*
昼休み。賑わう学食テラスの一角に、青葉、伊織、颯人、東雲、成瀬が集まっていた。最近では、この五人で食べることが定着しつつあった。颯人と成瀬だけはこれまで接点がなかったけれど、初めて昼食を共にした時、食べ終わる頃にはすっかり打ち解けていたもんだから少し驚いた。どういう流れか、小学生の時に使っていたドラゴンの裁縫セットの話で、やたら盛り上がっていたのだけは覚えている。なんならこの席で一番騒がしかった。まあ、二人ともコミュ力の塊だもんな。人生楽しそうでなによりだ。
ちなみに、今日の日替わりはエビフライ定食。学食人気投票一位の大人気メニューだ。食数に限りがあるため競争も激しく、教養棟の中でも学食から最も遠い三年一組の教室からは、四限終了の合図とともに廊下へ駆け出す生徒たちが何人もいた。そんな自分も無事にエビフライ定食を勝ち取り、席に着く。
そのとき、斜め向かいの椅子を引いた成瀬が視界の端に映った。ふと、彼の持っていたトレーに目を向ける。
彼と一緒に食べるのは、今日で七日目。そして……これを見るのも七度目だ。そろそろ、突っ込んだ方が良いのだろうか。
「ねえ、成瀬」
「ん? なんだ?」
「成瀬ってさ、いっつもカレー頼んでるよね」
「おー。よく気づいたなしのりん!」
「いや、こんだけ毎日食べてたら流石に……」
「涼真がカレー以外頼んでるの、一回も見たことないからな」
「よく飽きねぇよなぁ。ある意味尊敬するわ」
「ねー。いくらカレーが好きでも、流石に毎日はちょっと無理だよね」
自分の発言に、他の三人も成瀬のカレーを見ながら思い思いに乗っかってくる。その様子に、成瀬が「待ってました」と言わんばかりにニヤリと笑い、身を乗り出した。
「んっふっふっふ。お前ら……なーんも分かってねえなぁ! カレーという存在を、舐めるなよ?」
「え?」
妙に芝居がかった言い方に若干イラッとしたのは内緒だ。無駄に良い声してるのがちょっと悔しい。
「この世において、カレーほどバリエーションの豊かな食べ物はないのだ!!」
「いや……でも成瀬が食べてるそれ、ほとんど具入ってないじゃん」
学食の最安メニューであるカレーは、申し訳程度の小さな肉と人参が二、三切れ浮いているだけだ。むしろバリエーションとは対極に位置するのでは……?
「甘い! 甘いぞしのりん!」
「涼真、スプーンで人を指すな。行儀悪い」
成瀬はビシッとスプーンを青葉に向けた。
その腕を、隣の東雲がすかさず叩き落とす。東雲、成瀬相手だと割と扱いが雑だよなあ。スプーンで人を指すなというのは、全面的に支持する。行儀が悪い。
「良いか? 何も入っていないということは、だ。ズバリ——『何を入れても美味い』ということだ!」
「あー……え、うん? どういうこと?」
「なんか始まったぞ」
「どうせいつものしょうもない話だろ」
「青葉は興味津々に聞いてるけどね……」
「例えばだ! 今日の付け合わせの小鉢はなんだ?」
成瀬は自分のトレーに乗った小鉢を掲げてみせる。
その中には、刻まれたオクラに囲まれるようにして温泉卵が鎮座している。……あれ。成瀬、醤油かけなかったんだ。なんの味付けもされていないこれは、そのまま食べるには味気ないだろうに。
「えっと……オクラの巣ごもり温玉……?」
「だね。どうすんだろ」
「ぶはっ。ちょ、東雲、顔!」
「……もう何回も見たから。どうせ——」
「見てろしのりん! これを! こうして! こうすると!!」
成瀬は小鉢の中身を容赦なくカレーの海へ投入した。
「えっ、入れるの!?」
「『オクラと温玉のネバトロカレー』に早変わりするのだ!」
「……!!」
「さらに! コロッケが単品で安い日は?」
「……コロッケカレー?」
「唐揚げの日は!?」
「唐揚げカレー……」
「ハンバーグの日は!?」
「ハンバーグカレー……!」
「つまり!!」
成瀬は山盛りに掬ったカレーを見つめ、神妙に切り出した。
