海鳴りが聞こえる街で

「どしたの?」
 夕陽は笑ってしまった。
 だって愛莉の動きがおかしかったから。
 夕陽の気持ちが落ち気味なのを知っていて、電話をかけてきて待ち合わせをして、ギャグまで用意してくれたのか。
 そんなことは無いだろう。
 そこまで夕陽と以心伝心で、周りの大人たちに笑われてまで夕陽のことを励まそうとしてくれるなんて、恋人並みの献身じゃないか。
「あっ。どこか怪我してるの?」
 笑っていた夕陽だったけれど、それに気づいて愛莉のことを心配した。笑ってしまった自分も、戒めた。
 怪我をして体が不自由な人の動きは、健常者から見ると、奇妙なものに映ってしまうときがあるけれど、本人はまじめなのだ。
 自分となにかが違うからといって、見下したり、ばかにしたりするのは良くない。
「ちが……」
 と、愛梨はそこで固まり、
「わない。うん。怪我、してる」
「そうなの!?」
「階段で、くじいただけだからダイジョウブ……。ゆ、夕陽に早く会いたくて! あせっちゃった……、なんて……」
 声のトーンが乱高下していた。
 大きな声で話始めたかと思ったら、語尾に近づくにつれて小さな声になって、また大きな声になって、という感じで聞き取りにくい。
「肩、貸すよ」
「あ、ありがと。じゃあ……」
 愛梨は、夕陽の腕に自分の腕を巻き付けて体をあずけてきた。
「行こ」
 愛梨の痛みがどのくらいひどいのかわからないので、夕陽は、できるだけ愛莉のペースに合わせるようにして歩いた。
 階段を降りるときには、愛梨のほうから強く力を込めてきたので、夕陽も、そっと足を運ぶように気を付けた。
 横断歩道を渡ってアーケード街に入れば、あとは平坦な道だから安心だけれど、どこに段差があるかわからないから、注意しないといけない。
「夕陽、ごめんね……」
 消え入りそうな声で、愛梨が言った。
「謝ることないよ。愛梨だって、入試のときに私を助けてくれたでしょ」
「うん……」
 と、うつむいた愛莉は、学校に到着するまで、顔を上げることも、口を開くこともなかった。
 今日から本格的な授業が始まるのに怪我をするなんて気の毒だ。
 昇降口で靴を履き替えるときに、夕陽はかがんで、愛梨の外履きを押さえてあげた。それでちょっとでも痛みが和らげばいいと思ったから、夕陽はそうした。
「ゆっ、夕陽っ」
 愛梨は、顔を真っ赤にさせた。
「恥ずかしいかもだけど、少しは楽でしょ。靴を履き替えたら、保健室に行こうね」
「う……」
 一気に熱が引いて、素顔になる愛梨。
「あの、そこまでじゃないから。ホント」
「ダメだよ。ひどかったらどうするの」
 授業をサボりたくて、たいして体調が悪いわけでも無いのに保健室に入り浸る生徒は、中学のころからいた。
 でも病院とか保健室は、なんかおかしいなー、くらいでも行くべきだ。
 それでなにもなければ、良かったねで済むし、悪化する前にプロに措置をしてもらえるのなら、それもいい。
 医療機関っていうのは、積極的に利用してもらってこそ。と、白川先生が言っていた。
 もっともだとは思うけれど、説得力は、もうひとつ足りない。
「い、行かなくて平気だし」
「ダメだって」
「どうしたの?」
 押し問答が行われるとき、彼はそこにいないといけない義務でもあるのか。
 静かな瞳をたずさえて、伊藤光が登校してきた。
 愛梨に代わって、夕陽が顔を赤くする。
 あんな、他の人が見ているところで告白されるなんて、どう表現していいかわからないくらい恥ずかしい。
「それで、こないだの返事、なんだけど」
 しかし彼は、夕陽の気持ちをほったらかしで話を始めた。
 二人の噂を知っているのか、何人かの生徒が、興味津々に夕陽と光のことを見物している。
「へ、返事って言われても、そんなの、急には……」
 心臓が跳ね上がりそう。
 声がふるえる。
 彼に見つめられているだけで、うまくしゃべれない。
「ちょ、ちょっと待った!」
 あのときと同じように、愛梨が夕陽と光の間に割って入る。
 時間稼ぎにしかならないけれど、愛梨に任せておけば、この場はごまかせる。
(助かった……)
 安心していたところに、愛梨は、いきなり夕陽の両肩を抱いてきて。
「夕陽! 私も、夕陽のことが好き! こんな男に、夕陽のこと、渡したくない!」
 大絶叫をかました。
 ギャラリーは、光に告白されたときとは比べようも無く多かった。
 この奇妙な三角関係の噂は、朝のうちに学年中に広まった。