わたしたちは星の歌を紡ぐ

「みなさん。まえに、動画で私が告知したこと、覚えてますかー?」
 綾子が……、いや、AYAが客席に向けてたずねると、観客席がざわめいた。
 知人友人と一緒に現地を訪れている人は、なんかあったっけと、顔を見合わせている。
「覚えてる人、いないみたいですね」
 綾子は、ちょっぴり怒ったような顔を見せる。
 観客は、そんな綾子に、なにを言っていいのかわからないみたいで、会場は、どよめくばかりだった。
「動画でお約束したとおり、私が作詞をした歌を、今日、ここで歌います!」
 綾子が答え合わせをすると、えーっ!? という声があがって、その後に、うわぁーっという歓喜の声があがる。
 耳が裂けてしまいそうなほどの声量。
 たくさんの感情が揺れ動いている。
 こんなに多くの感情を受け止めることができる綾子は、やっぱりすごいと、澪は思った。
 観客が鎮まるのを待って、曲の前奏が始まる。
 アップテンポな曲調に合わせて、綾子が踊る。
 何度も何度もダンスレッスンを繰り返してきたのを、澪も間近で見てきた。
 でも、本番は一発勝負で、やり直すことはできない。
 一回きりの本番。
 綾子は、それをプレッシャーとして受け止めるのではなくて、楽しみ、として変換することができる。
 だから、あんなにのびやかに踊ることができる。
 ラメの入ったスカートが揺れると、星がまたたくように、スカートが光っていた。


 夜空を飛びゆく伝書鳩。
 わたしの想いを伝えて。
 わたしは、ここで生きている。
 誰にも、知られる、ことも無く。


(うわぁ。ほんとに歌ってる……。私たちの歌詞を、綾子が歌ってるよ……)
 それも、こんなに大勢の人のまえで。
 恥ずかしがればいいのか、誇ればいいのか、よくわからない。
 いや、やっぱり恥ずかしい。
 だって、澪が考えた歌詞を、綾子は、よりにもよって、曲のスタートにすえてしまったのだから。
 澪が、こうして恥ずかしい気持ちになるとわかったうでの所業だとしたら、綾子はホンモノのドSだ。
「貴女、作詞の才能もあるのね」
 智子が、となりに立っていた。
「才能なんて、そんな、たいしたものじゃ……」
「なにかを創ろうと思えることは誰にでもできる。でも、創り終えることができる、というのは才能よ。あとは、それをどうやって磨いていくかだけ」
 みっちり鍛えてやるから覚悟しろ。ということである。
 なんか、澪に対する、智子の個人的な感情も入ってるような気がしないでもない。


 涙が夜空を流れゆく。
 あふれる想いが、こぼれ落ちて。
 わたしは、ここで泣いている。
 誰も、わたしを見てくれない。


 澪が智子と話しているうちに、曲は二番に入った。
 一番は澪の想いを歌詞にしたもので、二番は、綾子の想いを歌詞にしたものだった。
 想いは、歌になって観客に伝わっていく。
 自分の想いをダイレクトに歌詞にしたからなのか、最後の一曲なのに、これまでのどの曲よりも、綾子と曲がシンクロして、活き活きとしている。
(ぜんぜん疲れてないわ。ううん、それどころか、足が軽くって……)
 観客たちは、思い思いにサイリウムとペンライトを振っている。
 ひとつひとつが、星みたいにまたたいている。
(星空の中にいるみたい)
 みたい、では無かった。
 足どりも体も軽い。
 曲が進むにつれて、宙に浮いているような感覚になる。
 綾子の体は、重力から解き放たれて自由になっていく。
 届けたい。
 誰かに。
 あなたに。
 こんなにも、素敵な世界があることを知ってほしい。
 勇気をもって。
 踏み出してほしい。



