澪は浴室の脱衣所の鏡に、自分の姿を映した。
迷いに迷って、Tシャツにジーパンという、いつもの恰好。
綾子からの誘いは急だったし、新しい服を買いに行く暇も、金銭的な余裕も無かったし、それに。
「おー。お姉、今日もカジュアルな服装がよくお似合いで」
湊から、無理して背伸びしないほうがいいとアドバイスされていた。
「皮肉、やめて」
「皮肉じゃないよ。お姉はスラっとしてんだから、それでいいんだって」
「だけどさぁ……」
綾子は、ぜったいにおしゃれをしてくるはずだった。
それに比べて、この子どもっぽい服装ときたら……。
「そんなに気にするなら、バイトでも始めなよ。おこずかいだけじゃ、おしゃれにお金を回す余裕、無いんだから」
そして湊は、うだうだ考えてても、それ以上の服装は無いんだからと、澪にとっとと出かけるようにうながしてきた。
たしかに、気にしてみたところで、澪に、これ以上のおしゃれはムリだ。
(バイト、かぁ……)
玄関で、スニーカーに脚を通しながら考えた。
綾子みたいに、自分の力でお金を稼ぐことができたら、ちょっとは精神的に成長できるのかな、と。
「ここまでお膳立てしてあげたんだから、今度、ちゃんとあのおねーさん紹介してよね」
見送る湊の声を、半分くらいに聞きながら、澪はマンションを出た。
(いい天気だ)
マンションのドアを開けると、青空が目に飛び込んできた。
夏が本番に近づくにつれて、日差しが強くなっていく。
空の蒼さも、日増しに強くなっていく。
本日は快晴。
休日に外に出かけるなら、これ以上に無い天気だった。
パネルのボタンを押して、エレベーターを呼んだ。
(あー、でも、綾子は化粧してくるだろうし、天気が良すぎると、メイクが崩れるのを嫌がるかも)
エントランスを出て、マンションの外に出ると、日差しの強さを、より実感することができた。
でも、吹き抜ける風は、まだ春の穏やかさを失っていない。
初夏の、さわやかな朝だ。
今日、出かけようと誘ってくれたのは綾子だった。
最初、澪はメッセージをもらってとまどっていたけれど。
<外の景色を見ながら歌詞を考えたほうが、はかどるかもしれませんよ>
というメッセージをもらって、気分が軽くなった。
それは、綾子が澪の背中を押すための口実だった。
綾子は、やさしいし、気遣いもできる。
見た目は、澪と変わらない、高校二年生なのに。
そして、出かける口実にした作詞というのも、趣味でやるのとは、わけが違う。
その仕事によって、綾子は報酬を得るのだ。
(本当に、良かったのかなぁ)
綾子の勢いに呑まれたのもあって、つい、深く綾子の仕事にかかわることになってしまった。
いつも利用している駅の改札に、いつもと同じように、スマホの画面を添えて、改札を抜ける。
だけどいつもと違うのは、澪は私服であるということ。
乗る電車も時刻も、いつもとまったく違う。
平日であれば、とっくにホームルームが終わっている。
こんな時間に、こんなところでのんびりしていたら、完全に遅刻だ。
でも、今日は休日。
慌てる必要なんて、まったく無い……、のだけど、澪の心は、そわそわと急いている。
(綾子、どんな服で来るのかな)
澪自身のコーディネートは、もうどうしようも無い。
湊が言ったとおりで、背伸びしようとしても、選べる服なんて限られているのだから。
(なんか、私と綾子って……)
電車を降りる。
駅の外は、休日らしく、大勢の人でにぎわっている。
「私と綾子って、釣り合ってるのかな……」
雑踏が、澪の独り言をかき消した。
雲ひとつ無い晴天に、陰りがさしたような気がした。
(やっぱり、バイトでも始めるかな)
少しずつでもいいから、新しいことにとりくんでみれば、対人関係も培われるし、自信にもなるだろう。
そうやって、地道に綾子に歩調が合うように努力していくしか無いのかもしれない。
こないだ、綾子は成長した木と苗木の例えを使って話してくれたけど、いまの澪は、綾子に比べてはるかに小さい。
ここの差を埋めるには、澪が成長するしかない。
