海鳴りが聞こえる街で

(っていうかさ。なんの解決にもなってなくない!?)
 夕陽がそのことに気がついたのは、月曜日の朝であった。
 病院に行って、白川先生に胸の内をさらけ出したことで、まぬけにも安心してしまっていた。
(どうしよう……)
 夕陽は、それまで快調に動かしていた箸を止めた。 
 布団をかたづけ、朝食の準備を手伝って、最低限のノルマである、二杯めの白米を、いままさに食べ進めようとしていたところだった。
 このまま学校に行ってはまずいのでは、と気づいた。
 でも、まずい、と思ってみたところで、どうしようも無いのである。
 あたりまえにご飯をおかわりしている夕陽は、どう見ても健康体。仮病でずる休みすることは不可能だ。
そもそも夕陽には、仮病で学校を休もう、なんていう発想は浮かんでこない。
 自分で通いたいと思って、一生懸命に勉強をして合格した高校だし、親に学費を払ってもらっているのに、一日だって無駄にしたら罰が当たる。
 という考えかたは立派だけれど、ずる賢さが皆無なのは、夕陽の悪いところでもあった。
「夕陽ちゃん、どうかしたの?」
 箸の動きが止まった夕陽に、すかさず夕菜が声をかける。
「な、なんでもない!」
 心配そうな顔をされると、目のまえの食事を、きれいに平らげるしかない。
 夕菜の作る食事はおいしいから、無理して詰め込むということをしなくてもいいのが、せめてもの救いだった。 
(こまったなぁ……、どうしたらいいんだろ)
 階段をのぼる夕陽の足どりは重かった。
 ここから先の二階は、夕陽のプライベートスペースなので、夕菜の目は届かない。
 そこは、思春期のあれこれを経験している夕菜も、過干渉にならないように気を遣ってくれていた。
 そんな夕菜の愛情は重いけれど、夕陽はそれをうざったいと感じたことは、一度だって無い。
 そういう、他人からの感情を、夕陽は実直に、正面から受け止める。
 だから早希英は、光のことも、向こうに任せておけ、という、あえて突き放した言葉を使ったのだけれど、夕陽としては、そんな不誠実なことでいいのか、と考えてしまう。
「だって、少なくても、悪気は無いんだし」
 部屋のふすまを開けて、閉じる。
 それだけの作業が、とてもしんどい。
 制服に着替えないといけない、ということも。
 あの光という男の子は、夕陽なんかに告白してきたことも含めて、なにを考えてるかわからないけれど、邪気みたいなものは感じられない。
 夕陽に好意を抱いてくれていることだけは、たしかだ。
 じゃあ、そういう感情に、夕陽はなにを返せばいい?
「瀬川……、さんだったら、わかりやすいのに」
 そういや、学校には、あの女もいるんだったと思い出す。
 また喧嘩になるのかなーとか想像したけれど、そこまでイヤな気分にはならない。
 なぜなら、多香子からの感情は直線的で、すごく善意的な解釈すると、素直なのだ。
 だから、それに対応する夕陽も、全力投球でボールをぶん投げ返せばいい。
 こういう単純明快なやりとりが、夕陽の性に合っている。
 海の潮の流れを読んで、繊細に船を操るような、細々した作業は好きじゃない。
「着替えなきゃ」
 そろそろタイムリミットだ。
 小一時間かけての電車移動をしないといけない身である。一本の電車の乗り遅れは、遅刻につながる。
 夕陽がTシャツに手をかけると、スマホが震えた。
「目覚まし、切り忘れたっけ」
 そうでは無かった。
 スマホのディスプレイには、愛梨の名前が表示されている。
「そうだった。愛梨にも相談すればよかった」
 夕陽とっては、心強い助け舟だった。