 星と星をつないで、星座を描く。
 希望は、そこでまたたいている。
 あなたとの出会いを待っている。
 それは、星々が紡ぐ奇跡の唄。



 最初の一歩を踏み出すのは怖いけれど、踏み出してみれば、どうにかなる。
 そのあとどうなるかなんて、運次第なのだから。
 どうなるかわからないのなら、素敵な未来が待っているほうに賭けてしまえば、すっきりする。
 それは、ときには嫌なこともあるかもしれない。
 悩んで、立ち止まって、絶望の闇に呑まれてしまうときも、あるかもしれない。
 でも。
 見失わないで。
 一番星は、いつだって輝いているから。
 見逃さないで。
 きっと、いつだって。
 願いを叶えてくれる流星が……。
「あなたの心の星空にも、降るから!」
「綾子!?」
 澪はおどろいて、声をあげた。
 綾子は、すべての歌詞を謡い終わると、あろうことか、持っていたマイクを客席に放り投げてしまった。
 舞台監督は、とっさにマイクの音量を切るよう、音響スタッフに指示を飛ばした。
 観客も、綾子がそんなパフォーマンスをすると思っていなかったので、宙に浮いたマイクを、あっけにとられて見送るだけだった。
 綾子が投げたマイクは、綺麗な弧を描いて、客席に消えていった。
 綾子は、ステージ上で、何度も何度も飛び跳ねながら、客席に手を振る。
 観客たちは、マイクの行方を気にしていたけれど、綾子が手を振っているので、そちらに応えるのを優先した。
 綾子は、ゆっくり歩いて、客席全体に手を振りながら舞台袖に帰って来る。
 会場が、今日一番の盛り上がりを見せたまま、ライブは終了した。
 感情を整理する間もなく、会場に明かりが灯る。
「あ、終わっちゃったんだ」
 特等席で観覧させてもらったのに、澪の口から出てきたのは、それだけだった。
 胸の中では、いろんな感情が渦を巻いていて。
 頭の中では、いろんなシーンがフラッシュバックしてくるのに。
 心は、それらの感動を無かったことのように無視して、体外に放出しようとしない。
 そうじゃない。
 無視しているんじゃない。
 この感動を、いとおしんでいるんだ。
 今日、見せてもらった景色を、じっくりと噛みしめて熟成して、あるべき形になるまで、とっておきたい。
 澪の心は、そう言っているんだ。
「澪ちゃん!」
 舞台袖に戻ってきた綾子は、澪を見つけると、笑顔で駆け寄って来た。
 だけど、澪の目のまえで、足がもつれて転びそうになった。
「綾子!」
 澪は手を伸ばして支える。
「あはは。はりきりすぎちゃったみたいです」
「もしかして、ブレーキ壊れちゃった?」
「初めてのライブでしたし、澪ちゃんも見てくれていましたし、全開でがんばっちゃいました」
 それで、自分でも足がもつれたことに気がつかなくなってしまうくらいに、力を使い果たしてしまったのだ。
「もう。心配させないでよ」
「でも、すごく楽しかったですよ。あの宙に浮くような感覚、癖になっちゃいそうです」
「それ、脳が焼けてるって。一人で突っ走らないでよ」
「もしかして、私に置いていかれるの、さみしいですか?」
「ちっ、違うよ」
「澪ちゃんもがんばらないと、私、どんどん先に行っちゃいますからね」
「いじわる……」
「ふふふ。冗談ですよ。一緒に、ゆっくり歩いていきましょうね」
「うん」
 綾子を支えている澪と、澪に体をあずけている綾子は、二人だけの世界を生成していた。
 周囲のスタッフたちや、綾子の後輩たちもそこにいたけれど、みんな気恥ずかしそうにしていて、彼女たちの姿を目に入れないようにした。
 澪と綾子が創り出す二人だけの空間が「結界」と呼ばれ、事務所の名物になるのは、遠い日の話で無かった。
「やれやれ。エネルギッシュというか、危ういというか……」
 澪と綾子の様子を、ヒロエは、智子と一緒に遠巻きに見守っていた。
