電車が揺れる。
かたんことん。
海沿いに敷かれたレールの上を、電車が走る。
かたんことん。
電車の窓に、自分の姿が映っている。
パリッとした、ま新しい制服を身にまとっている私がそこに居た。
なんだか、こそばゆい。
窓の中に居る私は、は、オレンジ色の夕陽を受けて、ほんのりと赤く染まっている。
心の写し鏡だった。
私の気恥ずかしさを見透かしたように、夕陽は海を照らしながら、はにかんで笑っていた。
「次は、護城浜―。護城浜―」
本にしおりを挟んで、アナウンスが流れるのとほぼ同時に閉じた。
ぷしゅー……。
電車が緩やかに停車して、ドアが開いた。
私と一緒に降りてきたのは、ボストンバッグやキャリーバッグを手にしている観光客。
それらが、まばらに電車から降りてきた。
「おかえりなさい」
温厚な人柄が滲み出ている初老の駅員さんに頭を下げながら、自動改札にスマホをあてがった。
完全木造のこの駅に、近代的な機器を置くのは無粋かもしれないけれど、時代の流れには抗えなかった。新築を機会に、このド田舎の駅にも、自動改札が設置された。
駅の中に立ち込める、ま新しいヒノキの匂いを嗅ぐと、自分の家に帰って来たという気持ちになるし、それになんだか、親近感が湧いてくる。
たぶんそれは、この駅も、私と一緒で新人だからだ。
「おぉ。夕陽ちゃん」
「ご隠居さん。こんにちは」
ご隠居。と呼ばれた、いかにも人の良さそうな老人は、釣竿をかついでいた。
「今日はどうでしたか?」
「まぁまぁ、ってとこだね」
「どうせまた、アジしか釣れなかったんでしょ?」
「おぉっと夕陽ちゃん。アジをバカにしたらいけねぇよ。刺身にして良し、なめろうにして良し、さんが焼にしても良し……。それにだ。夕陽ちゃん大好きな白飯に、甘酢と新鮮なアジをまぶしてな、煎り胡麻と青ネギをさーっと振りかけて……」
「やめてよ。お腹が鳴っちゃう」
夕陽は、お腹を押さえて話をさえぎった。
いま本当にそれらを食べているように、おいしそうに語るものだから、育ち盛りの胃袋が反応してしまう。
ご隠居は、
「あっはっは」
と大口を開けて笑った。
ご高齢にもかかわらず、入れ歯はいっさい使用していない。
「夕陽ちゃんも、もう高校生だもんなぁ。腹が鳴ってるのを聞かれたら恥ずかしいよな」
繊細な年ごろだもんなぁと、しみじみと言って。
夕陽の足元から頭のてっぺんまでを、舐めるように眺めた。
革靴、紺のソックス、黒のプリーツスカートに、アイボリー色の制服。二本の白いラインが入った紺色のカラー、胸元には青いリボン。
露骨な視線だったけれど、いやらしさは感じなかった。
ご隠居は、昔馴染みと再会したように、やさしく目を細めている。
「まるで、お母さんの生き写しだねぇ……」
ぐすっと鼻をすすって、
「どうも歳をとると、涙もろくなっていけねぇなぁ」
また、大口を開けて笑った。
「それと、昔語りも多くなる。でしょ?」
歳をとると、未来のことよりも、昔のことばっかり頭に浮かんでくる。
その心は、生い先が短いから、先のことを考えなくなる。
なんて。安心してブラックな皮肉を飛ばせるのは、この爺さんが、異常なほど健康体だからだ。
冗談では無く、夕陽のほうが先にお迎えが来るのではないかと思えるほどだ。
「昔話もいいけど、さっきのやつ、友菜さんの前で言っちゃダメだからね?」
「わかってるわかってる」
「ホントに? ご隠居さん、ただでさえ口が軽いのに、お酒が入るともっと軽くなっちゃうから心配だよ。それに、歳なんだから、お酒はほどほどにしないと……」
「わかった。わかったよ夕陽ちゃん。ホントに朝陽ちゃんに似てきたなぁ……」
「ほら。言ったそばからそれだもん」
「ありゃあ」
ご隠居は、口を手で押さえ、あははと渇き笑いをしてごまかした。
「ホントに気をつけてよ? 友菜さん、すごくデリケートなんだから」
「わかったわかった。そろそろ勘弁しておくれよ」
せっかくの新鮮なアジが腐っちまうからとご隠居。
「ご隠居さん、いったん家に帰るんでしょ。それ、お父さんに渡しておこうか?」
夕陽は、ご隠居が肩にかけていたクーラーボックスを指さした。
「いいのかい? だけど、女の子にそんなことを……」
「女が力仕事をしたらいけないって、誰が決めたの?」
目つきが鋭くなる夕陽。しまったと口をつぐむご隠居。
そういう男勝りなところも、夕陽の母にそっくりだと思ったが、さすがに今度は、思うだけにとどめおくことができた。
「かなわないなぁ。それじゃあ、お願いするよ」
「うん。ご隠居さんが来るまでに捌いておいてもらうよ」
「はいはい。気をつけてな」
クーラーボックスの紐を肩にかけた夕陽を、ほがらかな顔で見送るご隠居。
いったんは夕陽に背を向けたけれど、振り返った。
「まだ、友菜さんなんだねぇ」
その表情に、陰りが差していた。
夕陽は、あんなにも明るいのに。
