*** PM 0:25
「……なにこれ。え……待って」
「どうしたの、青葉?」
青葉は当惑していた。
夏休みも真っ只中。伊織と共に学食で早めに昼食を済ませ、霊学祭の準備へ戻るため、自科霊棟へと続く渡り廊下を歩いていた。その道中、何気なく左手に提げた紙袋の中身を確認する。そこには霊学祭の企画で使用するため、昨晩遅くまでかけて清書した五冊の術式ノートが入っている——はずだったのだが。
「ない……」
「は?」
「術式ノートが、ない」
「えっ……どういうこと? 学食行く前はノート開いてたよね?」
「うん……だから、多分……」
何度紙袋の中を覗いても、手を突っ込んで弄ってみても、お馴染みのノートは一冊も見当たらない。青葉の顔からみるみる血の気が引いていく。
「学食で、誰かの紙袋と取り違えた……?」
「ええっ!? 何やってんのさ!」
「やっちゃった……バカすぎる……」
「バカだねぇ」
「うわあ、伊織にバカって言われた。へこむ」
「うん、どついていい? ってかそんなこと言ってる場合じゃないってば!」
伊織が思わず青葉の肩を揺さぶる。
「早く持ち主探さなきゃじゃん! 名前とか分かるもの入ってないの?」
「えっと……」
青葉は急いで紙袋から中身を出していく。
術式ノートの代わりに顔を出したのは、五冊の専門書——『高出力霊光術実践』『爆裂霊薬調合実験応用』『霊術応用機器図解』『よく分かる犯罪心理学』『実録・完全犯罪未解決事件ファイル』。
さらにその奥には、駅前のホームセンターで購入したであろうキッチンタイマー、配線ケーブル、霊薬保存容器が煩雑に突っ込まれていた。
「こ……これは…………」
みるみるうちに二人の顔が青ざめていく。伊織が恐る恐る口を開いた。
「なんか…………物騒だね」
否定できなかった。一冊ずつなら、ただの専門書だ。けれど、これらをまとめて持ち歩いている人物となると話は変わってくる。見たところ、どれも学院の図書館の蔵書だ。膨大な書架の中からわざわざこれらを探し出し、しかも借りたということである。一体、何の目的で借りたのだろう。
「もしかして、わりと事件だったりする?」
「い、いや……ほら、あれじゃない? 霊学祭の企画に使う資料……とか……」
「完全犯罪が?」
「う……」
伊織の言う通りだ。他の三冊ならまだしも、犯罪関連の資料は本当に霊学祭の企画で使うだろうか。
なによりも、ホームセンターのものと思われる物品のラインナップ。この中身だけで推測するならば、保存容器は恐らく爆裂系の霊薬を入れるためのものだ。だとすれば、タイマーとケーブルは……?
どれも一つ一つは霊学祭で使う備品としてはおかしくないはずなのに、これら全てを組み合わせると、どうしても不穏な仮説が浮かんできてしまう。伊織の表情を見る限り、彼女もきっと同じことを考えているのだろう。
沈黙が二人を包んだその時——。
「おー、伊織! しのりん! お前らもう昼食べたー?」
聞き慣れた明るい声が響く。成瀬だ。これから入れ替わりで昼食へ向かうところだろうか、陽気に手を振りながらこちらへ歩いてきた。
「なぁなぁ、午後の大道具の打ち合わせなんだけどさ——」
成瀬はふと、青葉が抱えていた紙袋の中身に目をやった。
「…………」
「成瀬……?」
その顔からふっと笑みを消すと、やがて紙袋から青葉へゆっくりと視線を上げた。
「しのりん……」
「うん?」
「いつから爆破テロなんて考えてたんだよ!!」
「え!? ち、違っ——」
「何か悩みでもあんのか!? どこを爆破しようとしてんだ!? 俺が話を聞いてやるから早まるな!!」
「だから違うんだってば!!」
伊織が慌てて両手を振る。
「これ青葉のじゃないの! 学食で紙袋取り違えちゃっただけ!」
「取り違え?」
「そう!」
「ってことは……」
成瀬はもう一度本を見た。
青葉を見る。本を見る。伊織を見る。
「今、この学院のどこかに……これの持ち主がいるってこと?」
「まあ……そういうことになるね」
一瞬、沈黙が流れた。
成瀬の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「……」
「……それってさ、つまり」
「ストップ。成瀬、ちょっと待っ——」
「テロリストがいるってこと!!!?」
その絶叫は、渡り廊下中に響き渡った。
——これが後に『紙袋狩り事件』と呼ばれる、学院史上もっともくだらない大騒動の幕開けだった。
*** PM 0:25
「あれ……ない!!?」
戸崎俊介は絶望していた。
霊学祭実行委員の先輩たちから頼まれていた物たちが、紙袋の中から綺麗さっぱり消えていたのだ。
「うそだろ……」
慌ててもう一度中身を確認する。
そこには、三冊の専門書——『創成霊術による立体投影術式』『霊力循環回路の最適化』『現代霊術応用技術学・概論』。さらに、術式ノートが五冊入っていた。
「いやどちら様ですか!!!?」
ホームセンターで購入した物も、図書館で借りた本も、何一つ入っていない。全く見覚えのない専門書と術式ノートにごっそり入れ替わっている。
いつだ? 一体いつから入れ替わっていた……?
