海鳴りが聞こえる街で

 受験から、三日経った。
 今日は、宮ノ森の合否発表が行われる日だ。
 両親は、朝から落ち着きが無くて、意味も無く家の中をうろうろしている。そうかと思ったら、合格発表の1時間以上まえから、居間で正座して、そのときを待っている。
 二人とも、夕陽以上に緊張していた。
 子どものことを、こんなにも心配しないといけないなんて、親って、たいへんな仕事だなーと、当事者である夕陽は、冷静に父母の様子を観察していた。
「ゆ、夕陽。そろそろだぞ」
 襖の向こう側から、父が声をかけてきた。
 壁にかけている時計の針が、そろそろ午前の10時を指そうとしている。宮ノ森の合格発表まで、あと数分だった。
「いま行くー」
 スマホ片手に、階段を降りて居間に向かう。
 スマホの画面から、宮ノ森のホームページにアクセスして、合否の確認をすれば、それで済んでしまう話。
 だけど、全財産を賭けたギャンブルに臨むかのごとく、神妙すぎる面持ちで正座している両親を、ほったらかしというわけにはいかない。
 なんたって、かれこれ1時間も、こうして合格発表の時間を待っていたのだから。
 夕陽一人で合否確認をするという選択肢は無い。
「じゃあ、見るよ」
「まままっ、待てっ。まだ心の準備がっ……!」
 スマホを操作しようとした夕陽の腕を、父が掴む。
「夕陽ちゃん。ま、まずは、お茶でも飲んで落ち着きましょう」
 母は震える手で、湯飲みをちゃぶ台に置いた。いまにもお茶がこぼれてしまいそうだった。
(この人たち、不合格だったら、どんな顔するんだろ)
 興味がそそられたが、下手したら、夫婦そろって気絶してしまうかもしれない。そのくらい二人には余裕が無いので、できれば合格していてほしい。
 父は、普段はおおらかで、ほがらかな性格をしているのに、顔面が蒼白(そうはく)
 母は……、こっちは、平常運転と言えば平常運転。おしとやかで落ち着いているのに、夕陽のことを心配するあまり、思考回路がおかしくなるときがある。
(味、薄い)
 母が煎れてくれたお茶は、白湯かと思うくらいに味がしなかった。
 それを飲んだ父は、
「友菜。茶葉を変えたのか?」
 とか、すっとぼけたことを言っている。
 母も母で、
「え、ええそうなの。やっぱり、将さんの舌はしっかりしているわね」
 なんて応えていた。
 ポットの横に置かれている緑茶の銘柄は、今野家で愛飲されている、いつもの銘柄であることは、指摘するまでも無い。
「それじゃ、そろそろ」
 時刻はすでに、十時三十分。いい加減にふん切りをつけないといけない。
 指でスマホを操作する夕陽、それを、固唾を飲んで見守る両親。
 ネットに接続して、宮ノ森のホームページにアクセスしようとしたときだった。
「あれ? 着信だ」
 電話がかかってきた。
 ディスプレイには、愛梨の名前が表示される。
 受験の日の帰り道で、連絡先を交換していた……、もとい、愛梨の押しに負けて交換させられていた。
「もしもし」
「やっほー! 受験ぶりー!」
 愛梨はあいかわらず、お気楽で明るい口調だった。
「夕陽。私も受かったよ!」
 そして夕陽の知らないうちに、夕陽のことを呼び捨てにしていた。
 距離を詰めて来るのが早いだろと思ったが、愛梨だし、しょうが無いなとあきらめることができてしまう。
「あ。そうなんだ。おめでとう。って、私も?」
「うん! 春からよろしくね!」
「そっか。私、受かったんだ」
 突然のことだったし、愛莉から伝えられたこともあるし、うれしさとか安心とか、感情が追いついてきてくれない。
「えっ!? もしかして、まだ確認してなかったの? 発表から三十分経ってるし、そろそろ電話しても大丈夫だと思ったんだけど」
「いろいろあってね。教えてくれて、ありがとう。じゃあ、また連絡するから」
「うん。いつでも連絡してね! じゃ」
 通話を終了させて、スマホを置く。
 緑色をしているだけの、ただのお湯をすすって。
「合格したって」
 笑顔でそれを口にすると、湯飲みを持つ両手がふるえ始めた。