「ふふっ」
澪から送られてきたメッセージを読むと、笑みがこぼれる。
〈またねてないよ〉
まだ、寝ていないよと伝えたかったに違いないメッセージ。
文面から、あわてている澪の顔まで想像することができた。
た、に濁点をつけるのも、寝ていない、と感じに変換するのも忘れて、慌てて返信をしてきたのだろう。
なぜなら、綾子が、もう寝ちゃいましたかとメッセを送ってから、1分も経っていないからだ。
(澪ちゃんたら、かわいいんだから)
そんな反応をされたら、もっといじわるしたくなっちゃうじゃないか。
(澪ちゃんは、もっと自信を持っていいと思うんだけどな)
すごい才能に恵まれているのに、自分に自信が持てずに、挑戦することをためらっている人は、たくさんいると綾子は思っている。
澪は、そのうちの一人だ。
誰だって、粗削りな時期はある。綾子だってそう。
配信で、いろんなことを試してみて、ようやく、自分はこうすればいいんだと、磨くべき自分の軸がわかってきた。
澪は、求めている。
あてもなくさまよっていた、あのころの綾子みたいに、変えたいのに変わらない現状から抜け出すチャンスを求めていた。
(あのときみたいに、今度は、私が澪ちゃんを……)
澪から送信されてきたメッセージを、指でなぞる。
「AYAさん。もしかして、彼氏さんですかー?」
「はっ!?」
遠巻きに後輩たちが、綾子の様子をうかがっていた。
「なんか、めっちゃうっとりしてたよね」
「そうそう。恋する乙女って感じ」
「先輩をからかわないの。ただの友達よ」
この場は、そう言うしか無いけれど、ただの友達では無い。
友達、という枠の中に閉じ込めるにはもったいないほど、澪は、綾子にとって、大事な人だ。
綾子は、澪のことを、はっきりとそうカテゴライズしていた。
「AYA。いまの話、聞こえてしまったんだけど」
智子が、鋭い視線を向けてくる。
「本当に、彼氏では無いのね?」
「はい。相手も女の子です」
後輩たちは、なぁんだとつまらなそうにしている。
もちろん、女の子同士でも恋人になれるし、澪が相手なら、そういう関係もいいと思う。
でも、綾子が澪に求めているのは、そういうことでは無い。
お互いに、次のステージに進むために、わたしたちは、お互いを欲している。
綾子は、新たな熱を得るために。
澪は、夢中になれるものを見つけるために。
「そう。それならいいわ」
智子は、綾子を信用したらしく、深く詮索をしてこなかった。
でも、
(いいって、なによ)
言いかたが気に障った。
いいわ、と智子は言うけれど、綾子のプライベートのことにまで、智子の判断を仰がないといけないのだろうか。
仕事のことは智子主導でものごとが決まっていくのだから、私生活まで口を挟まれては、息苦しくなりすぎて、窒息してしまう。
「ご心配なく。プライベートは、自分で管理できますから」
笑顔で、そう言ってやった。
作った笑みだ。
営業スマイルと言ってもいい。
それを智子に向けることに、抵抗を感じない。
なぜなら、綾子は自然に笑うことができる場所を手に入れたから。
「貴女のことは信頼しているわ。でも、まだ十代なのだから、遠慮せずに、大人を頼っていいのよ」
「ありがとうございます」
と口では言ったが、綾子には、仕事以外で智子を頼る気など、さらさら無かった。
自分がこんな感情を抱いていることに、むなしさを覚えた。
(いつから、私と智子さんは、こんな冷めた関係になっちゃたのかしら)
どこかで、道を間違えてしまったのだろうか。
考えたくは無いけれど、綾子が間違っているのかもしれない。
だけど、ひとたび智子から離れた心は、もう、元には戻らない。
こんなふうになるってわかっていたら、事務所だって小さいままで良かったのに。
活動ができるだけのスペースと、それなりの知名度。そして事務所の運営が成り立つほどの収入があれば、それで良かった。
(ほどほどって、難しいわね)
多くを得ようとしたわけでも無いのに、いつの間にか、AYAという木は大きくなりすぎていた。
(いまさら言っても、しかたないけれどね)
どんなに嘆いてみても、事務所は急成長してしまったし、AYAはみんなから注目され、期待されている。
それが事実として確定してしまった以上、綾子にできることは無い。
せいぜい、智子にささやかな反抗をして、たまに頭の中で愚痴を言うことくらい。
「AYAさん。私たち帰りますけど、一緒にどうですか? たまには、ぱーっとカラオケとか」
