わたしたちは星の歌を紡ぐ

「みおっち、おはよー!」
 クラスメイトたちは、輪を作って動画を視聴していた。
 倉持さんのスマートフォンから、なにかの楽曲が流れている。
 手招かれて、澪も輪に加わる。自然にそうできている自分に、澪はおどろいた。
 ディスプレイの中で、ドレスみたいな衣装で歌っているのは、一人のアイドルの女の子。
「AYAたそ、今日もかわいいでしょ?」
 倉持さんは、自分の娘自慢でもするように、スマホの画面を見せつけてくる。
 また始まったと、苦笑いするクラスメイトの女の子たち。
 その画面を凝視した澪は、
「うん。かわいい」
 と、ひと言コメント。
 あれだけAYAの動画を見漁ったというのに、出てきた感想は、たったのこれだけ。
 もっと気の利いたことを言えよ、と自分を叱ったけれど。
「だよね! だよね!」
 倉持さんは、ご満悦だった
(綾子も、そうなんだよな~)
 綾子の仕事を手伝うと買っでてから、澪は綾子と頻繁にメッセージのやりとりをするようになった。
 でも、澪としては、本当に綾子の役に立てているのか、すごく不安だった。
 だって、綾子が送ってきた詞のアイディアに対して、澪は、頭をひねりにひねったあげく、<いいね>とか、<響きがきれいだと思う>くらいのメッセージしか返せない。
(綾子も倉持さんも、寛容なんだなぁ)
 と澪は二人に感謝をしていた。
 口下手な澪に気を使ってくれているんだ、と。
 それでいくと、赤嶺さんや黄瀬さんも、彼女たちのほうから、会話の輪に澪を招き入れてくれるようになった。
(みんな、すごく人間として出来上がってるんだよね)
 孤独な一匹狼から脱皮できそうなのに、周りの人とかかっていると、心が重くなるときがある。
(もしかして、私、みんなから、すごく遅れてる?)
 自分が、精神的に成長できていないんじゃないかと、弱気の虫がうずいてしまった。





