海鳴りが聞こえる街で

 同じ景色を共有していても、考えていることは違うのだろうなと海藍は思った。
 電車に乗り降りする人たち。
 流れる景色。
 座席にもたれて、それらをなんとなく目に映す。
 夕陽はなにも言わない。
 だから、海藍もなにも言わない。
 学校を後にしてから、ずっとだ。
 海藍と夕陽の周囲だけ、世界から隔離されたよう。
 夕陽は、窓の外を見つめていた。
 本を読むことも、スマホを取り出すことも無い。
 ただただ、外を見つめていた。
 いま彼女は、なにを想っているのか。
 海藍は、さっきからそのことだけを考えていた。
 もちろん、他人の頭の中を覗くことなんてできないから、わかりっこ無いのだけど。
 だから、夕陽が口を開くまで待つしか無い。
 港湾地帯を通過して、田園地帯に入った。
(こっちまで来たの、久しぶりだな)
 小さいころは、よく、この辺りを駆けずり回っていた。
 中学生のときには、友達と一緒に、南の海を泳いで遊んだ。
 去年は受験生だったから、遊びは自重したけれど、また、みんなで集まって遊びに行きたい。
「海藍くん」
 ようやく夕陽が口を開いた。
「うん?」
「百女山のほうを見たら、ダメだよ」
「ああ。そうだったね」
 久しぶりだから忘れていた。
 御姫山の神様は、百女山の頂に住んでいる。そこから下界を覗いていて、若い男を見つけると、山に連れ去ってしまう。
 だから男の子は、百女山のほうを見ちゃいけないよと、よく大人に注意された。
 もちろん迷信だ。
 夕陽だって、本気で言ったわけじゃないだろう。
 夕陽は、そろそろ沈黙に飽きてきたのだ。
「それが本当だったら、この辺から男がいなくなっちゃうけどね」
 だから海藍も軽く返した。
「でも、海藍くん、顔、いいし」
 山の神様は、美男がたいそうお好きだと伝わっている。
 となれば、年ごろといい容姿といい、海藍は絶好の獲物だ。
 夕陽や愛梨に顔のことを言われても、なにも感じない。
 他の女性たちだったら、多少なりとも機嫌を損ねたかもしれない。
 でも、彼女たちは別だ。
 なぜなら、純粋に海藍の容姿を褒めてくれる。ただそれだけのことだから。
 下心はまるで無い。
 そういう気持ちを、海藍にぶつけてくることは無い。
 だから安心して、言葉をそのまま受け取ることができる。
「私、ずっと思ってた。私と海藍くん、どこか似てるって」
「夕陽ちゃんって、生きるの、難しいでしょ?」
 ずばりと言い当てることができた。 
 だって、海藍も同じだから。
「最初に、確認しておきたいんだけど、夕陽ちゃんは、愛梨ちゃんと光くん、両方から告白されたんだよね?」
 夕陽は困ったようにうつむいて、頬を赤らめた。
 その様子から、少なくとも、悪い印象を抱いているようには見えなかった。
 でも、夕陽の口からは、言葉が出てこない。
 再び沈黙。
 電車が揺れる音だけが耳に入ってくる。
 窓の外に、海が見えた。
 赤々とした夕陽の光を受けて、海面がオレンジ色に染まっている。