「いいね、いいね」
「わっ。AYAさんの生歌聞くの初めて!」
後輩たちは、綾子をそっちのけで話を進めていた。自分たちだけで盛り上がるのが好きな子たちである。
「ごめんなさい。私、暇が無いから」
「えっ、そんなぁ」
「カラオケは、また今度ね。かたづけたい仕事があるから」
「そうですか。それじゃあ、しかたないですよね。AYAさん、忙しいし」
後輩たちは、綾子と智子、事務所スタッフにあいさつをして、ぞろぞろと事務所から出て行った。
「あの、スタジオ、独り占めしちゃってもいいですか?」
そう申し出ると、すぐにスタッフは、スタジオの使用予定を確認してくれた。
「大丈夫ですよ。今日はもう、使う予定はありませんので」
「わかりました。智子さん」
「なに?」
「来週のぶんの撮影、今日に済ませてしまいたいんですけれど」
「どうして」
「予定があるので」
「予定とは?」
「そこまでお答えしないと、納得していただけませんか?」
「さっき、あなたがメッセージを見ていた子が関係しているの?」
「お答えする義務は無いと思います。まして、相手の子は一般人です」
「そうね。そのとおりだわ」
さすがの智子も、負けを認めた。
いま、綾子が言ったみたいに、澪は普通の女子高生だ。
綾子のプライベートだけならまだしも、澪のことをあれこれ詮索する権利は、智子には無い。
「いいんじゃない? イベントに向けていそがしくなるし、片づけられる仕事は、やれるうちにやっておいたほうがいいでしょ」
ただならない雰囲気を察したのか、ヒロエが智子に提案してくれた。
ヒロエの明るい口調は、張りつめていた事務所の空気をやわらげてくれた。
「もちろん、綾ちゃんに無理されちゃ困るけどね」
気さくに、ヒロエは綾子の肩に両手を置いた。
「私は平気です」
「そ、それじゃ、ちゃちゃっと準備しちゃいますね!」
ほかのスタッフたちは、逃げるようにして事務所から出て行く。ヒロエも、やれやれとそのあとに続く。
スタイリストにすぎないヒロエの、越権行為ともとれた。
でも、ヒロエ以外に、智子に意見できるスタッフはいないので、誰も文句は言わないだろう。
事務所には、綾子と智子だけがとり残される格好になった。
智子は、書類に目を通し始めた。
「智子さん」
「まだ、なにかあるの?」
あったら悪いのだろうか。
AYAは、智子一人の所有物では無いのだ。
綾子から意見をすることが、そんなに気に入らないのか。
「新曲の歌詞、来週には、必ず提出しますので」
募ったイライラも籠めて、語気を強めた。
綾子の決意を伝えるためだ。
言うだけ言って、スタジオに行こうとする。
ドアノブに手をかけたときに、
「AYA」
智子のほうから声をかけてきた。
「その、新曲の歌詞だけれど、本当に、あなた一人で考えたものではないのね?」
ドアノブを握ろうとした綾子の手が、つるりとすべった。
澪から送られてきたメッセージを読むと、笑みがこぼれる。
〈またねてないよ〉
まだ、寝ていないよと伝えたかったに違いないメッセージ。
文面から、あわてている澪の顔まで想像することができた。
た、に濁点をつけるのも、寝ていない、と感じに変換するのも忘れて、慌てて返信をしてきたのだろう。
なぜなら、綾子が、もう寝ちゃいましたかとメッセを送ってから、1分も経っていないからだ。
(澪ちゃんたら、かわいいんだから)
そんな反応をされたら、もっといじわるしたくなっちゃうじゃないか。
(澪ちゃんは、もっと自信を持っていいと思うんだけどな)
すごい才能に恵まれているのに、自分に自信が持てずに、挑戦することをためらっている人は、たくさんいると綾子は思っている。
澪は、そのうちの一人だ。
誰だって、粗削りな時期はある。綾子だってそう。
配信で、いろんなことを試してみて、ようやく、自分はこうすればいいんだと、磨くべき自分の軸がわかってきた。
澪は、求めている。
あてもなくさまよっていた、あのころの綾子みたいに、変えたいのに変わらない現状から抜け出すチャンスを求めていた。
(あのときみたいに、今度は、私が澪ちゃんを……)
澪から送信されてきたメッセージを、指でなぞる。
「AYAさん。もしかして、彼氏さんですかー?」
「はっ!?」
遠巻きに後輩たちが、綾子の様子をうかがっていた。
「なんか、めっちゃうっとりしてたよね」
「そうそう。恋する乙女って感じ」