それで、ようやく澪と綾子は、対等の友人になることができる。
駅から歩いて、すぐのところにある公園には、うんざりするくらい、多くの人間がいた。
その公園の噴水や時計の下なんてのはもう、待ち合わせのメッカで、いろんな顔があって、めまいがしそうだった。
「さてと。綾子はどこにいるのかな」
澪が、スマホを手に取ったときである。
「ひっ!?」
首に、ひんやりとした感触が走って、澪は背筋を伸ばした。
「おはようございます。暑くなってきましたね」
きれいな笑みが、そこにあった。
笑顔は、缶ジュースを持っていた。
綾子は、それを澪の首に当ててきたのだ。
(やっぱり綾子って、Sなんじゃないの)
あいさつをするまえから、いたずらをしかけられた澪だけど、腹は立たない。
それは、澪が、綾子と相性ぴったりの、M気質だからではない。たぶん……。
いたずらが成功したこともあってご機嫌の綾子は、とてもいい笑顔だった。
綾子は、よく笑う。そして綺麗に笑う。
「行きましょうか」
歩き始めた綾子の、横に並ぶ。
澪は、隣を歩く綾子のコーデを、さりげなく盗み見た。
薄い白の生地に、花の刺繍がされた、ワンピース。つばの長い麦わら帽子。ローヒールの、水色のミュール。
美少女が、さらに美少女になるためのコーデだった。
うすくメイクをした、綾子の童顔で小さな顔。
お世辞ぬきで、かわいい。
(もし、本当に綾子があのネットアイドルだったら……)
そうだったら、澪はどうするのだろう。
綾子の秘密を暴いたら、せっかく築きかけた、この関係はどうなるのだろう。
せっかく、綾子と築きかけているいまの関係を変化させることに、意義があるのか。
深い関係なんて望まない。普通でいい。
もう、いやだ。
同級生たちに後ろ指をさされて、嗤われて、自分を否定されるのは、いやだ。
綾子とそんなふうになってしまうなら、普通でいい。
(そう思うなら、さ)
この、うなじにミミズが這うみたいな気持ち悪い感覚を、澪はどう説明できるだろうか。
迷いに迷って、Tシャツにジーパンという、いつもの恰好。
綾子からの誘いは急だったし、新しい服を買いに行く暇も、金銭的な余裕も無かったし、それに。
「おー。お姉、今日もカジュアルな服装がよくお似合いで」
湊から、無理して背伸びしないほうがいいとアドバイスされていた。
「皮肉、やめて」
「皮肉じゃないよ。お姉はスラっとしてんだから、それでいいんだって」
「だけどさぁ……」
綾子は、ぜったいにおしゃれをしてくるはずだった。
それに比べて、この子どもっぽい服装ときたら……。
「そんなに気にするなら、バイトでも始めなよ。おこずかいだけじゃ、おしゃれにお金を回す余裕、無いんだから」
そして湊は、うだうだ考えてても、それ以上の服装は無いんだからと、澪にとっとと出かけるようにうながしてきた。
たしかに、気にしてみたところで、澪に、これ以上のおしゃれはムリだ。
(バイト、かぁ……)
玄関で、スニーカーに脚を通しながら考えた。
綾子みたいに、自分の力でお金を稼ぐことができたら、ちょっとは精神的に成長できるのかな、と。
「ここまでお膳立てしてあげたんだから、今度、ちゃんとあのおねーさん紹介してよね」
見送る湊の声を、半分くらいに聞きながら、澪はマンションを出た。
(いい天気だ)
マンションのドアを開けると、青空が目に飛び込んできた。
夏が本番に近づくにつれて、日差しが強くなっていく。
空の蒼さも、日増しに強くなっていく。
本日は快晴。
休日に外に出かけるなら、これ以上に無い天気だった。
パネルのボタンを押して、エレベーターを呼んだ。
(あー、でも、綾子は化粧してくるだろうし、天気が良すぎると、メイクが崩れるのを嫌がるかも)
エントランスを出て、マンションの外に出ると、日差しの強さを、より実感することができた。
でも、吹き抜ける風は、まだ春の穏やかさを失っていない。
初夏の、さわやかな朝だ。
今日、出かけようと誘ってくれたのは綾子だった。
