海鳴りが聞こえる街で

 夕陽は、男の子の顔を、記憶の中にある映像と照らし合わせた。
(まちがい、無いよね)
 こんな顔の持ち主が、石ころみたいに転がってちゃたまらない。
「怪我、ありませんか?」
 腰をかがめて夕陽と視線を合わせる
 きりっとしているけれど、やわらかな瞳が印象的だったから、夕陽は彼のことを覚えていた。
 単純に、親切に参考書を拾ってくれたから、覚えていただけかもしれないけれど。
「まえに、会いましたよね?」
「夕陽!?」
 ぎょっと、愛梨が声をあげる。
「えーっと……?」
 彼は、かがめた腰をまっすぐに伸ばして、あごに手を添えて考えこむ。
「あー、雪の日に、電車で」
「そう。参考書を拾ってくれましたよね」
 なぜか、いつまでも夕陽のことを抱きかかえている愛梨の手をほどき、ありがとうとお礼を言ってから、
「あのときは、ありがとうございました」
 彼にもお礼を言った。
「なになになに!? 夕陽! この人と、どういう関係なのっ!?」
 すると愛梨は、夕陽と彼との間に割り込んできた。
 夕陽のことを、叱るような顔つきだった。
 そんな顔をされる筋合いは、無いと思うのだけど……。
「受験の日に、電車の中で参考書を落したの、拾ってくれたんだよ」
 愛梨が興奮状態だったので、なだめながら夕陽は説明する。
 説明してみれば、まったくおもしろ味の無い関係で、参考書を拾ってもらったこと以外は、同じ車両に乗り合わせただけの仲である。
「反射的に手が出ただけだから。お礼を言われるほどのことじゃないよ」
 さらっとそんなことを言ってのける、この謙虚さ。
 上辺だけかもしれないけれど、夕陽は感心した。
 そして愛梨は、
「ぐぎぎ……、イケメンのうえに、性格もいいとか……」
 不満そうであった。
 なんか、さっきから愛梨がおかしい。
「ゆ、夕陽、そろそろ行かないと、集合時間に遅れるわよ」
 愛梨は夕陽の手を取った。
 腕時計を見れば、指定された登校時間までは、あと30分。
「まだ余裕だよ」
「そんなことを言ってるうちに、あっという間に時間が経っちゃうんだから」
 ゆっくり歩いても、じゅうぶんに間に合うとは思うけど、初めて宮ノ森の正式な生徒として登校するのだから、早めに校舎に入りたいという気持ちは、理解できた。
「じゃあ、途中まで一緒に行こうよ」
「夕陽っ!?」
「なに、愛梨」
「べつに、なんでも……、無い」
 まだ不満顔の愛梨だったけど、夕陽に従った。
 三人並んで、アーケード街へと続く、大きな信号を渡った。
「じゃあ、君たちも登校日なんだ」
「そうだよ。ってことは、同い年なんだね」
「やっぱり年上に見えちゃう? 昔から身長が高いから、実年齢より高く見られるんだ。どこの学校?」
「宮ノ森」
「そうなの? 僕も宮ノ森なんだ」
「はぁぁぁっ!? そんなこと、あるぅぅぅ!?」
 夕陽と手をつないで、ふてくされたように無言を貫いていた愛梨が、アーケード街に響きわたるくらいの声を上げた。
「愛梨、どうしたの? さっきから、なんか変だよ」
「ヘンじゃないし」
 と言いながら、夕陽とつないでいた手に力を込める。
 理由はわからなかったけれど、しっかりしていると思っていた愛梨が不安定になっているのは、ちょっとかわいいと、このときの夕陽は、のんきなことを考えていたのだった。