将と友菜は、商店街に入ったところで、つないでいた手を離した。
スーツを着た大人たちの姿が、そこらに見られるようになったからだ。
どちら様も、宮ノ森高校入学式の参加者だ。
親から生徒へと、将と夕菜が手をつないで歩いていたと伝わり、生徒から夕陽へとそれが伝わるのは、よくない。
なぜならば。
夕陽ちゃんのお父さんとお母さん、手をつないで歩いてたんだってー。
夕陽ちゃんの両親って仲がいいんだねー。
などと学友に言われたときの、夕陽の恥ずかしさは計り知れない。
将も友菜も、はばかること無くお互いを愛しているけれど、その関係に、夕陽を巻き込むのはかわいそうだ。
用水路を挟んで、グラウンドが見えた。その向こうに、校舎と体育館らしき建物がある。
グラウンドには、立派なケヤキの木が生えていた。
ふと、友菜が背を丸め、頻繁に辺りを気にしている。
「ど、どうした?」
「学校の警備は、大丈夫なのかしら」
「これだけ高いフェンスとネットに囲われているんだから、大丈夫だろ」
「でもっ! 最近はなにかと物騒だし、護城浜と違って都会だし。もし、不審者が入って来たりなんかしたらっ」
将は、学校のパンフレットを開いた。
「正門には守衛がいるし、六人の警備員が、日中と夜、交代制で校内を見回っているそうだ」
心配している妻を気遣って、将は落ち着いた口調で説明してやった。
友菜は、夕陽のことを心配し始めると、際限が無くなる。
それは夕陽のことを思えばこそだから、自重しろと言えないのが難しいところだった。
将が言うとおり、橋を渡った先の正門横には守衛所があるし、二人の警備員が、校門前に立って、厳しく目を光らせている。
その人たちに、あらかじめ郵送されてきた入校許可証を提示して、校内に入った。
「六人……。こんなに広いのに、それで足りるのかしら……」
校門を通過しながら、友菜はパンフレットを覗き込んだ。
宮ノ森高校には、三つの棟と、図書館、体育館、そして二つのグラウンドがある。
その敷地は広大で、はたして、数人の警備員でカバーできるのかどうか。と、友菜の心配は尽きなかった。
(夕陽の心配をするのが、友菜の仕事だからな)
たとえ警備員が百人態勢であっても、お城や要塞のように、学校の防備を厳重にしようとも、友菜は、大丈夫なのかしらと不安がるだろう。
そうして妻がオロオロしてくれるから、将はどんと構えていられる。
父母の役割分担というやつである。
「入学式に参加される方々は、こちらへどうぞー」
若い先生が、父母の誘導を行っていた。
昇降口と思われる正面の出入り口には向かわずに、右に折れる。
棟と棟の間の通路を歩いて、今度は左折。
その先に、式場となる体育館があった。
さっきは見えなかったが、体育館を隔てて、反対側にもグラウンドがあった。
こちらには、陸上競技場やテニスコートなんかが敷設されているので、授業とは別の、部活動用のグラウンドだろう。
「いやぁ、さすが私立だなぁ」
将は感嘆した。
こちら側のグラウンドは、運動公園と呼んでもいいくらいに立派だ。部活動を熱心に推奨していることがわかる。
「将さんっ!」
「な、なんだ?」
「ぷぷっ、プールは……、どこかしら?」
息を荒くして、不審者ムーブをかます妻。
(覗きに行くつもりなのか?)
将は、やれやれとパンフレットを指さして、
「プールは、体育館に併設されてるな。なんと室内プールだ」
友菜にその場所を示してやった。
二つの室内プールは壁で隔てられていて、授業は男女別に行われる。と記されていた。
「ああ、それなら安心ね」
どうやら、プール授業の際、夕陽の着替えや水着姿を覗かれないかと懸念していたようだ。
(だけどなぁ……)
思春期の男子ってやつぁ、ことエロにかんしては、異常なほどに情熱を傾ける。
将の学生時代も、スキー合宿中、女子の入浴を覗こうとして、雪が積もっている崖みたいな壁を、全裸で登ろうとしたバカがいた。
普通に犯罪未遂だとか、裸を見たからといってどうなのかとか、そういうことじゃない。
そうした行為をすること自体に意義があるのだ。それが思春期男子という生きものなのだ。
そんな失敗を犯したバカも、いまでは立派に公務員を務めている。全裸で絶壁を登ろうとした逸話は、同窓会での鉄板話。
将は、そんな危険な真似はしなかったが、妻の裸を見慣れてしまったいまとなっては、一度くらい、そういうバカをしても良かったかなぁ。なんて思ってみたりする。
高校にやって来たせいか、昔を懐かしんで哀愁に浸る今野将、三十一歳。妻はスタイル抜群の、年下の美人。
式場となる体育館に入った。
高校生。
大人でなく、子どもでもない、複雑な時期。
子どもよりは自立しているけれど、大人とくらべたら、まだまだ未熟。
それでも、大人には無い情熱を持っている。
それは、激しい波みたいなものだ。
そんな波にもまれながら、夕陽はどう成長していくのだろう。
そして夕陽は、〝あれ〟を乗り越えていくことができるのか。
親としては、夕陽の未来が素晴らしいものになることを、信じてあげるしかなかった。
