海鳴りが聞こえる街で

「ところで夕陽、〝あの症状〟はどう?」
「えっと、受験の日からは出てない」
「うん。良かった」
 早希英は、いつのまにか医者の顔つきになっていた。
「もう、定期的に症状が出てくることは無いわね。強いストレスがトリガーになって、発作が起きることがあるみたいだから、油断はできないけれど」
「先生」
「うん」
「私、この病気、治していいのかな?」
 夕陽が、切なそうに聞いてきた。
 早希英は、ゆっくりと息を吸う。煙草はくわえていない。
「悪いけど、それも含めて、あんたの問題だわ。それを私に答えようとさせるのは、甘えよ」
 はっきりと言い切った。
 先代の老先生だったら、もっとやさしい言葉を夕陽に与えただろう。
 だけど、こういう言いかたをしてやるのが自分の仕事なのだと、早希英は思っていた。
「夕陽、あんたももう、高校生だ。いつまでも、子どもじゃない」
 それこそ、子どものころの夕陽の精神状態というのは、〝あのこと〟から時間が経っていなかったので、すごく乱れていた。
 年齢的にもおさないから、先代の先生のような、やさしい人が適任だった。
 だけどいまは、当時とは夕陽をとりまく状況が変わっている。
 私生活の環境もととのってきたし、無事に高校にも合格した。
「どっかで、踏み出さないといけない。夕陽自身の意志と足で」
 きびしい言葉だった。
「……」
 うつむいてしまった夕陽。
「あんたを見放そうってわけじゃないのよ」
 夕陽は、これから大人として自立しないといけない。
 いろんなことを、自分の責任で判断しないといけない。
 サポートをすることはしても、過保護になってしまってはいけないのだ。
 ここのバランスには、細心の注意が必要だった。
「それに、あのことを忘れなさいって言ってるわけじゃない」
「先生の言うこと、むずかしい」
「そうね、ごめん」
 ただでさえ、夕陽は大きな問題をかかえている。
 そこにきて、生まれて初めて男子から告白されるという事件まで絡んできた。いまは、頭がぐちゃぐちゃだろう。
 だけど早希英には、これらのことは、夕陽が次の扉を開けるための、鍵になるような気がしていた。
「夕陽。夕菜さんのこと、好き?」
「もちろん。大切な人」
「そう。それなら、大丈夫よ」
 しっかりと応える夕陽が愛らしくて、早希英は夕陽の頭をなでていた。
 夕菜のことが好きで、大切だから、夕陽の問題は重くて複雑になる。それでも夕陽は、好き、から逃げようとしない。
 誠実で、でも、生きかたとしては不器用。
 早希英は、そんな夕陽のことが好きだった。