「中学のころ、成長期を迎えたあたりから、女の子に告白されることが増えたって話したよね」
海藍は、まず、無難なところから話を始めた。
夕陽は静かに耳を立てた。。
「いざ表現しようとなると、難しいけど……。いままで僕に告白してきた子たちって、僕じゃなくて、自分を見てるような気がしたんだよね」
「自分?」
「そう。僕のことが好きなんじゃなくて、僕のことを好きな、自分のことが好きなんだなって思った」
そんな彼女たちは、他人を好きになるということがどういうことか、良くわかっていないと海藍は感じた。
そんな人たちによって、アイドルみたいな、別の海藍が形成されるのが怖かった。
「それで、嫌になっちゃったの」
「スタート地点は、そうだったかもしれないね。そういう子たちを、どうやって傷つけないようにしながら距離を置くかってことで頭がいっぱいで、あんまり学校が楽しくなくなっていった」
海藍のことを、自己満足の道具のような目で見てくる女性たち。
いつしか海藍は、そんな女性たちを、嫌悪するようになっていた。
「女性恐怖症の、一歩、手前だったと思う。女の子と話したり、目を合わせたりするのが怖くなったときがあったんだ。息が詰まりそうになるっていうか……」
それを聞いた夕陽は、目を大きく開いて、胸に手を当てた。
「でも、まだ中学生だし、それが心の病気かもしれないっていう知識もなくて。だから、仮病を使って、学校を休んだことがあったんだ」
「海藍くんが、仮病」
夕陽には信じられなかった。まじめを絵に描いた人だと思っていたから。
「親にバレたらまずいから、一人で病院に行けるって言って、適当にぶらついて時間をつぶしてた。だって、どこの病院を受診していいかなんて、わからないでしょ。そうしたらね、ある女の人に出会ったんだ」
「うん……」
ここら辺が、話の本質だと直感した夕陽の身体が強張る。
「失恋、って名づけちゃうと、相手に失礼なんだろうね。僕は子どもで、あの人は大人だったから、釣り合ってなかった。でも僕は、あの人が好きだった」
「どういう人?」
「ミニバン改造して、車中泊しながら、あちこち旅してる人。髪は真っ赤、昼からお酒飲んでる豪快な人で、すごく自由で、それで……」
はにかんだ海藍。
腰を曲げて、夕陽の耳元で、そっとささやいた。
「僕の、初めての人」
「……!」
夕陽は手で口をふさいだ。
息を飲んで、なにも言えない夕陽に、海藍は続けた。
「最後の思い出に、って」
「最後」
夕陽の顔に、陰りが見えた。
「ある日、いなくなってたんだよね」
「そんな!」
「よく言われてた。あんたはまだガキだし、いまは傷ついてるから、ここに逃げて来てもいいけど、いつまでも逃げてられないからねって」
「海藍くんは、なにから、逃げているの?」
海藍は、丁寧に応えてくれた。
「誰かを、愛すること。愛されること。その資格が自分にあるのか、知ること」
「やっぱり、そうなんだ」
夕陽の声が、ふるえていた。
「海藍くん、私と一緒なんだ」
その声に反応して、海藍の胸に、大きな安心感が湧き上がってきた。
「なんで、海藍くんが泣いてるの?」
「えっ」
それは、陽の光を受けて、きらりと光った。
目の前に広がる海面と同じように。
海藍は、うれしかった。
うれしいから、泣いた。
ずっと、誰にも理解できないだろという想いを抱えていた。
誰とも理解を共有できないだろうと思っていた。
でも、いま、この小さな女の子と、景色を同じくしている。
それが、とてもうれしかった。
「はい」
夕陽が差し出してくれたハンカチを受け取って、目尻を拭う。
「洗って返すよ」
「いいよ。海藍くんだから」
「そっか。そうだね」
海藍は、そのままハンカチを返した。
これで二人は、友達になった。
「次は、護城浜―。護城浜―」
車掌のアナウンスを聞いて、二人は立ち上がった。
いつの間にか、車両にいたのは夕陽と海藍だけになっていた。
貸し切り状態で、友達とゆっくりと語り合えるとは、贅沢な旅だ。
ドアの前に立つ二人。