最初、澪はメッセージをもらってとまどっていたけれど。
<外の景色を見ながら歌詞を考えたほうが、はかどるかもしれませんよ>
というメッセージをもらって、気分が軽くなった。
それは、綾子が澪の背中を押すための口実だった。
綾子は、やさしいし、気遣いもできる。
見た目は、澪と変わらない、高校二年生なのに。
そして、出かける口実にした作詞というのも、趣味でやるのとは、わけが違う。
その仕事によって、綾子は報酬を得るのだ。
(本当に、良かったのかなぁ)
綾子の勢いに呑まれたのもあって、つい、深く綾子の仕事にかかわることになってしまった。
いつも利用している駅の改札に、いつもと同じように、スマホの画面を添えて、改札を抜ける。
だけどいつもと違うのは、澪は私服であるということ。
乗る電車も時刻も、いつもとまったく違う。
平日であれば、とっくにホームルームが終わっている。
こんな時間に、こんなところでのんびりしていたら、完全に遅刻だ。
でも、今日は休日。
慌てる必要なんて、まったく無い……、のだけど、澪の心は、そわそわと急いている。
(綾子、どんな服で来るのかな)
澪自身のコーディネートは、もうどうしようも無い。
湊が言ったとおりで、背伸びしようとしても、選べる服なんて限られているのだから。
(なんか、私と綾子って……)
電車を降りる。
駅の外は、休日らしく、大勢の人でにぎわっている。
「私と綾子って、釣り合ってるのかな……」
雑踏が、澪の独り言をかき消した。
雲ひとつ無い晴天に、陰りがさしたような気がした。
(やっぱり、バイトでも始めるかな)
少しずつでもいいから、新しいことにとりくんでみれば、対人関係も培われるし、自信にもなるだろう。
そうやって、地道に綾子に歩調が合うように努力していくしか無いのかもしれない。
こないだ、綾子は成長した木と苗木の例えを使って話してくれたけど、いまの澪は、綾子に比べてはるかに小さい。
ここの差を埋めるには、澪が成長するしかない。
それで、ようやく澪と綾子は、対等の友人になることができる。
駅から歩いて、すぐのところにある公園には、うんざりするくらい、多くの人間がいた。
その公園の噴水や時計の下なんてのはもう、待ち合わせのメッカで、いろんな顔があって、めまいがしそうだった。
「さてと。綾子はどこにいるのかな」
澪が、スマホを手に取ったときである。
「ひっ!?」
首に、ひんやりとした感触が走って、澪は背筋を伸ばした。
「おはようございます。暑くなってきましたね」
きれいな笑みが、そこにあった。
笑顔は、缶ジュースを持っていた。
綾子は、それを澪の首に当ててきたのだ。
(やっぱり綾子って、Sなんじゃないの)
あいさつをするまえから、いたずらをしかけられた澪だけど、腹は立たない。
それは、澪が、綾子と相性ぴったりの、M気質だからではない。たぶん……。
いたずらが成功したこともあってご機嫌の綾子は、とてもいい笑顔だった。
綾子は、よく笑う。そして綺麗に笑う。
「行きましょうか」
歩き始めた綾子の、横に並ぶ。
澪は、隣を歩く綾子のコーデを、さりげなく盗み見た。
薄い白の生地に、花の刺繍がされた、ワンピース。つばの長い麦わら帽子。ローヒールの、水色のミュール。
美少女が、さらに美少女になるためのコーデだった。
うすくメイクをした、綾子の童顔で小さな顔。
お世辞ぬきで、かわいい。
(もし、本当に綾子があのネットアイドルだったら……)
そうだったら、澪はどうするのだろう。
綾子の秘密を暴いたら、せっかく築きかけた、この関係はどうなるのだろう。
せっかく、綾子と築きかけているいまの関係を変化させることに、意義があるのか。
深い関係なんて望まない。普通でいい。
もう、いやだ。
同級生たちに後ろ指をさされて、嗤われて、自分を否定されるのは、いやだ。
綾子とそんなふうになってしまうなら、普通でいい。
(そう思うなら、さ)
この、うなじにミミズが這うみたいな気持ち悪い感覚を、澪はどう説明できるだろうか。