戸崎は必死に頭の中でこれまでの行動を振り返る。
「はっ……! もしかして、あの時……!?」
それは遡ること十五分前——。
*** PM 0:10
夏休み中の学食は、いつにも増して活気に満ち溢れていた。普段は弁当を持参していても、真夏の時期とあっては食中毒の心配が少ない学食を選ぶ生徒も多い。本格的な昼のピークを避けるために少し早めの昼食を、と思ったものの、考えることは皆同じで、空席を見つけるのも大変だった。
「すみません、ここいいですか?」
カレーの乗ったトレーを手に、戸崎は窓際のカウンターに一つだけ空いた席を見つけて声をかけた。
「あ、どうぞ」
左隣に座っていた黒髪の女子生徒が、ちらりと空席へ目をやる。彼女は戸崎の顔を見ることなく軽く返事をすると、そのまま友人の方へと視線を戻した。
「ありがとうございます」
戸崎も軽く頭を下げ、椅子へ腰を下ろすと、その足元に、図書館で借りてきた五冊の参考資料が入った紙袋を置く。
この時、隣の女子生徒の足元にも、まったく同じ紙袋が置かれていたことに、戸崎は気づかなかった。
「いただきます!」
スプーンを手に取り、急いでカレーを口へ運ぶ。
生徒会室を出てから、もう小一時間近く経っている。
頼まれた本を探すのに思いのほか時間がかかってしまった上、今日は運悪く弁当まで忘れた。
早く食べて戻らなければ。午後からは、また霊学祭の準備が始まる。自分の仕事だってまだ残っている。
「ねえ青葉、午後って何からやるんだっけ?」
「先にクラゲの調整かな。そのあと大道具と打ち合わせ」
「あー、そっか。今日成瀬たちも来てるんだっけ」
「うん。一時に教室集合って言ってた」
隣の二人も昼食を食べながら話している。
クラゲ……そういえば、東雲会長のクラスは今年、学院初の合同企画で水族館みたいなのをやるって言ってたっけ? やっぱり三年生ってすごいなあ。あと二年で、自分も先輩たちのようになれるだろうか。……もっと勉強がんばろ。
「ごちそうさまでした!」
最後の一口を飲み込み、手を合わせる。
もう一度時計を見る。
「やばっ……!」
思ったより時間が経っている。
戸崎は慌てて立ち上がった。
「急がないと……!」
トレーを持って返却口へ向かう。
食器を返し、小走りで席へ戻る。
その勢いのまま腰を屈め、足元へ手を伸ばした。
紙袋の持ち手を掴んで引っ張り上げると、中身を確認することもなく、そのまま学食を飛び出していった。
***
紙袋は、購買で物品を購入すると貰える、紺色のシンプルなデザイン。丈夫に作られていてたくさん物が入るから、自分も含め多くの生徒が愛用している。自分のものだと思い込んで持ってきたけれど、隣の人もきっと同じ紙袋を持っていたのだろう。間違いない、あの時だ。
「ど、どどど、どうしよう……!」
これを生徒会室に持ち帰っても何の役にも立たない。それ以前に、絶対に持ち主が困っているはずだ。
戸崎は慌ててノートを裏返す。
『三年 術式創成霊術 篠宮青葉』
「良かった、名前書いてある……!」
紙袋を抱え直し、勢いよく駆け出した。いざ、創成棟へ——。
だがこの時、戸崎はまだ知る由もなかった。
その篠宮青葉が、すでに学院中を巻き込む大騒動の渦中にいることも。
そして戸崎自身が、成瀬によって“爆破テロリスト”の疑いを掛けられていることも。
*** PM 0:32
「ありがとうございましたー」
夏休みとは名ばかりで、部活や委員会活動、霊学祭の準備に登校する生徒は多い。そのため購買部も、普段と変わらず営業していた。文具を切らしても、わざわざ校外まで買いに出なくて済むのはありがたい。毎日店を開けてくれているおばちゃんたちにはただただ感謝だ。
「お、あった」
颯人は文具コーナーで0.3mmの2B芯と、お気に入りのUMIの消しゴム、それから千堂に貸したまま永遠に返ってこない赤ペンの代わりを手に取った。
「これお願いします」
