海鳴りが聞こえる街で

「ひまつぶしの方法?」
 愛梨が首をかしげる。おかしなことを聞いてしまったのだろうか。
 夕陽の感性は、同年代の女の子とは違っているだろうから、愛梨からしたら、なにそれって感じることを言ってしまったのかもしれない。
 それに夕陽は、いままで生きてきたなかで、友達というものを持ったことが無い。
 そのため、常識と非常識の境界線がどこにあるのか、よくわかっていない。
 でも愛梨だったら、多少、変なことを言っても気にしないだろうという信頼があった。
 出会って二回めで信頼っていうワードを持ち出すのは重いかもしれないけれど、具合が悪そうにしていた他人のことを、わざわざ追いかけて来てくれる奇特な人間なのだから、愛梨も愛梨で、変わった女の子だろうと夕陽は見立てていた。そういう、人を見る目はしっかりしていると思う。
「夕陽、スマホ持ってるでしょ」
「持ってるよ」
「じゃあ、ひまつぶしなんて、いくらでもできるでしょ」
 いまやスマートフォンは、小型のパソコンを携帯しているのと変わりない。
 片手に収まる小さな機械の中には、底無し沼みたいな世界が広がっている。
 ニュースサイトを閲覧するとか、動画を視聴するとか、ゲームアプリをダウンロードするとか、時間をつぶす手段なんて、山ほどある。
「そうなんだけどさー、っとと……」
 スマホの画面を見ながら歩いていた大学生にぶつかりそうなって、あわてて避けた。
「夕陽、大丈夫?」
「うん。でも、人多いの、ぜんぜん慣れない」
 大勢の人が、それぞれの意思や目的を持って行動しているので、駅の付近は混沌としている。
「夕陽は、護城浜育ちだもんね」
「そうだよ。よっぽど不注意に歩いて無かったら、誰かにぶつかるなんてこと、絶対に無いもん」
 しかし、学び()への通学路ときたら、ごちゃごちゃしていて、歩きにくいのなんの。
「慣れるしかないですな、それは。でもさー、いままで育った環境とぜんぜん違うのに、よく宮ノ森を受験しようと思ったよね。なんか、こだわりでもあるの?」
「えっとね……」
 さて困った。
 愛梨は、夕陽が見込んだだけあって、目のつけどころが良い。そして、気になったことを、すぐに口から出すことができる胆力もある。
 きっと愛梨は、頼ってもいい人間なんだろう。
 だけど、こんなことをうち明けていいのだろうか。
 これは、信頼してるとかしてないとかいう話じゃない。これを愛梨に背負わせることは、自分の罪を愛梨と分け合って楽になろうという、ずるい行為だという気がした。
(でも、愛梨になら)
 とも思う。
 もしもこれから、愛梨と友達というものになるのなら、夕陽の闇を知ってもらわないといけない。
 それは、夕陽が友達を持つためには、必ず通らないといけない道だった。
「あっ。夕陽、危ないよ」
「うわっ!」
 知らないうちに、早足になっていた。
 愛梨に警告されて顔をあげたときには、もう遅かった。
 夕陽の目のまえには長身の男の人がいて、その人の背中にぶつかってしまった。
 よろけて、尻もちをつきそうになったけれど、愛梨が後ろから抱きかかえるようにして支えてくれたので、転ばずにすんだ。
「すみません。大丈夫ですか?」
 男の人……、というか、男の子は、慌てて謝罪してきた。
「いえ。私が前を見ていなかったので……、って、あれ?」
 その男の子の顔には、見覚えがあった。