「ありゃ。降ってきちゃったか」
あちらこちらで傘の花が咲いていたけれど、細かい雪が小降りに降っているだけなので、気にせずそのまま歩いている人もいた。
「傘、持ってきてないの?」
「うん。天気予報だと、天気が回復するって言ってたし」
「入る?」
夕陽は折りたたみ傘を開いた。
「いいの?」
「どうぞ。狭いけど」
「ありがと」
彼女は、ぴょんぴょんと跳びはねて、夕陽の隣に寄って来た。きめ細やかなミディアムヘアの毛先が揺れていた。
「やさしいね」
「普通でしょ」
隣を歩いている人をほっといて、自分だけ傘の下でぬくぬくできる無神経な人なんて、そういないだろう。
「私、真中愛梨」
「ん?」
「自己紹介、だけど」
「あー、そういうこと」
いきなり名前を名乗るから、なにごとかと思った。
だけど考えてみれば、ひとつの傘を共有しているわけだから、見ず知らずの仲というほうが不自然か。
(でも、どうせ今日だけの仲なのに、自己紹介する必要なんて、あるのかな)
宮ノ森学園の一学年は、A組からE組で構成される。ということは、二人そろって合格したとして、同じクラスになる確率は、五分の一。低くも無いけれど、高くも無い。
しかも、夕陽のコンディションはズタボロで、合格する確率は、非常に低い。
(それに……)
それとは別に、夕陽は深刻な闇を抱えていた。
これを抱えたまま、同年代の友達を作ることはできない。
「どうしたの?」
「なんでもない。私、今野夕陽」
「夕陽ちゃん、かぁ。きれいな名前」
愛梨は、明け透けに笑っていた。
二階建ての駅舎から伸びる駅前広場デッキの下は、バスやタクシーのロータリーになっていた。
バスからは大量の学生が降りてくる。
みんな受験生だ。証拠に、顔つきが固くて強張っている。
階段を下り、信号が青になるのを待って横断歩道を渡り、アーケード街に入った。
アーケード街には、カラフルなステンドグラスが張りめぐらされた、アーチ状の天井がかかっている。
晴れの日だったらきれいだろうけど、空が曇っているせいで、せっかくのカラフルな色が、くすんで見えた。
「いい匂いー」
夕陽が傘を閉じると、愛梨はベーカリーのほうに引き寄せられていた。
「朝ごはん、しっかり食べて来たけど、お腹減っちゃうね。帰りに寄って行こうかなー」
この子、ほんとうに受験前なのかなと、疑問に思った。
二人の周りには、あきらからにピリピリしている学生ばかり。でも愛梨は、街に遊びに来たみたいな雰囲気を醸し出していた。
「ねえ、夕陽ちゃんは、どのパンが好き?」
「あー、んー、カレーパン、かなぁ」
「へー、がっつり系が好きなの? あ、運動部だったとか」
「帰宅部。てか、パン自体、あんまり食べないから」
「ご飯党なんだ」
「そう。特に朝は、お米を食べないと元気が出ない」
「そっかぁ。私は、朝はあんまり食欲が無いから、パンとかヨーグルトで済ませることが多いなぁ。今日は受験だから、ちゃんと詰め込んできたけど」
「あははっ」
こらえきれず、夕陽は笑った。
「んぉ? どしたん」
「余裕あるなぁと思って」
大事な受験を控えているのに、ぺちゃくちゃと世間話を楽しむなんて、肝が据わっている。
「そうじゃないよ。逆、逆」
「逆?」
「私、緊張すると、リラックスするために、口数が多くなっちゃうの」
「へぇ」
「いつもは、友達に無駄話につき合ってもらうんだけど、宮ノ森受験するの、私だけだったから……、ほら、宮ノ森って難関でしょ」
「そうだね。私立だから、学費も高いしね」
夕陽のほうも、愛梨と似たような事情で、受験仲間がいなかった。
宮ノ森の入学試験は、私立にしてはめずらしく、面接試験が無い。
その代わり、出願書類と一緒に、調査表を送る必要がある。
この調査表に、テストの成績や学校内外での生活態度を中学の教師たちに記載してもらうのだけど、まずその内容が一定のラインに到達していなければ、不合格は確定。宮ノ森は、受験するというスタート地点に立つだけでも難しい。
「夕陽ちゃんには悪いけれど、夕陽ちゃん見つけて、良かったよ」
そう言われて、夕陽の心はちょっぴり軽くなった。
今日は、愛梨にとっても大事な受験日だ。しかも受験するのは、超難関の宮ノ森。
そんな日に、どこの誰かもわからない夕陽のことで気を遣わせてしまったことに、罪悪感を覚えていたからだ。
「ありがとう」
感謝を口にした夕陽に、
「え、私、なんかお礼言われるようなこと、したっけか」
と、愛梨は応える。
アーケードのはしっこで、二人は立ち止まった。
まだ、雪がちらついている。
夕陽は、傘をさした。
自分と愛梨の、二人ぶんの体が傘の下に収まるようにして。
たとえ、今日の受験が不合格でも、愛梨とのつき合いは続いていきそうな予感がした。
その予感には、夕陽の願望も混じっていたのだが、夕陽自身は、自分の想いに気がついていなかった。