レジのおばちゃんは慣れた手つきで会計を済ませると、商品を手に持ったまま顔を上げた。
「紙袋、どうする? 今ね、UMIの商品買った人に特典でついてくる限定デザインのがあるんだけど」
「あ、じゃあそれでお願いします」
「はいね」
おばちゃんが取り出したのは、ヨンリオの人気キャラクター『ピヨ丸』がでかでかとプリントされた紙袋。どうも、文具メーカーUMIとヨンリオが期間限定でコラボしているらしい。
あー……そういう感じだったか。
最悪だ。何も考えずにお願いしたが、このまま持ってったら網敷辺りにバカにされるに違いない。
世の中、“カワイイもの”を身につけていても自然に受け入れてもらえる男子と、そうでない男子がいる。残念ながら、俺は間違いなく後者だ。
「颯人お前、そんなカワイイ紙袋持ってんのかよ! あれか、ヨンリオ男子ってヤツ〜?」とニヤニヤしているアミの顔が思い浮かぶ。勝手に想像して、無性に腹が立った。
決してピヨ丸に罪はないが、今だけはコラボしていることを少しだけ恨む。
ちょうどいい、自科霊棟に寄って青葉にやるか。あいつ確か、ピヨ丸好きだったよな。……あれ、ピヨ丸だっけ。なんか違う気がするけど、まあなんでもいい。丸くて黄色いやつならだいたい同じようなもんだろう。
「ありがとうございます」
颯人は紙袋を受け取ると、そのまま肩に引っ掛け、自科霊棟へ向かって歩き出した。
「……なにこれ。え……待って」
「どうしたの、青葉?」
青葉は当惑していた。
夏休みも真っ只中。伊織と共に学食で早めに昼食を済ませ、霊学祭の準備へ戻るため、自科霊棟へと続く渡り廊下を歩いていた。その道中、何気なく左手に提げた紙袋の中身を確認する。そこには霊学祭の企画で使用するため、昨晩遅くまでかけて清書した五冊の術式ノートが入っている——はずだったのだが。
「ない……」
「は?」
「術式ノートが、ない」
「えっ……どういうこと? 学食行く前はノート開いてたよね?」
「うん……だから、多分……」
何度紙袋の中を覗いても、手を突っ込んで弄ってみても、お馴染みのノートは一冊も見当たらない。青葉の顔からみるみる血の気が引いていく。
「学食で、誰かの紙袋と取り違えた……?」
「ええっ!? 何やってんのさ!」
「やっちゃった……バカすぎる……」
「バカだねぇ」
「うわあ、伊織にバカって言われた。へこむ」
「うん、どついていい? ってかそんなこと言ってる場合じゃないってば!」
伊織が思わず青葉の肩を揺さぶる。
「早く持ち主探さなきゃじゃん! 名前とか分かるもの入ってないの?」
「えっと……」
青葉は急いで紙袋から中身を出していく。
術式ノートの代わりに顔を出したのは、五冊の専門書——『高出力霊光術実践』『爆裂霊薬調合実験応用』『霊術応用機器図解』『よく分かる犯罪心理学』『実録・完全犯罪未解決事件ファイル』。
さらにその奥には、駅前のホームセンターで購入したであろうキッチンタイマー、配線ケーブル、霊薬保存容器が煩雑に突っ込まれていた。
「こ……これは…………」
みるみるうちに二人の顔が青ざめていく。伊織が恐る恐る口を開いた。
「なんか…………物騒だね」
否定できなかった。一冊ずつなら、ただの専門書だ。けれど、これらをまとめて持ち歩いている人物となると話は変わってくる。見たところ、どれも学院の図書館の蔵書だ。膨大な書架の中からわざわざこれらを探し出し、しかも借りたということである。一体、何の目的で借りたのだろう。
「もしかして、わりと事件だったりする?」
「い、いや……ほら、あれじゃない? 霊学祭の企画に使う資料……とか……」
「完全犯罪が?」
「う……」
伊織の言う通りだ。他の三冊ならまだしも、犯罪関連の資料は本当に霊学祭の企画で使うだろうか。
なによりも、ホームセンターのものと思われる物品のラインナップ。この中身だけで推測するならば、保存容器は恐らく爆裂系の霊薬を入れるためのものだ。だとすれば、タイマーとケーブルは……?