近すぎもしないし、遠すぎもしない。
友達の距離だった。
海藍は、まず、無難なところから話を始めた。
夕陽は静かに耳を立てた。。
「いざ表現しようとなると、難しいけど……。いままで僕に告白してきた子たちって、僕じゃなくて、自分を見てるような気がしたんだよね」
「自分?」
「そう。僕のことが好きなんじゃなくて、僕のことを好きな、自分のことが好きなんだなって思った」
そんな彼女たちは、他人を好きになるということがどういうことか、良くわかっていないと海藍は感じた。
そんな人たちによって、アイドルみたいな、別の海藍が形成されるのが怖かった。
「それで、嫌になっちゃったの」
「スタート地点は、そうだったかもしれないね。そういう子たちを、どうやって傷つけないようにしながら距離を置くかってことで頭がいっぱいで、あんまり学校が楽しくなくなっていった」
海藍のことを、自己満足の道具のような目で見てくる女性たち。
いつしか海藍は、そんな女性たちを、嫌悪するようになっていた。
「女性恐怖症の、一歩、手前だったと思う。女の子と話したり、目を合わせたりするのが怖くなったときがあったんだ。息が詰まりそうになるっていうか……」
それを聞いた夕陽は、目を大きく開いて、胸に手を当てた。
「でも、まだ中学生だし、それが心の病気かもしれないっていう知識もなくて。だから、仮病を使って、学校を休んだことがあったんだ」
「海藍くんが、仮病」
夕陽には信じられなかった。まじめを絵に描いた人だと思っていたから。
「親にバレたらまずいから、一人で病院に行けるって言って、適当にぶらついて時間をつぶしてた。だって、どこの病院を受診していいかなんて、わからないでしょ。そうしたらね、ある女の人に出会ったんだ」
「うん……」
ここら辺が、話の本質だと直感した夕陽の身体が強張る。
「失恋、って名づけちゃうと、相手に失礼なんだろうね。僕は子どもで、あの人は大人だったから、釣り合ってなかった。でも僕は、あの人が好きだった」
「どういう人?」
「ミニバン改造して、車中泊しながら、あちこち旅してる人。髪は真っ赤、昼からお酒飲んでる豪快な人で、すごく自由で、それで……」
はにかんだ海藍。
腰を曲げて、夕陽の耳元で、そっとささやいた。
「僕の、初めての人」
「……!」
夕陽は手で口をふさいだ。
息を飲んで、なにも言えない夕陽に、海藍は続けた。
「最後の思い出に、って」
「最後」
夕陽の顔に、陰りが見えた。
「ある日、いなくなってたんだよね」
「そんな!」
「よく言われてた。あんたはまだガキだし、いまは傷ついてるから、ここに逃げて来てもいいけど、いつまでも逃げてられないからねって」
「海藍くんは、なにから、逃げているの?」
海藍は、丁寧に応えてくれた。
「誰かを、愛すること。愛されること。その資格が自分にあるのか、知ること」
「やっぱり、そうなんだ」
夕陽の声が、ふるえていた。
「海藍くん、私と一緒なんだ」
その声に反応して、海藍の胸に、大きな安心感が湧き上がってきた。
「なんで、海藍くんが泣いてるの?」
「えっ」
それは、陽の光を受けて、きらりと光った。
目の前に広がる海面と同じように。
海藍は、うれしかった。
うれしいから、泣いた。
ずっと、誰にも理解できないだろという想いを抱えていた。
誰とも理解を共有できないだろうと思っていた。
でも、いま、この小さな女の子と、景色を同じくしている。
それが、とてもうれしかった。
「はい」
夕陽が差し出してくれたハンカチを受け取って、目尻を拭う。
「洗って返すよ」
「いいよ。海藍くんだから」
「そっか。そうだね」
海藍は、そのままハンカチを返した。
これで二人は、友達になった。
「次は、護城浜―。護城浜―」
車掌のアナウンスを聞いて、二人は立ち上がった。
いつの間にか、車両にいたのは夕陽と海藍だけになっていた。
貸し切り状態で、友達とゆっくりと語り合えるとは、贅沢な旅だ。
ドアの前に立つ二人。
近すぎもしないし、遠すぎもしない。
友達の距離だった。