「……学食に存在するすべてのメニューは、最終的にカレーという巨大な概念へ収束するのだ……!」
脳内に一閃の雷光が走った。
……そうか。その手があったか。なぜ今まで気づかなかったのだろう。学食のカレーが、こんな無限の可能性を秘めていたなんて。
今までほとんどスルーしていた存在が、急にダイヤの原石のように思えてきた。
「な、なるほど……成瀬、意外と頭良いじゃん!」
「だろ!? やっぱしのりんは分かるやつだな!!」
「“意外と”って部分をスルーできるお前が羨ましいよ」
「ん? 玲司、なんか言った?」
「いいや、何も」
「……すごいこと言ってそうだけどさ、結局全部カレーの味じゃない? え、これ、突っ込んだら負け?」
「青葉もなに真面目に感心してんだよ」
まるで世紀の大発見をしたような熱量で持論を振りかざす成瀬の隣で、東雲は涼しい顔で味噌汁を啜っている。
いや、でもこれは結構すごい発見だと思う。組み合わせ次第では、本当に毎日違うカレーが楽しめるのだ。
ふと顔を上げると、伊織と颯人が揃ってこちらを見ていた。
「ぶっ……颯人……私、もうダメかも」
「……俺も無理」
次の瞬間、二人は腹を抱えて肩を震わせた。なにがそんなにおかしいんだ。……まあいい。
「私、明日小鉢買って試してみようかな」
「え!? 篠宮、正気か」
「おうおう、やってみろ! 今日からしのりんも立派なカレー部だな!」
「なんだよカレー部って」
「今作った! 颯人も入るか!?」
「あっははは!! 成瀬、もう、喋らないでっ……!」
なお、翌日の小鉢はマカロニりんごサラダであった。
昼休み。賑わう学食テラスの一角に、青葉、伊織、颯人、東雲、成瀬が集まっていた。最近では、この五人で食べることが定着しつつあった。颯人と成瀬だけはこれまで接点がなかったけれど、初めて昼食を共にした時、食べ終わる頃にはすっかり打ち解けていたもんだから少し驚いた。どういう流れか、小学生の時に使っていたドラゴンの裁縫セットの話で、やたら盛り上がっていたのだけは覚えている。なんならこの席で一番騒がしかった。まあ、二人ともコミュ力の塊だもんな。人生楽しそうでなによりだ。
ちなみに、今日の日替わりはエビフライ定食。学食人気投票一位の大人気メニューだ。食数に限りがあるため競争も激しく、教養棟の中でも学食から最も遠い三年一組の教室からは、四限終了の合図とともに廊下へ駆け出す生徒たちが何人もいた。そんな自分も無事にエビフライ定食を勝ち取り、席に着く。
そのとき、斜め向かいの椅子を引いた成瀬が視界の端に映った。ふと、彼の持っていたトレーに目を向ける。
彼と一緒に食べるのは、今日で七日目。そして……これを見るのも七度目だ。そろそろ、突っ込んだ方が良いのだろうか。
「ねえ、成瀬」
「ん? なんだ?」
「成瀬ってさ、いっつもカレー頼んでるよね」
「おー。よく気づいたなしのりん!」
「いや、こんだけ毎日食べてたら流石に……」
「涼真がカレー以外頼んでるの、一回も見たことないからな」
「よく飽きねぇよなぁ。ある意味尊敬するわ」
「ねー。いくらカレーが好きでも、流石に毎日はちょっと無理だよね」
自分の発言に、他の三人も成瀬のカレーを見ながら思い思いに乗っかってくる。その様子に、成瀬が「待ってました」と言わんばかりにニヤリと笑い、身を乗り出した。
「んっふっふっふ。お前ら……なーんも分かってねえなぁ! カレーという存在を、舐めるなよ?」
「え?」
妙に芝居がかった言い方に若干イラッとしたのは内緒だ。無駄に良い声してるのがちょっと悔しい。
「この世において、カレーほどバリエーションの豊かな食べ物はないのだ!!」
「いや……でも成瀬が食べてるそれ、ほとんど具入ってないじゃん」
学食の最安メニューであるカレーは、申し訳程度の小さな肉と人参が二、三切れ浮いているだけだ。むしろバリエーションとは対極に位置するのでは……?
