わたしたちは星の歌を紡ぐ

 自宅の、自分の部屋に帰った澪は、制服からスポーツジャージに着替えた。
 パソコンを開いて、ブログの管理ページにログインする。
 フォロワーの人数、変わりなし。
 それに落胆して、安心する。
 日々の生活に変化が無いことに焦りを感じながら、変化が起きないことを望んでいる。
 ひどい矛盾だった。
「散歩、行ってきます」
「南口に行っちゃだめよー」
「うん。わかってるよ」
 家族に断りを入れてから、運動用のシューズに足を突っ込んで、紐を結んだ。
「出たー。お姉の、じじむさい趣味―」
「湊。うるさい」
「きゃー、こわーい。そんな怖い顔してるから、友達ができないんだよー」
 からかってくる妹をひとにらみしてやったが、効果は無し。
 自室に逃げ込む妹を見送ってから、玄関のドアノブを回した。
 マンションを後にして、相棒のデジタルカメラを片手に、駅に向かう。
 千鳥足の酔っぱらいたちが、警察に注意されている。
 歩みを止めた澪は、海を眺めた。
 夕陽が沈んでいく。
 今日が終わる。
 勉強、スポーツ、恋愛……。
 すべてのことに興味を持つことができなくて、唯一の趣味である写真撮影も、おおっぴらに他人にさらすことができない。
 広大なネットの隅っこで、こそこそと展示しているだけ。
 風でたなびいた髪を、耳にかける。
(できる努力なら、誰だってやるんだって)
 倉持さんを見てみろ。
 難関の高校受験に挑むっていうリスクを負っていたじゃないか。
 その熱は、誰かから与えられたものじゃなくて、自発的に起こしたものだ。女子高生として花咲丘高校の制服が着たいっていう、自分固有の価値観と感性に従って生まれてきたものだ。
 だから、十七という年齢が持つ気力と体力に振り回されること無く、むしろ燃料にして、パワフルに生きることができる。
 沈んでいく夕陽は、今日もきれいだ。
 それは、誰でも感じること。
 でも、澪にはそれだけじゃないなにかを感じることができる気がする。
 たぶんそれは、澪にしか感じることができないもので、それが、素の如月澪の感性なのだ。
 その感性を傷つけたくなくて、鉄の扉で過保護に守り、牢獄に閉じ込めて、表に出そうとしない。
 そうして、一匹狼の自分を演じている。
(こんなこと、いつまで続けるんだろ)
 もう、やめにしてもいいのかもしれない。
 幸い、高校には中学時代の澪に詳しい人はいないし、倉持さんだって、澪に対して、あきらかに好意を抱いてくれている。
 もうそろそろ、素の如月澪を外に出してあげてもいいのかもしれない。
 そんなふうに、前向きに考えてみるとき。
 あの言葉が。
―――如月さんって、変わってるよね―――
 友達だと思っていた人たちの、この言葉が、邪魔をしてくる。
(だめだ。やっぱり、怖い)
 フェンスを握って、うつむいた。
 もう、あんな思いをしたくない。
 あんな思いをするくらいなら、安全なテリトリーの中だけを徘徊し続ける、一匹狼のままでいい。
 目に涙が溜まる。
 ちょっとだけ、泣いてしまった。
 ほら。わたしにだって、感情はある。
 でも、それを表現する方法を忘れてしまった。
 そのうちに、愛嬌も失った。
(愛嬌か……。あの子みたいな才能があったら、私の人生は、もっと違っていたのかな……)
 倉持さんが教えてくれた、配信者の女の子を思い出す。
 持って生まれた、才能。
 神様が与えてくれた、才能。
 澪には、無いものだ。
 でも。
 そんなもので人生を左右されるのなら、わたしが、わたしとして生きていることに、なんの価値があるっていうんだろう。
 空には、一番星がまたたいていた。