あちらこちらで傘の花が咲いていたけれど、細かい雪が小降りに降っているだけなので、気にせずそのまま歩いている人もいた。
「傘、持ってきてないの?」
「うん。天気予報だと、天気が回復するって言ってたし」
「入る?」
夕陽は折りたたみ傘を開いた。
「いいの?」
「どうぞ。狭いけど」
「ありがと」
彼女は、ぴょんぴょんと跳びはねて、夕陽の隣に寄って来た。きめ細やかなミディアムヘアの毛先が揺れていた。
「やさしいね」
「普通でしょ」
隣を歩いている人をほっといて、自分だけ傘の下でぬくぬくできる無神経な人なんて、そういないだろう。
「私、真中愛梨」
「ん?」
「自己紹介、だけど」
「あー、そういうこと」
いきなり名前を名乗るから、なにごとかと思った。
だけど考えてみれば、ひとつの傘を共有しているわけだから、見ず知らずの仲というほうが不自然か。
(でも、どうせ今日だけの仲なのに、自己紹介する必要なんて、あるのかな)
宮ノ森学園の一学年は、A組からE組で構成される。ということは、二人そろって合格したとして、同じクラスになる確率は、五分の一。低くも無いけれど、高くも無い。
しかも、夕陽のコンディションはズタボロで、合格する確率は、非常に低い。
(それに……)
それとは別に、夕陽は深刻な闇を抱えていた。
これを抱えたまま、同年代の友達を作ることはできない。
「どうしたの?」
「なんでもない。私、今野夕陽」
「夕陽ちゃん、かぁ。きれいな名前」
愛梨は、明け透けに笑っていた。
二階建ての駅舎から伸びる駅前広場デッキの下は、バスやタクシーのロータリーになっていた。
バスからは大量の学生が降りてくる。
みんな受験生だ。証拠に、顔つきが固くて強張っている。
階段を下り、信号が青になるのを待って横断歩道を渡り、アーケード街に入った。
アーケード街には、カラフルなステンドグラスが張りめぐらされた、アーチ状の天井がかかっている。
晴れの日だったらきれいだろうけど、空が曇っているせいで、せっかくのカラフルな色が、くすんで見えた。
「いい匂いー」
夕陽が傘を閉じると、愛梨はベーカリーのほうに引き寄せられていた。
「朝ごはん、しっかり食べて来たけど、お腹減っちゃうね。帰りに寄って行こうかなー」
この子、ほんとうに受験前なのかなと、疑問に思った。
二人の周りには、あきらからにピリピリしている学生ばかり。でも愛梨は、街に遊びに来たみたいな雰囲気を醸し出していた。
「ねえ、夕陽ちゃんは、どのパンが好き?」
「あー、んー、カレーパン、かなぁ」
「へー、がっつり系が好きなの? あ、運動部だったとか」
「帰宅部。てか、パン自体、あんまり食べないから」
「ご飯党なんだ」
「そう。特に朝は、お米を食べないと元気が出ない」
「そっかぁ。私は、朝はあんまり食欲が無いから、パンとかヨーグルトで済ませることが多いなぁ。今日は受験だから、ちゃんと詰め込んできたけど」
「あははっ」
こらえきれず、夕陽は笑った。
「んぉ? どしたん」
「余裕あるなぁと思って」
大事な受験を控えているのに、ぺちゃくちゃと世間話を楽しむなんて、肝が据わっている。
「そうじゃないよ。逆、逆」
「逆?」
「私、緊張すると、リラックスするために、口数が多くなっちゃうの」
「へぇ」
「いつもは、友達に無駄話につき合ってもらうんだけど、宮ノ森受験するの、私だけだったから……、ほら、宮ノ森って難関でしょ」
「そうだね。私立だから、学費も高いしね」
夕陽のほうも、愛梨と似たような事情で、受験仲間がいなかった。
宮ノ森の入学試験は、私立にしてはめずらしく、面接試験が無い。
その代わり、出願書類と一緒に、調査表を送る必要がある。
この調査表に、テストの成績や学校内外での生活態度を中学の教師たちに記載してもらうのだけど、まずその内容が一定のラインに到達していなければ、不合格は確定。宮ノ森は、受験するというスタート地点に立つだけでも難しい。
「夕陽ちゃんには悪いけれど、夕陽ちゃん見つけて、良かったよ」
そう言われて、夕陽の心はちょっぴり軽くなった。
今日は、愛梨にとっても大事な受験日だ。しかも受験するのは、超難関の宮ノ森。
そんな日に、どこの誰かもわからない夕陽のことで気を遣わせてしまったことに、罪悪感を覚えていたからだ。
「ありがとう」
感謝を口にした夕陽に、
「え、私、なんかお礼言われるようなこと、したっけか」
と、愛梨は応える。
アーケードのはしっこで、二人は立ち止まった。
まだ、雪がちらついている。
夕陽は、傘をさした。
自分と愛梨の、二人ぶんの体が傘の下に収まるようにして。
たとえ、今日の受験が不合格でも、愛梨とのつき合いは続いていきそうな予感がした。
その予感には、夕陽の願望も混じっていたのだが、夕陽自身は、自分の想いに気がついていなかった。