どれも一つ一つは霊学祭で使う備品としてはおかしくないはずなのに、これら全てを組み合わせると、どうしても不穏な仮説が浮かんできてしまう。伊織の表情を見る限り、彼女もきっと同じことを考えているのだろう。
沈黙が二人を包んだその時——。
「おー、伊織! しのりん! お前らもう昼食べたー?」
聞き慣れた明るい声が響く。成瀬だ。これから入れ替わりで昼食へ向かうところだろうか、陽気に手を振りながらこちらへ歩いてきた。
「なぁなぁ、午後の大道具の打ち合わせなんだけどさ——」
成瀬はふと、青葉が抱えていた紙袋の中身に目をやった。
「…………」
「成瀬……?」
その顔からふっと笑みを消すと、やがて紙袋から青葉へゆっくりと視線を上げた。
「しのりん……」
「うん?」
「いつから爆破テロなんて考えてたんだよ!!」
「え!? ち、違っ——」
「何か悩みでもあんのか!? どこを爆破しようとしてんだ!? 俺が話を聞いてやるから早まるな!!」
「だから違うんだってば!!」
伊織が慌てて両手を振る。
「これ青葉のじゃないの! 学食で紙袋取り違えちゃっただけ!」
「取り違え?」
「そう!」
「ってことは……」
成瀬はもう一度本を見た。
青葉を見る。本を見る。伊織を見る。
「今、この学院のどこかに……これの持ち主がいるってこと?」
「まあ……そういうことになるね」
一瞬、沈黙が流れた。
成瀬の顔から、みるみる血の気が引いていく。
「……」
「……それってさ、つまり」
「ストップ。成瀬、ちょっと待っ——」
「テロリストがいるってこと!!!?」
その絶叫は、渡り廊下中に響き渡った。
——これが後に『紙袋狩り事件』と呼ばれる、学院史上もっともくだらない大騒動の幕開けだった。
*** PM 0:25
「あれ……ない!!?」
戸崎俊介は絶望していた。
霊学祭実行委員の先輩たちから頼まれていた物たちが、紙袋の中から綺麗さっぱり消えていたのだ。
「うそだろ……」
慌ててもう一度中身を確認する。
そこには、三冊の専門書——『創成霊術による立体投影術式』『霊力循環回路の最適化』『現代霊術応用技術学・概論』。さらに、術式ノートが五冊入っていた。
「いやどちら様ですか!!!?」
ホームセンターで購入した物も、図書館で借りた本も、何一つ入っていない。全く見覚えのない専門書と術式ノートにごっそり入れ替わっている。
いつだ? 一体いつから入れ替わっていた……?
