなんかじゃないけど……」
「だめなんて言いませんよ。ただ……」
向風はちらりと器を盗み見たあと、俺の方に耳打ちした。
「蝶番は? 誘わなくていいのか?」
つい器の方を見そうになり「見るな!」と首を引っ掴まれた。首が絞まった。
「殺す気か!」
「いいから見るなって! で? 蝶番誘わなくていいのか?」
「誘うって……。お前ら、器と面識ないだろ? 呼ばれても困るだろ、お前らが」
向風は首を振ると俺の首をぐいと引き寄せ、ひそひそと囁く。
「まぁまぁ。ほら、蝶番って最近、雰囲気がいい感じだろ?」
「雰囲気?」
「まず学校にちゃんと来てる。今日だって授業に遅刻したけどサボらなかったし。留金と一緒にいるようになってから、あいつ全然違うよ。前より話しかけやすい感じ」
そう言われても、よく分からない。俺の前での器が例外すぎる。
つい「そうか?」と疑問の声が出てしまう。
「そうだよ」
しかし向風は真剣に、そして迷いなくそう断言した。
「そりゃお前はわかんないかもしれないけどさ、お前がいない時でも蝶番はなんか違うよ。で、これってつまり蝶番と仲良くなるチャンスだと思うんだよ。そうだよな、わかるよな? そろそろいけるよな?」
肩を組まされる。まさか、と嫌な考えが頭をよぎった。
「お前……俺に器を紹介して欲しいのか?」
途端、ぎくりと向風の肩が跳ねた。そして「クラスメイトと仲良くしたいっていう純粋な気持ちって言うかー」とかもにゃもにゃ言い出す。
「蝶番くんがいれば、今まで怖くて行けなかったオシャレな女性向けカフェに行けるかもって言ってました」
砥石がさらっと告げ口してきた。向風が絶望的な表情を浮かべた後、俺に縋ってくる。
「違う! そういう利益ありきじゃないの! 俺の友情はそんなもんじゃない! 信じてくれよぉ!」
「あっはっはっは!」
「あー、はいはい。信じてる信じてる。縋るな。砥石は笑うな」
砥石は散々笑ったあと、何事も無かったようにずっと表情を整えた。
向風は弱々しい顔をしつつ、器の方を見てから俺に耳打ちする。
「あのさ。……あいつ、留金の友達だろ? だから興味あるっていうのも、結構ある感じで。教授と仲良くできるやつなら、悪いやつじゃないだろうし」
「そうですね。それに留金くんの友達なら、僕もぜひ仲良くしたいです」
二人の言葉には器に対する関心が滲んでいた。好奇心とも違う、純粋な関心だ。
「……そっか」
器はこの教室において、とびきり異質だ。でも、友達になりたいと思ってくれる奴もいたらしい。
嬉しいような、安心したような、柔らかい気持ちが湧いてくる。
「あと」
そこ向風がより一層息を潜め、俺に近寄る。なんか嫌な予感がした。
「あと、お前ってもしかして……蝶番と……色んな意味でただならぬ関係だったりする?」
「しない」
切り捨てると二人は「本当ですかね?」「これは怪しいぞ、砥石捜査官」「どうやって吐かせましょう?」とひそひそ話し始める。
そのまま向風が挙手をしたので、渋々「向風、どうぞ」と指名した。
「でも蝶番、お前の前だと全然表情違うと思います。しかもある日突然唐突に前触れなくお前にベタついてるし。って言うかもう隠せないレベルでイチャついてますよね教授?」
「それは否定できない、けど……!」
「恋愛感情とか絡んでる? 一目惚れされたとか、したとか」
「げほっ」
思わずお手本みたいにむせる。しまったと思う頃にはもう遅く、向風は目を輝かせ、砥石は人相を若干悪くしながら笑っていた。
「名前で呼んでるから変だと思ったんだよな~~。やっぱそういうことじゃん! 大丈夫、俺たち野暮なことしないから。俺たちのことなんて放っておいて親睦を深めてこいよ!」
「でもそういうことなら、ますます蝶番さんを紹介して欲しいですね。どっちが好意を持っているかとか、二人きりの時に留金くんがどう振る舞うのかとか、下世話な好奇心があります」
「明け透け!」
もうラーメンとかやめてさっさと逃げよう。
そう思ったその時、飴玉に蜂蜜をかけたような甘い声がした。
「一景っ」