スーツを着た大人たちの姿が、そこらに見られるようになったからだ。
どちら様も、宮ノ森高校入学式の参加者だ。
親から生徒へと、将と夕菜が手をつないで歩いていたと伝わり、生徒から夕陽へとそれが伝わるのは、よくない。
なぜならば。
夕陽ちゃんのお父さんとお母さん、手をつないで歩いてたんだってー。
夕陽ちゃんの両親って仲がいいんだねー。
などと学友に言われたときの、夕陽の恥ずかしさは計り知れない。
将も友菜も、はばかること無くお互いを愛しているけれど、その関係に、夕陽を巻き込むのはかわいそうだ。
用水路を挟んで、グラウンドが見えた。その向こうに、校舎と体育館らしき建物がある。
グラウンドには、立派なケヤキの木が生えていた。
ふと、友菜が背を丸め、頻繁に辺りを気にしている。
「ど、どうした?」
「学校の警備は、大丈夫なのかしら」
「これだけ高いフェンスとネットに囲われているんだから、大丈夫だろ」
「でもっ! 最近はなにかと物騒だし、護城浜と違って都会だし。もし、不審者が入って来たりなんかしたらっ」
将は、学校のパンフレットを開いた。
「正門には守衛がいるし、六人の警備員が、日中と夜、交代制で校内を見回っているそうだ」
心配している妻を気遣って、将は落ち着いた口調で説明してやった。
友菜は、夕陽のことを心配し始めると、際限が無くなる。
それは夕陽のことを思えばこそだから、自重しろと言えないのが難しいところだった。
将が言うとおり、橋を渡った先の正門横には守衛所があるし、二人の警備員が、校門前に立って、厳しく目を光らせている。
その人たちに、あらかじめ郵送されてきた入校許可証を提示して、校内に入った。
「六人……。こんなに広いのに、それで足りるのかしら……」
校門を通過しながら、友菜はパンフレットを覗き込んだ。
宮ノ森高校には、三つの棟と、図書館、体育館、そして二つのグラウンドがある。
その敷地は広大で、はたして、数人の警備員でカバーできるのかどうか。と、友菜の心配は尽きなかった。
(夕陽の心配をするのが、友菜の仕事だからな)
たとえ警備員が百人態勢であっても、お城や要塞のように、学校の防備を厳重にしようとも、友菜は、大丈夫なのかしらと不安がるだろう。
そうして妻がオロオロしてくれるから、将はどんと構えていられる。
父母の役割分担というやつである。
「入学式に参加される方々は、こちらへどうぞー」
若い先生が、父母の誘導を行っていた。
昇降口と思われる正面の出入り口には向かわずに、右に折れる。
棟と棟の間の通路を歩いて、今度は左折。
その先に、式場となる体育館があった。
さっきは見えなかったが、体育館を隔てて、反対側にもグラウンドがあった。
こちらには、陸上競技場やテニスコートなんかが敷設されているので、授業とは別の、部活動用のグラウンドだろう。
「いやぁ、さすが私立だなぁ」
将は感嘆した。
こちら側のグラウンドは、運動公園と呼んでもいいくらいに立派だ。部活動を熱心に推奨していることがわかる。
「将さんっ!」
「な、なんだ?」
「ぷぷっ、プールは……、どこかしら?」
息を荒くして、不審者ムーブをかます妻。
(覗きに行くつもりなのか?)
将は、やれやれとパンフレットを指さして、
「プールは、体育館に併設されてるな。なんと室内プールだ」
友菜にその場所を示してやった。
二つの室内プールは壁で隔てられていて、授業は男女別に行われる。と記されていた。
「ああ、それなら安心ね」
どうやら、プール授業の際、夕陽の着替えや水着姿を覗かれないかと懸念していたようだ。
(だけどなぁ……)
思春期の男子ってやつぁ、ことエロにかんしては、異常なほどに情熱を傾ける。
将の学生時代も、スキー合宿中、女子の入浴を覗こうとして、雪が積もっている崖みたいな壁を、全裸で登ろうとしたバカがいた。
普通に犯罪未遂だとか、裸を見たからといってどうなのかとか、そういうことじゃない。
そうした行為をすること自体に意義があるのだ。それが思春期男子という生きものなのだ。
そんな失敗を犯したバカも、いまでは立派に公務員を務めている。全裸で絶壁を登ろうとした逸話は、同窓会での鉄板話。
将は、そんな危険な真似はしなかったが、妻の裸を見慣れてしまったいまとなっては、一度くらい、そういうバカをしても良かったかなぁ。なんて思ってみたりする。
高校にやって来たせいか、昔を懐かしんで哀愁に浸る今野将、三十一歳。妻はスタイル抜群の、年下の美人。
式場となる体育館に入った。
高校生。
大人でなく、子どもでもない、複雑な時期。
子どもよりは自立しているけれど、大人とくらべたら、まだまだ未熟。
それでも、大人には無い情熱を持っている。
それは、激しい波みたいなものだ。
そんな波にもまれながら、夕陽はどう成長していくのだろう。
そして夕陽は、〝あれ〟を乗り越えていくことができるのか。
親としては、夕陽の未来が素晴らしいものになることを、信じてあげるしかなかった。

