海鳴りが聞こえる街で

「最初は断ったんだよ」
 海藍は供述する。
 乗り気じゃ無かった。だからべつに、隠していたわけじゃないと。
 海藍が、新入生代表の挨拶をするために歩み出ると、会場が揺れた。
 理由は言わずもがなで、美形の男子が姿を現したからである。
 女子や生徒のお母さんは熱っぽい声を漏らし、男子や生徒のお父さんも、あんなイケメンが現実世界に存在するかと、驚きの声を漏らしていた。
 その中に夕陽の声が紛れ込んだため、目立たずにすんだ。と夕陽は思っていたけれど、
「そういえば、夕陽ちゃん。僕の名前が呼ばれたとき、変な声を漏らしてたね」
 海藍は、さわやかに笑った。
 入学式も無事に終了して、新入生たちは各々の教室に、先生方は、いったん職員室に戻った。
 あとはホームルームをして帰るだけだ。
 担任の先生が教室にやって来るまでの数十分は、休憩時間となっていた。
「えっ!? なんで聞こえたの?」
 あのとき声をあげたのは、夕陽だけじゃなかった。
 会場は全体的にざわついていたし、同じクラスというアドバンテージがあるにしても、夕陽の声だけが海藍に届くとは思えなかった。
「聞こえたっていうか……、わかったんだよ」
「わかった?」
「この声は夕陽ちゃんの声だなって」
「わ、私、そんなに大きな声出しちゃってた?」
 恥じらう夕陽に、海藍は笑いかける。
「そうじゃないよ」
 夕陽には、海藍が言っていることが理解できなかった。
「しかし、一気に話題の人になっちゃったわねぇ」
 二人の話をなんとなく耳に入れていた愛梨が、会話に加わってきた。
 体をひねって、廊下を見やる愛梨。
「はぁ。だから代表あいさつはイヤだったんだよ……」
 悩まし気にため息をついた海藍は、それを視界に入れないようにしていた。
 一年C組の廊下には、他クラスの女子が大挙して押し寄せ、噂の美男子の姿をひと目みようと、教室の窓にへばりついていた。
「そういう言いかたをするってことは、文月くんは、この現象を経験済みってことか」
「うん。中学のときに……」
 中一のときは背が低かったし、まだ顔立ちに幼さが残っているから目立たたなかった。
 でも、ぐんと身長が伸びると共に顔も引き締まってきて、女子にモテるようになった。
 そう聞けば、うらやむ男子も多いだろうが、当事者は大変だ。
 なにせ、言い寄られた女子の数だけ、断りを入れなければならないのだから。
 しかも、相手を傷つけないように断らなければならないのから気を遣う。
「利用するみたいで、申し訳無いんだけど。二人が、できるだけ一緒にいてくれると助かるよ」
 海藍の隣に女子がいれば、他の女子たちも近寄りにくいはずだ。
 それでも突撃してくる猛者はいるだろうけど、夕陽と愛梨がいてくれれば、その可能性を低くすることができる。
「それはまぁ、いいけど。夕陽はともかく、私も一緒でいいの?」
 不思議そうに聞く愛梨。
「うん。もちろん」
「いや、でも、だって私は……」
「愛梨ちゃん、夕陽ちゃんと仲良くしたいでしょ?」
「ばっ……! 文月くん!」
 愛梨の顔が真っ赤になった。
 声を荒げているけれど、怒っているふうでは無かった。
「ホント、ずるい男だよ、あんたは」
「どこが?」
「あー、もういい。わかったって。文月くんがそう言うなら、ガードしてあげるわよ。いい? 夕陽」
「いいけどさ。海藍くん、女の子とつき合うつもり、無いの? 断る前提なのって、もったいないなくない?」
 あの野次馬たちも、いまは浮ついた気持ちで近寄って来ているかもしれないけれど、それはきっかけにすぎなくて、そのうちに、誠実に海藍のことを好きになってくれるかもしれない。
「それは一理あるわね。断るのが前提だったら、きっかけもなにも無いわね」
 少しずつ、海藍と打ち解けてきたようで、愛梨の口調が、夕陽に接しているときのものに近くなってきた。
「そうだね……」
 愛梨の持論を肯定しながら、海藍は言葉を濁した。
 打ち解けてきたかなと感じていたけれど、まだ海藍の本心は見えない。