わたしたちは星の歌を紡ぐ

 高校の最寄り駅は、夕方になると、高校生と大学生の姿が目につくようになる。
 駅の周辺には、花咲丘の他にも、複数の高校と大学があるので、学生の利用客が多い。
 澪の家は、ここから電車に乗って40分程度のところにある。
 改札を抜ける。
 倉持さんは、まだ澪にくっついてきていた。
「澪っちの家は、どこなん?」
「えと、桜見町(さくらみまち)
「はー、家は桜見で、高校は花咲ですか。洒落てますなー」
 倉持さんは、なかなか知的なコメントをした。
(そっか。倉持さんも、花咲の入試に合格してるんだよね)
 と、失礼なことを考えてしまう澪。
 でも、倉持さんのキャラからして、がんばって勉強している姿は想像できない。
 花咲丘高校は進学校で、レベルも高い。
 澪の同級生でも、合格できたのは、澪を含めて数人と聞いている。その人たちとは、中学時代にまったく交流が無かったから、澪なんかに興味は無いだろう。この一年間、まったく澪にコンタクトをとってこなかったのだから。
「じゃあ、濱野(はまの)まで一緒だ」
 上機嫌で倉持さんは言う。
(濱野かー。倉持さんらしいなぁ)
 濱野は、澪が住んでいる桜見町よりも大きな都市だ。観光地も多いし、特に、若者を中心に人気の都市だった。
「澪っちは、なんで花咲にしたの?」
 ホームを目指して歩く。
 そこで澪は、違和感に気づいた。
(なんか、倉持さんにばっかりしゃべらせてない? 私)
 さっきから、会話の流れを作っているのは、倉持さんだけと言って過言で無い。澪だって、だんまりというわけじゃないのに。
 その原因は、すぐに明らかになる。
「えっと……。先生が、私の成績に合った高校をいくつかピックアップしてくれて……、それで……」
 つまり、澪が花咲丘にしたのは、これという理由は無い。ということである。
「じゃあ、受験勉強とか、そんなに苦労しなかったの? ウチは、受験勉強で地獄を見たってのに」
 と言うことは、倉持さんは努力をして、自分の学力レベルよりも高い高校受験に挑んだのだ。
(花咲丘に、思い入れでもあるのかな? あっ)
 澪は、そこで気づいた。
「でも、がんばった甲斐があったよね。花咲丘に入学できたんだから」
 倉持さんは、思ったことを、反射で口から出している。
 一方の澪は、思ったことがあっても、頭の中だけにとどめて、言葉にしない。
 だから、会話をしているようで、していない。
 このことを、倉持さんは、慎み深いとか、落ち着いているとか、好意的にとらえてくれているけれど、それは違う。
 思ったことを、そのまま吐き出すのが怖い。
 本音をさらけだして、否定されてしまうのが怖い。
 否定されて、傷つくのが怖い。
 怖い、怖い、怖い。
 澪の臆病さが、どこまでも本心を心の奥底へ押し込めてしまう。
(このままじゃ、ダメだよなぁ)
 どこかで、一歩、踏み出したい。
 親友と呼べる相手と、本音で語り合いたい。
 そんな願望を抱いて、高校生になったはずだったのに……。
「セーラー服、着たかったんだよね」
「えっ?」
「ウチが、花咲丘を選んだ理由。このセーラー服に、一目ぼれしたから」
 倉持さんは、澪のまえで、一回転してみせた。
 紫色のタイとプリーツスカートが、ふわりと舞った。
「そ、それだけ?」
 さすがに、言いたくなってしまった。
 学校の制服がかわいいから。なんていう動機で、地獄と例えるほどの受験勉強に耐えられるものなのだろうか。
「ウチには、それだけでじゅうぶん。おしゃれに根性はつきものだからね」
「でも、通販で、似たような制服を買うこともできるよ」
「わかってないなぁ。ウチは、これが着たかったの。いま、着たかったの。だって十七歳だよ? 一番、女子高生でいられるときだよ」
 と言って、二本の白いラインが入っている、カラーを引っ張る。
「大人になってから、コスプレすることもできるかもだけど。JKとして着る制服には、無限大の価値がある!」
 いや、わからん。
 彼女の価値観は、澪の理解を越えていた。
(倉持さんって、底知れない)
 澪が理解できたことといえば、そのくらいである。
 ホームに立つと、ほどなくして電車がやって来た。
 ここから、濱野駅まで30分。はたして澪は、上手く倉持さんと会話することができるのだろうか。
(こういうとき、どうやって間を持たせたらいんだろう)
 人づき合いをしてこなかった悲しさである。澪は、圧倒的に対人関係における経験値が不足していた。
「澪っちは、動画とか視る?」
「うん」
 率先して話題を振ってくれたのは、やはり倉持さんであった。
 自分が嫌いになりそうだったけれど、ここは彼女に任せたほうがいいかもしれないとも思った。変に見栄を張ろうとして失敗したら、後悔のしようも無い。
「じゃあ、この子、知ってる? 最近、動画も配信も、よく視てるんだ」
 倉持さんは、スマホの画面を見せてよこす。
(あ、かわいい。って、配信してる子は、どの子のかわいいけど)
 画面の中に、澪と同じくらいの年齢の女の子がいた。
 この子のように、近ごろは、インターネット上で活動する人が増えている。いわゆる、配信者(ストリーマー)と呼ばれる人種だ。
 スマートフォン一台あれば、芸能人でもなんでもない一般人でも、自分で撮影した動画を、手軽にネット上にアップロードすることができるようになった。その気になれば、いま現在の、澪と倉持さんの様子を、リアルタイムで配信することだってできるのだ。
 倉持さんが見せてよこした画面を覗く。
 その女の子は童顔だった。毛先にウェーブがかかった黒髪を揺らしながら、笑顔で話している様子が愛くるしい。配信活動をするだけあって、愛嬌がある。
「と、登録者130万人!?」
「そだよ。すごいっしょ」
 倉持さんは、自分のことのように自慢げだった。
 登録者というのは、SNSで言うフォロワーのようなもので、その配信者に興味がある人の、母数の目安だ。
(そりゃ、たしかにかわいいけど……)
 でも、この、どこにでもいそうな女の子のことをフォローしている人が、100万人以上もいるという事実に驚愕して、嫌な気分になった。
「活動を始めて、もう一年くらいになるんだ。あれよあれよって言ってるうちに、大きくなったもんだよ」
 まるで、子どもの成長を喜ぶ母親だった。
 推し、というスラングがある。
 自分が、これだ、と見込んだコンテンツに目をつけて、応援をする。そして、そのコンテンツが大きくなっていくのを、一緒に喜んで、楽しむ。
(私も、ブログを始めて、一年以上も経つのに……)
 心に、黒い霧が立ち込めてくる。澪の本心が、霧で覆い隠されてしまう。
AYA(アヤ)たそ、他の人には無い愛嬌があるからね」
「そう、みたいだね……」
 いや。
 愛嬌とか、そういう表面的なところが問題なんじゃないと澪は感じた。
 倉持さんの顔は、このAYAという女の子の写し鏡みたいに輝いている。
 自分の心が持っている輝きを惜しみなく発揮して、他人も輝かせてあげることができる。
 なんとなく、景色がきれいとか、そのくらいのことを感じるだけの澪とは、決定的に違う。
 この子が、発しているもの。
 それを人は、持って生まれた才能、って呼ぶ。