 というか、あの女子高生たちが二人だけの空間を創り出しているので、ヒロエたちも近寄れずにいた。
「綾ちゃん、あの子といると、すごく魅力的に笑いますね」
「ええ、そうね。あの子は、綾子をより魅力的にしてくれる」
「妬いてます?」
「馬鹿言わないでよ。子ども相手に張り合っても、しかたないでしょう」
「ですねぇ。私らオバサンには、あの子たちの若さが、まぶしいまぶしい」
 ヒロエは、陽の光を避けるように手をかざしてみせてから、真顔になる。
「でも……。あの子たちが一緒にいることで、かえって、悪い結果につながりませんか?」
 澪は綾子の魅力を引き上げて、綾子は澪の能力を引き上げる。
 でも、若いために加減がわかっていない。
 先日、綾子が激高して智子につかみかかろうとしたときや、今日のライブみたいに、若さゆえの気力と体力に任せて、限界を超えた、危険な領域に脚を踏み入れようとしてしまうかもしれない。
 あの二人の出会いは、そんな危険性を秘めている。
「若いうちは、あのくらい不安定でいいのよ」
 そこで生み出されるエネルギーは、良くも悪くもすさまじい。
 そして、誰にも予想することができない爆発力があり、創作物では描くことができないドラマとなって昇華する。
 人々は、それに惹きつけられもするけれど、限度をわきまえない行為には、嫌悪感を示す。
 それが若さの魅力であり、もろさ。
「怖いですね」
「ええ。だから、私たち大人がコントロールしてあげないといけないのよ。そうだわ。ヒロエ、貴女、マネージャーを兼任するつもりは無い?」
「えぇぇっ!?」
「そうしたら、私はもっと運営に専念できるもの」
「スタイリスト兼マネージャーって……。人使い、荒くないですか?」
「適材適所と言ってほしいわね。それに、貴女だってまだ若いわよ。自分の可能性を自分で狭めてしまうのは、もったいないわ」
 智子さんも若いでしょ、とヒロエが反論するよりも早くに、智子は澪と綾子に近寄って行った。
「いいステージだったわね。初ライブとしては上々の出来よ」
「智子さん」
 親友との二人の時間を邪魔されて、綾子は不機嫌になった。
「でも、マイクを投げるパフォーマンスはやりすぎよ。舞台監督も頭を抱えていたわ。今後は控えてちょうだい」
 澪も、そのとおりだと思った。
 もし、あのマイクが、悪意のある人の手元に落ちていたら、どんなふうに利用されるかわからない。
 AYAが初ライブで使用したマイクなんて、価値のつけようが無い貴重なものなのだから。
 しかし、綾子は堂々と首を振ってみせる。
「私が投げたマイクが、悪い人のところに届くわけがありません」
 そして、得意顔になって。
「それにですよ、智子さん。私が、こういうパフォーマンスをするって知られたら、もっと大勢の人が集まりますよ」
 などと言い放った。
 智子は、なんて言っていいのかわからなくなったようで、無言で二人に背中を向けた。
 その後ろ姿が、小刻みに揺れているように見えた。
「綾子って、どうかしてるよね」
 大人相手に、あんな大見得を切れる女子高生がいるだろうか。
 それは、メンタルが強いとかいうレベルを越えている。
「澪ちゃん」
「痛い」
 綾子は、右手を伸ばして、澪の鼻をつまんだ。
「大事ななにかを、忘れてませんか?」
「あー……」
 すねた表情の綾子から、一回、目線を外して、すぐに元に戻して。
「ライブ、すごく良かったよ」
 ひと言、それだけ言う。
 それだけでいい。
「そうですか」
 それだけで、綾子は笑ってくれるから。
「澪ちゃんがそう言うなら、間違いありませんね」
 その信頼が、重いと感じることもある。
 自分の可能性を、信じられなくなってしまうときもある。
 だけど、理想という名の一番星が、道を示してくれているのなら、歩き続けるだけだ。
 心の星空を流れていく星に、願いが叶いますようにと祈りながら。