「甘い! 甘いぞしのりん!」
「涼真、スプーンで人を指すな。行儀悪い」
成瀬はビシッとスプーンを青葉に向けた。
その腕を、隣の東雲がすかさず叩き落とす。東雲、成瀬相手だと割と扱いが雑だよなあ。スプーンで人を指すなというのは、全面的に支持する。行儀が悪い。
「良いか? 何も入っていないということは、だ。ズバリ——『何を入れても美味い』ということだ!」
「あー……え、うん? どういうこと?」
「なんか始まったぞ」
「どうせいつものしょうもない話だろ」
「青葉は興味津々に聞いてるけどね……」
「例えばだ! 今日の付け合わせの小鉢はなんだ?」
成瀬は自分のトレーに乗った小鉢を掲げてみせる。
その中には、刻まれたオクラに囲まれるようにして温泉卵が鎮座している。……あれ。成瀬、醤油かけなかったんだ。なんの味付けもされていないこれは、そのまま食べるには味気ないだろうに。
「えっと……オクラの巣ごもり温玉……?」
「だね。どうすんだろ」
「ぶはっ。ちょ、東雲、顔!」
「……もう何回も見たから。どうせ——」
「見てろしのりん! これを! こうして! こうすると!!」
成瀬は小鉢の中身を容赦なくカレーの海へ投入した。
「えっ、入れるの!?」
「『オクラと温玉のネバトロカレー』に早変わりするのだ!」
「……!!」
「さらに! コロッケが単品で安い日は?」
「……コロッケカレー?」
「唐揚げの日は!?」
「唐揚げカレー……」
「ハンバーグの日は!?」
「ハンバーグカレー……!」
「つまり!!」
成瀬は山盛りに掬ったカレーを見つめ、神妙に切り出した。
「……学食に存在するすべてのメニューは、最終的にカレーという巨大な概念へ収束するのだ……!」
脳内に一閃の雷光が走った。
……そうか。その手があったか。なぜ今まで気づかなかったのだろう。学食のカレーが、こんな無限の可能性を秘めていたなんて。
今までほとんどスルーしていた存在が、急にダイヤの原石のように思えてきた。
「な、なるほど……成瀬、意外と頭良いじゃん!」
「だろ!? やっぱしのりんは分かるやつだな!!」
「“意外と”って部分をスルーできるお前が羨ましいよ」
「ん? 玲司、なんか言った?」
「いいや、何も」
「……すごいこと言ってそうだけどさ、結局全部カレーの味じゃない? え、これ、突っ込んだら負け?」
「青葉もなに真面目に感心してんだよ」
まるで世紀の大発見をしたような熱量で持論を振りかざす成瀬の隣で、東雲は涼しい顔で味噌汁を啜っている。
いや、でもこれは結構すごい発見だと思う。組み合わせ次第では、本当に毎日違うカレーが楽しめるのだ。
ふと顔を上げると、伊織と颯人が揃ってこちらを見ていた。
「ぶっ……颯人……私、もうダメかも」
「……俺も無理」
次の瞬間、二人は腹を抱えて肩を震わせた。なにがそんなにおかしいんだ。……まあいい。
「私、明日小鉢買って試してみようかな」
「え!? 篠宮、正気か」
「おうおう、やってみろ! 今日からしのりんも立派なカレー部だな!」
「なんだよカレー部って」
「今作った! 颯人も入るか!?」
「あっははは!! 成瀬、もう、喋らないでっ……!」
なお、翌日の小鉢はマカロニりんごサラダであった。