後ろから伸びた手が俺を抱き寄せ、頬を寄せてくる。抱きついてきた身体と匂いから、それが誰かすぐに分かった。
「器!?」
「うん、俺だよ♡」
器は強烈に甘ったるい声を上げ、容赦なく頬を擦り寄せてくる。二人は恐れおののくように身を寄せ合った。
「うおお、レベルがちげぇ……」
「これが留金くんの趣味なんですかね? 流石です」
死ぬほどドン引きされている。器は器でこの上なく性格の悪い目付きをしながら、口元をにやつかせていた。
「器……」
思い切り叱ってやろうと思ったが、ここで叱ると「やっぱただならぬ関係なんだ!」で結論を固定されそうな気もする。
しかし叱らないなら叱らないで器はヒートアップし、その身体をぴっとりと寄せてきた。
「やっぱり、ただならぬ関係ですね」
砥石がぼそっと呟き、向風も同調して頷き始める。
「そういうんじゃない。友達だ、友達!」
「いや、それはただの友達じゃないだろ」
ぴったりくっいた頬を指さされると何も言えなくなる。器のにやにや具合が増していった。
だが、実際、俺と器の関係は何なのだろうか。
友達だとは思う。襲われる危険性はあるにしても友達だ。けれど器は俺が好きで、挙句には俺のものになりたいのだと言う。
その感情に応えられるかは分からない。彼が一緒にいれば楽しいだろうが、誰かを手に入れるなんて考えたこともなかった。
しかし、彼が俺にとって特別なのは事実だ。
ここまで誰かのことを心配したことはなかった。
「友達以上……」
向風たちがそんなことを呟き、我に返る。
考え込んでいる間に二人の妄想はヒートアップしていた。俺は若干の諦めを抱きながら、逆に器の腰を抱いた。
「わっ」
器を強引に抱き寄せる。バランスを崩した彼はよろめき、俺の肩に顔を埋めた。
「器は本当に、困った奴なんだ」
向風は俺たちを見て「お、おお」と顔を赤らめた。砥石は何故か感心している。
器をより強く抱き寄せ、手に力を込めた。器は抵抗しない。
「悪いけど、今はこいつから目が離せない。お前らもこいつが何かしでかしたら、真っ先に俺に教えてくれ」
乙女のように恥じらいながら向風が頷く。ちょっと面白い反応だった。砥石も軽く頷く。
「助かる」
これは本音だ。実際、彼らも器を見ていてくれるなら本当に助かる。
アカウントは消したが性格に変化があったとは思えないので、まだまだ彼から離れられないだろう。
アカウントとか、心配とか、そういうの関係なく少しずつ離れがたくなっている気もするが。
「一景」
ふと、器が俺の名前を呼んだ。腰に回していた手を離すと、今度は彼の方から俺に抱きついてくる。
「ちゅっ」
彼はそのままそう言いながら、俺の頬に口付けた。
「あ゛っ」
「おや」
向風は顔を真っ赤にしながらこちらをガン見し、砥石は無言のままスマホを取り出しカメラを向ける。スマホを叩き落とした。
「やっぱそういうことなんだ……! おめでとう! 俺、マジでスピーチするから」
「おめでとうございます」
二人の中で何かしらの結論が出てしまった。頭痛がする。
「ね、ね。俺がなにかしたら、一景に報告してね?」
器があざとく頼み込むと、砥石は「任せて下さい」と頷く。それを見て器が笑って、つられたように向風も笑うものだから、頭痛が引いてしまった。
「まぁ、いい、か……」
本当に良かったのかは、分からない。
でも器が他の人と仲良くしている光景は何にも変え難い程に、価値があった。
「蝶番……さんも、ラーメン行かない? それとも美人系イケメンはオシャレなカフェメニュー以外受け付けなかったりする?」
「ぜひ一緒に行きましょう。留金くんとの馴れ初め、きかせてください」
二人は器をラーメンに誘う。
「ラーメン? 行く行く。一景も行くでしょ」
器はそう言って、俺を振り向いた。
「行く」
どこからか吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。向風が腹減ったと先に歩き出し、砥石がその背を追う。
「一緒に行こ、一景」
器が俺の手を握った。面倒なことになると分かっているのに振り払う気にはなれなくて、手を繋いだまま二人の後を追いかけた。