かたんことん。
海沿いに敷かれたレールの上を、電車が走る。
かたんことん。
電車の窓に、自分の姿が映っている。
パリッとした、ま新しい制服を身にまとっている私がそこに居た。
なんだか、こそばゆい。
窓の中に居る私は、は、オレンジ色の夕陽を受けて、ほんのりと赤く染まっている。
心の写し鏡だった。
私の気恥ずかしさを見透かしたように、夕陽は海を照らしながら、はにかんで笑っていた。
「次は、護城浜―。護城浜―」
本にしおりを挟んで、アナウンスが流れるのとほぼ同時に閉じた。
ぷしゅー……。
電車が緩やかに停車して、ドアが開いた。
私と一緒に降りてきたのは、ボストンバッグやキャリーバッグを手にしている観光客。
それらが、まばらに電車から降りてきた。
「おかえりなさい」
温厚な人柄が滲み出ている初老の駅員さんに頭を下げながら、自動改札にスマホをあてがった。
完全木造のこの駅に、近代的な機器を置くのは無粋かもしれないけれど、時代の流れには抗えなかった。新築を機会に、このド田舎の駅にも、自動改札が設置された。
駅の中に立ち込める、ま新しいヒノキの匂いを嗅ぐと、自分の家に帰って来たという気持ちになるし、それになんだか、親近感が湧いてくる。
たぶんそれは、この駅も、私と一緒で新人だからだ。
「おぉ。夕陽ちゃん」
「ご隠居さん。こんにちは」
ご隠居。と呼ばれた、いかにも人の良さそうな老人は、釣竿をかついでいた。
「今日はどうでしたか?」
「まぁまぁ、ってとこだね」
「どうせまた、アジしか釣れなかったんでしょ?」
「おぉっと夕陽ちゃん。アジをバカにしたらいけねぇよ。刺身にして良し、なめろうにして良し、さんが焼にしても良し……。それにだ。夕陽ちゃん大好きな白飯に、甘酢と新鮮なアジをまぶしてな、煎り胡麻と青ネギをさーっと振りかけて……」
「やめてよ。お腹が鳴っちゃう」
夕陽は、お腹を押さえて話をさえぎった。
いま本当にそれらを食べているように、おいしそうに語るものだから、育ち盛りの胃袋が反応してしまう。
ご隠居は、
「あっはっは」
と大口を開けて笑った。
ご高齢にもかかわらず、入れ歯はいっさい使用していない。
「夕陽ちゃんも、もう高校生だもんなぁ。腹が鳴ってるのを聞かれたら恥ずかしいよな」
繊細な年ごろだもんなぁと、しみじみと言って。
夕陽の足元から頭のてっぺんまでを、舐めるように眺めた。
革靴、紺のソックス、黒のプリーツスカートに、アイボリー色の制服。二本の白いラインが入った紺色のカラー、胸元には青いリボン。
露骨な視線だったけれど、いやらしさは感じなかった。
ご隠居は、昔馴染みと再会したように、やさしく目を細めている。
「まるで、お母さんの生き写しだねぇ……」
ぐすっと鼻をすすって、
「どうも歳をとると、涙もろくなっていけねぇなぁ」
また、大口を開けて笑った。
「それと、昔語りも多くなる。でしょ?」
歳をとると、未来のことよりも、昔のことばっかり頭に浮かんでくる。
その心は、生い先が短いから、先のことを考えなくなる。
なんて。安心してブラックな皮肉を飛ばせるのは、この爺さんが、異常なほど健康体だからだ。
冗談では無く、夕陽のほうが先にお迎えが来るのではないかと思えるほどだ。
「昔話もいいけど、さっきのやつ、友菜さんの前で言っちゃダメだからね?」
「わかってるわかってる」
「ホントに? ご隠居さん、ただでさえ口が軽いのに、お酒が入るともっと軽くなっちゃうから心配だよ。それに、歳なんだから、お酒はほどほどにしないと……」
「わかった。わかったよ夕陽ちゃん。ホントに朝陽ちゃんに似てきたなぁ……」
「ほら。言ったそばからそれだもん」
「ありゃあ」
ご隠居は、口を手で押さえ、あははと渇き笑いをしてごまかした。
「ホントに気をつけてよ? 友菜さん、すごくデリケートなんだから」
「わかったわかった。そろそろ勘弁しておくれよ」
せっかくの新鮮なアジが腐っちまうからとご隠居。
「ご隠居さん、いったん家に帰るんでしょ。それ、お父さんに渡しておこうか?」
夕陽は、ご隠居が肩にかけていたクーラーボックスを指さした。
「いいのかい? だけど、女の子にそんなことを……」
「女が力仕事をしたらいけないって、誰が決めたの?」
目つきが鋭くなる夕陽。しまったと口をつぐむご隠居。
そういう男勝りなところも、夕陽の母にそっくりだと思ったが、さすがに今度は、思うだけにとどめおくことができた。
「かなわないなぁ。それじゃあ、お願いするよ」
「うん。ご隠居さんが来るまでに捌いておいてもらうよ」
「はいはい。気をつけてな」
クーラーボックスの紐を肩にかけた夕陽を、ほがらかな顔で見送るご隠居。
いったんは夕陽に背を向けたけれど、振り返った。
「まだ、友菜さんなんだねぇ」
その表情に、陰りが差していた。
夕陽は、あんなにも明るいのに。

