海鳴りが聞こえる街で

 入って来たのは、大人の女性だった。
 薄いグリーンのセーターの上にベージュのジャケット。首にはネックレスをかけている。
 丸顔で垂れ目。実年齢よりも幼く見られそうな顔立ちだけれど、目もとの泣きぼくろが大人っぽかった。
 普通に考えて、この一年C組の、担任の先生だろう。
 こうなれば、夕陽も多香子も、刀を鞘に収めざるを得ない。
 それでも、気持ちが収まらない二人は、席に戻るときも、にらみ合ったままだった。
 喧嘩の仲裁に入ってくれた男子生徒も、席に戻ろうとしていた。
「あの……」
 夕陽が呼び止めようとしたけれど、彼は一瞥をくれただけで、なにも言わなかった。
 第一印象どおり、良くしゃべるキャラでは無いようだ。
 夕陽は、自分の机に座った。
 彼の席は、廊下側の席で、上から数えて三番目だった。静かに、まっすぐ、教卓のほうを見据えている。
 ということは、ア行の苗字なのかなと想像した。
 顔は、整っているほう。海藍には比べるべくも無いけれど。
 そもそも、海藍のレベルが高すぎるので、比較対象にすることが間違いか。
 全体的に、中性的な印象。
 身長は、夕陽よりもちょっと高いくらいで、男子の中でも背が低いほうだろうから、なお女性っぽい。
「ええと……。今野、夕陽さん?」
「はいっ!?」
「ホームルームを始めますので、こちらを向いてもらえますか?」
 先生が、出席簿と名前を照らし合わせながら注意してきた。
 油断をしていた。
 夕陽の席は、教卓のまん前。いついかなるときも、教師の目には、夕陽の姿が映っていることを、忘れてはならないのである。
「す、すみません……」
 夕陽が謝ると、左斜め後方から、んふっ、と、鼻で笑う声が聞こえた。
 担任が、チョークを握って黒板のほうを向いている隙に、声のほうに顔を向けると、多香子と目が合った。
(やーい。注意されてやんの)
 と、夕陽を馬鹿にしていた。
 こっちも、なにかやり返してやりたかったが、教師の目があるので堪えるしかない。
(不便な席になっちゃったなぁ)
 夕陽が黒板に視線を戻すと、そこには名前が書いてあった。
「私は、松元美優紀(まつもとみゆき)といいます」
 綺麗でやわらかい字体は、先生の人となり表していた