つがいがなんだってんだ!◇放課後見聞録◇

 *

「なぁ」
 
 昼休み。結界霊術棟の教室で弁当を広げながら、千堂(せんどう)が箸を持ったまま何気なく口を開いた。
 
「男女の友情って、本当に成立すると思う?」
「急になんだよ、唐突だな」
 
 向かいの席で大きな唐揚げを口いっぱいに頬張っていた颯人(はやと)が顔を上げる。
 
「いや、この前休みに彼女と映画見に行ったんだけどさ。隣に座ってた大学生くらいの男女がお互い寄りかかりながらポップコーンわけっこしてて」
「普通にデートだろ」
「いや、聞こえてきた会話の感じ、完全にただの友達のノリだったんだって」
「まぁ……別になくはないんじゃね?」
「えー。俺は無理だわ」
 
 焼きそばパンのビニールをガサガサと音を立てて破りながら、隣の席の網敷(あみしき)が激しく首を振った。
 
「なんでだよ」
「いや、女子とずっと一緒にいたら、普通どこかのタイミングで好きにならん? 漫画の読みすぎか?」
「まあ……アミはそういうタイプだよな。分からなくはない」
「えー? そうかー?」
 
 購買のメロンパンを齧りながら、森脇(もりわき)がのんびりと笑う。
 
「俺、普通に他クラスの女子と連絡取り合うし、何人か友達いるけどな」
「それは(たける)が“男”としてカウントされてねえだけだろ」
「は? うるせーな!」
 
 教室の一角に、どっと男子たちの笑い声が広がる。
 
「颯人はどうなんだよ」
「ん?」
「お前、篠宮がいるじゃん」
 
 千堂に水を向けられ、颯人が弁当箱に箸を突き立てたまま、ぴたりと動きを止めた。
 
「あー……」
「お前ら、幼馴染なんだろ?」
「篠宮、普通に顔可愛いもんな」
「毎日近くにいてさ、ぶっちゃけ一度も意識したりしねえの?」
 
 颯人は数秒だけ、天井の蛍光灯を見上げて本気で記憶を遡るように考えた。
 
「……ありえん」
「早っ!」
「清々しいほどの迷いのなさ」
「いや、だって青葉だろ?」
「えー、マジで? なんでだよ」
 
 颯人は紙パックのコーヒー牛乳を一口飲んで喉を潤してから、少しだけ首を傾げた。
 
「なんつーかなぁ……」
 
 自分の心境にしっくりくる言葉を探すように、箸を器用に手の中で転がす。
 
「……妹?」
「え、紗良(さら)ちゃんと同じってこと?」
「うーん……まあ、紗良とはちょっと違うか。じゃあ、従兄妹? ……いや、それだと遠い気がするしな……やっぱ家族……なんだよなぁ」
「ふーん……」
 
 その言葉に、千堂たちはどこか腑に落ちないという顔をした。
 
「お前らって、毎日一緒に登校してたりすんの?」
「いや? 初等部とか、中等部の最初くらいまでは一緒に行ってたけど、最近は別にそんなことねえよ。大体俺、陸部の朝練あるし」
「へえ」
「まぁ、学校で会えば普通に話すし、帰りに時間が合えば一緒に帰ることもあるけどさ」
「じゃあさ、シンプルに『可愛い』とかは思わねえの?」
「思うよ」
「え?」
「普通に可愛いだろ、あいつ」
「えー。じゃあ、なおさら好きになる要素あるじゃん!」
「だから違う、本当にそうじゃねえんだって」
 
 颯人は呆れたように笑いながら、大きく両手を振る。
 
「なんつったらいいんだろ……例えばさあ——実家で飼ってる犬って、めちゃくちゃ可愛いじゃん」
「ちょっと待て」
「お前、それはねえわ」
「例えのセンスが最悪すぎるだろ」
「別に、本当に犬だと思ってるわけじゃねえよ!」
 
 颯人は腹を抱えて爆笑し始めた友人たちを見て、慌てて弁解するように身を乗り出した。
 
「可愛いとか、自分にとって大事とか、そういう感情の種類の話! 恋愛の『可愛い』とは、違うじゃん?」
「んー……まあ、分からなくはない」
「そ。だから、結論としては『家族』なんだって」
「結局最初の場所に戻ったな」
「だいたいあいつ、ほんとに頑固で負けず嫌いだからな! 俺は彼女にするならもっと素直で柔軟な子が良いね!」
「えー? 篠宮、大人しそうなイメージあるけどな」
「バカ言え。ゲームなんかしたら最後、あいつが勝つまで延々と付き合わされるんだぞ? 『あ! ちょっと待って、今のナシ〜』っつってな」
「ぶはは、お前も苦労してんのな!」
 
 また教室にひとしきり賑やかな笑い声が響き渡る。
 その時だった。
 
「おーい、アミー!」
 
 前方のガラガラと開いた廊下のドアから、隣のクラスの男子が顔を覗かせた。
 
槇原(まきはら)先生が今すぐ準備室に来いって呼んでるぞ!」
「あ、やべ。忘れてた」
 
 網敷は慌てて残りの牛乳をぐいと飲み干し、席を立ち上がった。
 
「じゃ、俺ちょっと行ってくるわ」
「急げー。マッキー怒ると怖えぞー」
「俺も今のうちに購買行って、ジュース買ってこよ」
「次体育だろ、早く行かねえと」
 
 さっきまで『男女の友情』について熱く不毛な激論を交わしていた面々は、予鈴の気配を察してあっという間にそれぞれの目的地へ散っていく。
 颯人も、すっかり綺麗になった弁当箱の蓋を閉め、巾着袋に片付けながら、一人で小さく笑った。
 
「男女の友情ねぇ……」
 
 何気なくそう呟きながら、ふと窓の外に目をやる。はるか階下、中庭を挟んだ向こう側にある自然科学霊術棟の渡り廊下を、青葉と伊織の二人が歩いているのがちらりと見えた。
 何やら楽しそうに、身振り手振りを交えながら話している青葉。一ヶ月間、あれだけ沈んでいたあいつが、今はもう、前を向いて笑っている。

「……まあ、元気そうで何よりだわ」

 颯人は小さく、誰にも聞こえない声でそう呟く。それから、何事もなかったかのようにからっとした表情に戻ると、体操着の袋をひょいと片方の肩へ引っ掛けた。
 
「尊ー、置いてくぞー」
「待って、颯人! 今行くから!」
 
 昼休みの終わりの喧騒の中へ、男子たちの元気な声が混ざり合って溶けていく。
 結界棟は、今日もいつも通り平和だった。