                     ※





 今日も授業が終わった。
 澪は、教科書をカバンにしまって、下校の準備を始めた。
 いつもどおりの放課後である。
 だけど、澪はこのあと、綾子から送られてきた歌詞の感想を返さないといけなかった。
 頭の中で必死に思い描いた感想を、家に帰ってすぐに送信しないと、と焦って、教科書がうまくカバンの中におさまらなかった。
「澪っち、帰ろう」
 倉持さんが、気さくに澪の肩をたたいてきた。
 そのまま、二人並んで教室から出ようとする。
「みんなー、また明日ねー」
 倉持さんが、残っていたクラスメイトに声をかける。澪も、それに便乗して、女の子たちに軽く会釈する。
「じゃあねー、しおりん」
「如月さんも、また明日ね」
 赤嶺さんと黄瀬さんの和やかな挨拶に見送られて、澪と倉持さんは、帰路についた。
 倉持さんとは、一緒に下校する仲になっていた。
 といっても、当然ながら、澪からアプローチをかけたわけでは無い。
 倉持さんが、持ちまえのコミュニケーション能力を発揮した結果でしかない。
「澪っち、今日、なにかあるの?」
 坂を下りながら、倉持さんが聞いてきた。
「なんで?」
「なんか、急いでるように見えたから」
「あ、あ~……」
 いつもどおりにふるまっているつもりだったけれど、倉持さんは、能天気なようで目ざとい。
「早く私と一緒に帰りたくて、急いでたとか?」
 こういう気の利いたことを、すらっと言えてしまえば、もっと他人とのコミュニケーションが円滑になるのに。
「そ、そうなんだよね。早く倉持さんと帰りたいなって……」
ガラにも無く、お世辞を言ってみることにした。
「嘘だよね?」
「うっ……!」
「あからさまなお世辞は、好きじゃないなー」
 慣れないことは、するものでは無い。
 倉持さんは、早足になって、澪の先を歩きだしてしまった。
「ご、ごめん……」
 やってしまった、やってしまった。
 せっかく倉持さんとは、悪く無い関係を築けているのに、これで中学のときみたいに、澪と距離を置かれたらどうしよう……。
 思考がネガティブな方向に走り出す。
「あはは、冗談冗談」
 澪のネガティブ思考を吹き飛ばす、倉持さんの明るい笑い声。
「澪っちの困った顔、かわいいから、いじわるしたくなっちゃうんだよね。良く言われない?」
「初めて言われた、けど……」
 言われてみれば、ある友人も、澪が不安がって困っていると、なんか機嫌が良さそうだ。
(綾子はSっ気が強いのかな)
 それなら、そういう綾子を受け入れてしまう澪は、M気質ということになるのだろうか。認めたくないけれど、それで澪と綾子のバランスがとれているのかもしれない。
(綾子との、バランスね……)
 あまり考えたくないことだった。
 かたや、写真が趣味の、ただの女子高生。
 かたや、女子高生だけど、すでにネットクリエイターとして活動をしている女の子。
 こんな二人が出会い、友人となり、お互いのことを理解できるのは、奇跡である。
 その奇跡は、澪と綾子にとって、幸運だったのだろうか。
 あるいは……。
「澪っちって、私服はどんな感じなの?」
「なっ、なんで?」
 倉持さんの質問は唐突だった。反応できずに聞き返す。
「なんでって……、なんとなくだけど。雑談に理由っているもんなの? え、ウチがおかしい?」
 澪は澪で、なんでそんなことを聞くのかが不思議で、倉持さんは倉持さんで、なんで理由を聞く必要があるのかと不思議がっていた。
「あ、いや。そんなこと無いよ。たぶん、私のほうがおかしい」
 ひとつひとつのこと、すべてに理由があるわけでは無い。
 特に、女子の雑談なんていうのは、雑談自体が目的であることがほとんどなのだから。
「澪っちって、頭がいいから、深く考えすぎそう」
 的確なご指摘であった。
 理由や目的がはっきりしないと、澪は行動に移せない。
 思慮深いとか言うこともできるので、それが悪いことだと断じることはできないけれど、澪は行き過ぎている。
 だから会話を滞らせてしまうのだ。
「あっ! ごめん! ウチは、相手のことを考えないで、思ったことを、すぐ口に出しちゃうから」
 倉持さんは、両手で口をふさいだ。
 口は禍の元、とも言う。
 はっきりものを言うのは好ましいことでもあるけど、相手を傷つけてしまうこともある。
 こういうのも人間関係もバランスなのだなぁと、しみじみ思う、如月澪、17歳。
「倉持さんは、私服はどういう感じなの?」
 澪なりに気を遣って、会話を続けようとした。
「えっとねー……」
 さっき、はっきりものを言いすぎたことを反省していたようで、倉持さんは、頭で考えをまとめてから話し出した。
「この時期になったら、ショーパンにキャミソールがほとんどかな。寒かったら、上になんか羽織ったり」
 倉持さんらしい、と、澪は思ってから。
「あっ。く、倉持さんらしいね」
 言え言え、それを言え、いますぐに言え。
 と自分で自分の背中を押しまくって、どうにか思ったことを表現することができた。
「ホント? へへ~。うれしいな。澪っちは、パーカーとかかな」
「なんでわかるの!?」
 休日、出かけるときには、ほぼほぼパーカーかシンプルなTシャツ。そしてジーパン。
 それが澪のオフモードであった。
「お金無いと、新しい服も買えないよね」
「そ、そうそう。偏っちゃうよね」
「わかる~。使えるお金が限られるから、冒険できないんよね。あ、そういやさ」
 せっかくいい感じに会話が流れ出したのに、倉持さんは、話題を変えようとしていた。
 このまま、この話題が続いてくれればいいのに、楽はできない。
「なんで、急いで帰ろうとしてたの?」
「あーっとね。友達に、連絡を返さないといけなくて……」
「えぇぇっ!? み、澪っちの友達!?」
 普段からハスキーボイスの倉持さんの声が、いっそう高くなった。
「どどっ、どんな子なの!?」
 倉持さんは、澪の進路を塞ぐようにして立ちはだかってきた。
(まずい。食いつかれた)
 倉持さんたちや綾子とのつき合いがあたりまえになっていたから忘れていたけれど、澪は、一匹狼とあだ名されていた身だ。
 そんな澪に友人がいるというのは、非常にショッキングなニュースなのである。
「まさか、男の子とか!?」
「違う違う。女の子だよ」
「えっ。じゃあ紹介してよ」
「いや、ちょっとそれは……」
「えー。私たち、だいぶ仲良くなったでしょ」
「うん。まぁ、それは」
「じゃあ、いいじゃん」
「うぅん……」 
 これはまいった。倉持さんのコミュニケーション能力を、澪は低く見積もっていたようである。
 こんなにも、ぐいぐいと距離を詰めてこられては、思わず、いいよと応えたくなってしまう。
 ただ、綾子が絡んでいるとなると、返事を渋らざるを得ない。
「ね~え、いいでしょ~」
 倉持さんは、澪の腕をとって、猫なで声で甘えてきた。
「えっと、向こうにも、聞いてみないと」
「むぅ~……」
「き、機会があったら、紹介するから」
 ぎこちないながら、なんとかフォローも入れることができた。
 それで、倉持さんも澪から離れてくれた。
 こういう会話っていうのは、やっぱり経験値がものを言う。
 綾子や倉持さんとかかわることで、ちょっとは他人との会話に慣れてきたみたいだった。
「澪っち。絶対だからね?」
 どうして倉持さんは、澪なんかに、積極的に絡んできてくれるのだろうか。
 つき合うのが難しそうな澪に近寄ってくるような人だし、それは、ちょっとは変わっているんだろうけれど。
「約束だよ?」
 満面の笑みで、たのしそうに言う倉持さんに、
「う、うん」
 澪は、ひとこと、それだけしか返せない。
 そんな自分が、やるせなかった。