わたしたちは星の歌を紡ぐ

 綾子の仕事は、土日や祝日など、学校が休みのときに行うことになっていた。
 高校だけはちゃんと卒業してほしいというのが両親の意向なので、学校生活に支障が出ないように、というのが、綾子がアイドル活動を行う条件だった。
 綾子も、両親に賛成していた。インターネットの世界は、日々、風向きが変わるから。
 昨日まで日の目を見なかったコンテンツが、突然、注目を浴びることもある。
 あるいは、魅力的なコンテンツなのに、膨大な情報の海に沈んだままになってしまうこともある。
 そして、一時的に注目を浴びたからといって、盤石の地位が約束されるわけでは無い。
 今日の人気が、明日も明後日も保証されるわけじゃない。
 インターネットには、おもしろいものなんて、いくらでも眠っている。
 視ている人が飽きたら、いつでもAYAから離れていく。それにAYAに興味が無い人にとっては、AYAはただの知らない人だ。
 だから、AYAとしての価値が認められているうちに、しっかり足元を固めないといけない。というのが事務所の……、いや、智子の考えだった。
 ひそかにため息をついた。
 学校生活に支障をきたさないように。でも、活動は精力的に行わないといけない。
 という、あべこべの条件をクリアするために、綾子の仕事は、学校が休みの日に、詰め込めるだけ詰め込まれる。宿題やテスト勉強をするための時間も考慮されたうえで。
 それで、成績も、出席日数も、問題は無い。
(智子さんは、それでいいのかもしれないけれど……)
 仕事と勉強を両立させるため、綾子には、プライベートな時間がほとんど無い。
 仕事をして、それが終わったら勉強。
 お仕事に熱を感じていていたときは、そんなせわしない日々でも充実感を得ることができていた。
 けれど熱が去ってしまったいまは、すごく無為で無価値な日常だと、ネガティブにとらえてしまう。
 学校生活にも、潤いが無い。
 学校では伊達メガネをかけて、声を張って話すことは控えている。
 必要以上にクラスメイトと接することをせず、空いた時間は予習復習をしているか、図書室で文庫本を読んですごす。
 綾子がAYAだということを知られてはいけないので、仮初の自分を作って、AYAであることを隠す。
 膨れあがったAYAという偶像が、綾子が、綾子らしく生きることを妨害してくる。
 こうなってしまったら、アイドル活動が、学校生活に支障をきたしているのと変わりない。
 唯一、綾子の理解者になってくれそうな智子にしたって……。
「AYA。おつかれさま」
 打ち合わせが終わった。
 智子は、事務所の中でも、綾子のことをAYAと呼ぶようになった。
 間違って、外で綾子の本名を口にしてしまったら、身元がバレてしまう可能性があるからだ。
 綾子のプライベートを守るための配慮。
 だけどそのせいで、綾子という存在が、世界から弾圧を受けて、追い出されそうになっているように感じる。
 智子は、仕事ができる。
 しかしそれは、マネージャーとしての手腕のみを評価した場合だ。
 綾子には、友人も恋人もいない。
 支えてくれる人がいないなら、智子が、友人の役をこなしてくれたっていいじゃないか。
 いま行った打ち合わせというのも、とても退屈で窮屈なものだった。
 事務所としてはこう考えている。
 智子としては、こういうふうに仕事を進めていきたい。
 それを綾子が一方的に聞き、一方的に受け入れるだけ。
 綾子の意見なんて、聞いてくれない。
 というか、綾子が異論をはさむまでも無く、智子の仕事は完ぺきだ。
 だったら、智子の言うことに従っておくのが無難。
 もはや綾子は、わがまま勝手が許される立場では無くなったのだから。
「おつかれさまでした」
 智子に挨拶をして、事務所を後にした。
「気をつけて帰るのよ」
 智子は、書類に見入ったまま告げてきた。
 智子の事務机には、綾子が作ったお菓子の箱が置いたままになっていた。
 お菓子には、手をつけてくれていなかった。
(智子さんの、ばか)
 と口にすることができたら、ちょっとは気持ちが晴れるのに。
 それを実行できない自分にも、いらだちが募った。
(どうしてこうなっちゃったのかな?)
 歩きながら、思った。
 同い年くらいの、女子高生らしき女の子たちが、楽しそうにおしゃべりをしていた。
 アイドル活動なんてしてなければ、綾子は、あのうちの一人だったかもしれない。
 ファーストフードの店で、友達に愚痴を聞いてもらったり、みんなで遊びに出かけて、小さな悩みなんて吹き飛ばすくらいにはしゃいだり……。
 そんな人生も悪くないなぁと、このごろ考える。
(だって、AYAなんて、どこまでいっても虚像じゃないの)
 アイドルとしての自分と、本来の自分。
 そこに壁や距離を作りたくないから、あえて、ひねりの無い名前で、ネットの世界に飛び込んだのに。
 AYAとして動画を投稿すれば、多くの人が再生してくれる。
 ライブ配信をすれば、大勢の人が集まってくれる。
 でも、それはAYAという虚像が生み出したものだ。
 じゃあ、本来の自分であるはずの綾子に、なにがある?
 その問いかけに応えてくれる人はいない。綾子にも、応えることができない。
 自宅が近づいてきた。
 綾子が住んでいるワンルームマンションは、事務所から歩いて10分もかからない。
 防犯と仕事の効率を考えて、智子が紹介してくれた物件だった。
 朝から夕方まで仕事をして、家に帰って、宿題を終わらせる。
 無為で無価値な、固定化された日常。
 それに反抗したくなった。
 綾子は小柄で童顔だし、それに、両親から、他人に対して物腰やわらかく接するようにしつけられたから勘違いされやすいけれど、もともと綾子は反骨精神が強い。
(海、見たいな)
 降って湧いた欲求だった。
 作家さんや作詞家さんが、行き詰ったときに、海に行って頭の整理をすることがある。と、どこかで聞いたからかもしれない。
 唐突に、海に行ってみようかなと思った。
 自分で無いなにかに導かれるように、駅に向かっていた。
 出入り口に掲示されている、電車の経路図を確認した。
(ちょっとくらい回り道しても、いいわよね)
 このくらいのわがままは、許してもらえる。
 許されなければいけない。
 妄信に似た確信を抱き、綾子は、運命の海におもむいた。