海鳴りが聞こえる街で

 海藍は、急に時間の流れが遅くなったように感じた。
 電車のスピードが落ちるわけは無いのに、窓の向こう側の景色が、ゆっくりと流れていく。
 それは、沈黙による居心地の悪さのせいだろうか。
 違う。
 南では、時間の流れが緩やかになるのだ。
 それは、穏やかな大海原の成せる業。
 ノスタルジックな楽曲の旋律をなぞるように、スローテンポで揺れている。
 この海のおかげで、南は、独自のゆったりとした時間を刻んでいる。
 だから南を訪れると、まるで竜宮城に招待された浦島太郎のように、いつのまにか時間が経過してしまう。
 それが、南の海の魅力であり、怖さ。
 海藍が浦島太郎なら、夕陽はさしずめ、浦島太郎を竜宮城に連れて行く亀。
 甲羅に閉じこもったように、口を堅く結んで押し黙っている。
 海藍も、黙って海を眺めた。
 ゆったりと揺れる海と共に育った夕陽に、ゆったりと言葉を生み出す時間をあたえた。
「私なんかが、なにか返せるのかな」
 ほとんど口を開けずに、夕陽がつぶやく。
 波が来たら、さらわれてしまいそうな、頼りの無い声だった。
「なにか、返すって?」
「好きっていう、気持ちに。私なんかが、なにか返せるの?」
 いまにも泣き出しそうな、子どもみたいだった。
「なんで、そんなふうに言うの。夕陽ちゃんが魅力的だから、二人とも好きって言ってくれるんだよ」
「じゃあ、海藍くんは?」
「僕?」 
「もし海藍くんが、私から好きって告白されたら、なにを返してくれるの?」
「それは……」
 夕陽に責められている。
 仮想の恋愛相手を夕陽にすることで、逃げ道をふさがれた。
 海藍だけ外から眺めているのは許さないと夕陽は言っている。
「ごめん」
 本当に困った顔をしていたのだろう。なにも答えられずにいると、夕陽が謝ってきた。
「ううん。僕こそ、ごめん。自分だけ傍観者のつもりだった。そうだよね、話さないといけないよね」
「あっ、いいよ、無理しなくて」
「いいんだよ」
「待って。私のほうが、まだ覚悟ができてない。それ聞いちゃったら、私も……」
「僕、夕陽ちゃんと友達になりたい」
 本心から、そう願っていた。
 そうなるには、ちゃんと話さないといけない。
「聞いて、くれる?」
「……、わかった」
 悲壮感のある顔で、夕陽が言ってくれた。
 そして海藍は、ゆっくりと語り出す。