わたしたちは星の歌を紡ぐ

 視線を感じる。
 気のせいじゃない。 
 澪が、何度も綾子のほうを見てきている。
「澪ちゃん」
「は、はいなんでしょう!」
 ぴぃんと澪の背筋が伸びた。
 澪のしぐさがおかしくて、綾子は笑った。
「どうしました」
「な、なにが……」
「さっきから、私のこと見てません?」
「そんなことは、ないよ」
 澪は目をそらした。
 なんだか、気まずそうにしている。
 澪が、どことなく自信がなさそうなのは、いつものことだ。
 まえに、澪の部屋を訪問したときにも、澪は自分のことを過小評価している。
 ほかの人ができないことを、あたりまえにできてしまう。
 ほかの人が感じることができないことを、あたりまえに感じることができる。
 そんな澪の才能が、澪自身の足を引っ張ってしまっている。
 と、綾子は思っていた。 
(そんな澪ちゃんが、私を見て気まずそうにしている理由……)
 綾子は澪を観察する。
 なにか言いたそうだけれど、言いにくそうにしているように見えた。
 そこで、はっとして、コンパクトミラーを取り出した。
「もしかして、私、お化粧くずれちゃってます!?」
「大丈夫。今日もきれいだよ」
「はい?」
「あっ」
 お互いの顔を見つめ合ったまま、立ち止まる。
「……」
「……」
 沈黙が流れる。
「あ、ありがとうございます」
 なにもしないままでいることに焦れて、綾子は社交辞令を言ってごまかした。
 けれど、ごまかしきれない。
 顔が熱い。今日の陽気のせいじゃない。
 どきどきと心が弾んで、よろこんでいる。
 それは、澪が素直な心の持ち主であるせいだ。
 純粋で、純朴で、飾らない澪の言霊。
 それは、どこまでもまっすぐに綾子の心に伝わってくる。
 だから、恋人に容姿を褒められる以上に、喜びを感じてしまうのだった。
「い、行きましょうか」
 早く屋内に入りたかった。
 熱くなった額から、汗の粒が浮かんできそうだ。
 このままにしていたら、本当にお化粧が崩れてしまう。
「ごゆっくり、どうぞ」
 入館料を払って、受付のお姉さんからパンフレットを受け取る。
「フラッシュを控えていただければ、写真撮影は、ご自由にどうぞ」
 お姉さんは、パンフレットの注意書きを指差しながら案内してくれた。
 施設の中は、綾子が履いているミュールと同じ、薄い水色のライトで照らされていて、少し薄暗い。
 綾子と澪は、街中にある水族館に足を踏み入れていた。
 規模は小さくて、あまり有名じゃないけれど、落ち着く雰囲気の水族館。
 一人で静かにもの思いにふけるのにも、二人で静かに過ごすのにも向いている。
 澪が調べてくれた場所だった。
「いいところですね。落ち着きます」
「うん」
 澪が応えてくれる。
 その横顔をのぞき込んでから、綾子は澪と並んで、水槽のまえに立つ。
 水槽の中では、かわいらしい魚たちが元気に泳ぎ回っていた。
 小さな魚たちは、ライトの光で、ぴかぴかと輝いていた。
 綾子は、バッグに手を伸ばして、手帳をつかんでいた。
「なんだか……」
 目を細めて、水槽に近づく。
「星空、みたいですね」
 水滴が、顔をつたっていくのを感じた。
 汗のようなそれを、手の甲でぬぐう。
「じゃあ、さ」
 澪は、さっきみたに、いっかい、気まずそうに視線をそらしてから、言う。
「綾子のそれは、流れ星みたいだよ」
 星と星がつながるみたいに。
 想いと想いがシンクロして。
 わたしたちの心は、星空の中で共鳴していた。
 星の歌は、完成した。