戸崎は必死に頭の中でこれまでの行動を振り返る。
「はっ……! もしかして、あの時……!?」
それは遡ること十五分前——。
*** PM 0:10
夏休み中の学食は、いつにも増して活気に満ち溢れていた。普段は弁当を持参していても、真夏の時期とあっては食中毒の心配が少ない学食を選ぶ生徒も多い。本格的な昼のピークを避けるために少し早めの昼食を、と思ったものの、考えることは皆同じで、空席を見つけるのも大変だった。
「すみません、ここいいですか?」
カレーの乗ったトレーを手に、戸崎は窓際のカウンターに一つだけ空いた席を見つけて声をかけた。
「あ、どうぞ」
左隣に座っていた黒髪の女子生徒が、ちらりと空席へ目をやる。彼女は戸崎の顔を見ることなく軽く返事をすると、そのまま友人の方へと視線を戻した。
「ありがとうございます」
戸崎も軽く頭を下げ、椅子へ腰を下ろすと、その足元に、図書館で借りてきた五冊の参考資料が入った紙袋を置く。
この時、隣の女子生徒の足元にも、まったく同じ紙袋が置かれていたことに、戸崎は気づかなかった。
「いただきます!」
スプーンを手に取り、急いでカレーを口へ運ぶ。
生徒会室を出てから、もう小一時間近く経っている。
頼まれた本を探すのに思いのほか時間がかかってしまった上、今日は運悪く弁当まで忘れた。
早く食べて戻らなければ。午後からは、また霊学祭の準備が始まる。自分の仕事だってまだ残っている。
「ねえ青葉、午後って何からやるんだっけ?」
「先にクラゲの調整かな。そのあと大道具と打ち合わせ」
「あー、そっか。今日成瀬たちも来てるんだっけ」
「うん。一時に教室集合って言ってた」
隣の二人も昼食を食べながら話している。
クラゲ……そういえば、東雲会長のクラスは今年、学院初の合同企画で水族館みたいなのをやるって言ってたっけ? やっぱり三年生ってすごいなあ。あと二年で、自分も先輩たちのようになれるだろうか。……もっと勉強がんばろ。
「ごちそうさまでした!」
最後の一口を飲み込み、手を合わせる。
もう一度時計を見る。
「やばっ……!」
思ったより時間が経っている。
戸崎は慌てて立ち上がった。
「急がないと……!」
トレーを持って返却口へ向かう。
食器を返し、小走りで席へ戻る。
その勢いのまま腰を屈め、足元へ手を伸ばした。
紙袋の持ち手を掴んで引っ張り上げると、中身を確認することもなく、そのまま学食を飛び出していった。
***
紙袋は、購買で物品を購入すると貰える、紺色のシンプルなデザイン。丈夫に作られていてたくさん物が入るから、自分も含め多くの生徒が愛用している。自分のものだと思い込んで持ってきたけれど、隣の人もきっと同じ紙袋を持っていたのだろう。間違いない、あの時だ。
「ど、どどど、どうしよう……!」
これを生徒会室に持ち帰っても何の役にも立たない。それ以前に、絶対に持ち主が困っているはずだ。
戸崎は慌ててノートを裏返す。
『三年 術式創成霊術 篠宮青葉』
「良かった、名前書いてある……!」
紙袋を抱え直し、勢いよく駆け出した。いざ、創成棟へ——。
だがこの時、戸崎はまだ知る由もなかった。
その篠宮青葉が、すでに学院中を巻き込む大騒動の渦中にいることも。
そして戸崎自身が、成瀬によって“爆破テロリスト”の疑いを掛けられていることも。
*** PM 0:32
「ありがとうございましたー」
夏休みとは名ばかりで、部活や委員会活動、霊学祭の準備に登校する生徒は多い。そのため購買部も、普段と変わらず営業していた。文具を切らしても、わざわざ校外まで買いに出なくて済むのはありがたい。毎日店を開けてくれているおばちゃんたちにはただただ感謝だ。
「お、あった」
颯人は文具コーナーで0.3mmの2B芯と、お気に入りのUMIの消しゴム、それから千堂に貸したまま永遠に返ってこない赤ペンの代わりを手に取った。
「これお願いします」
レジのおばちゃんは慣れた手つきで会計を済ませると、商品を手に持ったまま顔を上げた。
「紙袋、どうする? 今ね、UMIの商品買った人に特典でついてくる限定デザインのがあるんだけど」
「あ、じゃあそれでお願いします」
「はいね」
おばちゃんが取り出したのは、ヨンリオの人気キャラクター『ピヨ丸』がでかでかとプリントされた紙袋。どうも、文具メーカーUMIとヨンリオが期間限定でコラボしているらしい。
あー……そういう感じだったか。
最悪だ。何も考えずにお願いしたが、このまま持ってったら網敷辺りにバカにされるに違いない。
世の中、“カワイイもの”を身につけていても自然に受け入れてもらえる男子と、そうでない男子がいる。残念ながら、俺は間違いなく後者だ。
「颯人お前、そんなカワイイ紙袋持ってんのかよ! あれか、ヨンリオ男子ってヤツ〜?」とニヤニヤしているアミの顔が思い浮かぶ。勝手に想像して、無性に腹が立った。
決してピヨ丸に罪はないが、今だけはコラボしていることを少しだけ恨む。
ちょうどいい、自科霊棟に寄って青葉にやるか。あいつ確か、ピヨ丸好きだったよな。……あれ、ピヨ丸だっけ。なんか違う気がするけど、まあなんでもいい。丸くて黄色いやつならだいたい同じようなもんだろう。
「ありがとうございます」
颯人は紙袋を受け取ると、そのまま肩に引っ掛け、自科霊棟へ向かって歩き出した。


