海鳴りが聞こえる街で

「教室に戻りなさーい」
 一年C組に群がっていた女子たちが散った。
 先生方が戻って来たようだ。
「すごい騒ぎになってるわねぇ」
 松元先生が教室に入って来ると、クラスメイトたちは自分の席に座った。
「みなさん、お疲れさまでした。あいさつの数が多かったから退屈だったでしょう?」
 先生の冗談に、あははと笑って応える生徒たち。
 松元先生は、生徒の目線からものを見ることができる人だった。
「でも、それだけ、たくさの人が学校にかかわっているということも忘れないでね。自分がなにかをしたときに、自分の責任だけでは済まされないっていうことを、自覚してください」
 かつ、大人としての苦言も忘れない。それも、わかりやすい言葉に変換して。
 夕陽たちは、いい担任に当たった。
「それでは、今日はこれで解散と言いたいんですけれど……。やらないといけないことがあるの」
 これは、避けて通れない道だと断ってから、
「これから、クラス委員長を決めます」
 美優紀はおごそかに告げた。
 き、来たぁー!
 みんな、頭を抱えた。
 クラス会で、最も決まりにくいのが学級委員長。
 仕事がめんどうということもあるけれど、自ら進んでリーダーになりたがる人間なんて、ほとんどいない。
「自薦、他薦を問いませんけど……」
 さらに新入生は、新顔だらけ。お互いのことを知らないので、他薦がしにくい。
 これが二年生になれば、〇〇さんは一年生のときも委員長だったから、という、他薦という名目のなすりつけが可能となる。
 つまり、一年生のときにクラス委員を経験するということは、学校に通っている三年間、高い確率で委員長を任されやすくなってしまうということである。
 みんなそれを知っているから、特に一年生のクラス委員長は決まりにくい。
 一年C組は、凪いだ海のような静けさに包まれた。
「そうですよね。でも安心してください。先生、こうなると思って、くじを用意して……」
「はい」
 美優紀がくじの入った箱を教卓に置こうとすると、一人の生徒が手を挙げた。
 多香子だった。
 おぉぉっ!?
 勇者の登場に、歓喜の声が渦巻く。
「えっと……。瀬川さん、委員長をやってくれるの?」
「いえ。他薦です。今野夕陽さんを推薦します」
「なっ!?」
 夕陽が振り返ると、多香子は、べーっと舌を出した。
 それに触発される夕陽。
「はい先生! 私、瀬川さんを推薦します!」
「なぁっ!?」
 夕陽をにらみつけてくる多香子。
 またこいつらの喧嘩が始まるのかと、気を揉むクラスメイトたちだが、はたと気づいた。
 動機はともかく、多香子は先頭をきって動いてくれる。登校日のときもそうだった。
 この行動力は、彼女のリーダーとしての資質をもの語っているのではないだろうか。
 直情的なところは心配だけど、そこはみんなで協力し合って、手綱を握ってやればいいだけのことだ。
 互いに周囲を見回し、そしてうなずき合った。
「はい。私も瀬川さんを推薦します」
「僕も瀬川さんがいいと思いますー」
「えっ? えぇっ?」
 それまでは不動だったクラスメイトたちは、怒涛の勢いで手を挙げて、多香子を推薦していく。
「みんながそう言うのなら、瀬川さんで決まりね」
 方々から、異議無し、賛成の声が上がる。
 まるで津波のごとき強大なパワー。
 そのまえには、多香子一人の力なんていうのは、たかが知れていた。
「な、なんでこんなことに……」
 多香子は理不尽さを覚えながらも、美優紀に招かれて教壇に上り、
「あー……、えー……、ふつつか者ですが、よろしくお願いしまーす……」
 渋々、みんなにあいさつをしていた。
 してやったりと、ほくそ笑む夕陽。
 悔し気に顔をしかめる多香子。
「じゃあ、副委員は今野さんでいいかしら? 瀬川さんからの推薦もあったし」
「えっ!?」
 だが、美優紀のひと言で状況は一変した。
「はい! ぜひ!」
 美優紀にしがみつき、貴様も道連れだと、悪役みたいな笑顔を浮かべる多香子。
 悔しさに、口を堅く結ぶ夕陽。
「今野さん。瀬川さんもこう言っているし、お願いできないかしら?」
 どうにか言い逃れできないかと考えたが、貧乏くじを引いてくれた、委員長からのご指名とあっては断りきれない。
 それに、あまり駄々をこねて場をひっかき回しては、他のみんなに迷惑がかかる。
「わかりました」
 と、夕陽は応えるしか無かった。