「先輩をからかわないの。ただの友達よ」
この場は、そう言うしか無いけれど、ただの友達では無い。
友達、という枠の中に閉じ込めるにはもったいないほど、澪は、綾子にとって、大事な人だ。
綾子は、澪のことを、はっきりとそうカテゴライズしていた。
「AYA。いまの話、聞こえてしまったんだけど」
智子が、鋭い視線を向けてくる。
「本当に、彼氏では無いのね?」
「はい。相手も女の子です」
後輩たちは、なぁんだとつまらなそうにしている。
もちろん、女の子同士でも恋人になれるし、澪が相手なら、そういう関係もいいと思う。
でも、綾子が澪に求めているのは、そういうことでは無い。
お互いに、次のステージに進むために、わたしたちは、お互いを欲している。
綾子は、新たな熱を得るために。
澪は、夢中になれるものを見つけるために。
「そう。それならいいわ」
智子は、綾子を信用したらしく、深く詮索をしてこなかった。
でも、
(いいって、なによ)
言いかたが気に障った。
いいわ、と智子は言うけれど、綾子のプライベートのことにまで、智子の判断を仰がないといけないのだろうか。
仕事のことは智子主導でものごとが決まっていくのだから、私生活まで口を挟まれては、息苦しくなりすぎて、窒息してしまう。
「ご心配なく。プライベートは、自分で管理できますから」
笑顔で、そう言ってやった。
作った笑みだ。
営業スマイルと言ってもいい。
それを智子に向けることに、抵抗を感じない。
なぜなら、綾子は自然に笑うことができる場所を手に入れたから。
「貴女のことは信頼しているわ。でも、まだ十代なのだから、遠慮せずに、大人を頼っていいのよ」
「ありがとうございます」
と口では言ったが、綾子には、仕事以外で智子を頼る気など、さらさら無かった。
自分がこんな感情を抱いていることに、むなしさを覚えた。
(いつから、私と智子さんは、こんな冷めた関係になっちゃたのかしら)
どこかで、道を間違えてしまったのだろうか。
考えたくは無いけれど、綾子が間違っているのかもしれない。
だけど、ひとたび智子から離れた心は、もう、元には戻らない。
こんなふうになるってわかっていたら、事務所だって小さいままで良かったのに。
活動ができるだけのスペースと、それなりの知名度。そして事務所の運営が成り立つほどの収入があれば、それで良かった。
(ほどほどって、難しいわね)
多くを得ようとしたわけでも無いのに、いつの間にか、AYAという木は大きくなりすぎていた。
(いまさら言っても、しかたないけれどね)
どんなに嘆いてみても、事務所は急成長してしまったし、AYAはみんなから注目され、期待されている。
それが事実として確定してしまった以上、綾子にできることは無い。
せいぜい、智子にささやかな反抗をして、たまに頭の中で愚痴を言うことくらい。
「AYAさん。私たち帰りますけど、一緒にどうですか? たまには、ぱーっとカラオケとか」
「いいね、いいね」
「わっ。AYAさんの生歌聞くの初めて!」
後輩たちは、綾子をそっちのけで話を進めていた。自分たちだけで盛り上がるのが好きな子たちである。
「ごめんなさい。私、暇が無いから」
「えっ、そんなぁ」
「カラオケは、また今度ね。かたづけたい仕事があるから」
「そうですか。それじゃあ、しかたないですよね。AYAさん、忙しいし」
後輩たちは、綾子と智子、事務所スタッフにあいさつをして、ぞろぞろと事務所から出て行った。
「あの、スタジオ、独り占めしちゃってもいいですか?」
そう申し出ると、すぐにスタッフは、スタジオの使用予定を確認してくれた。
「大丈夫ですよ。今日はもう、使う予定はありませんので」
「わかりました。智子さん」
「なに?」
「来週のぶんの撮影、今日に済ませてしまいたいんですけれど」
「どうして」
「予定があるので」
「予定とは?」
「そこまでお答えしないと、納得していただけませんか?」
「さっき、あなたがメッセージを見ていた子が関係しているの?」
「お答えする義務は無いと思います。まして、相手の子は一般人です」
「そうね。そのとおりだわ」
さすがの智子も、負けを認めた。
いま、綾子が言ったみたいに、澪は普通の女子高生だ。
綾子のプライベートだけならまだしも、澪のことをあれこれ詮索する権利は、智子には無い。
「いいんじゃない? イベントに向けていそがしくなるし、片づけられる仕事は、やれるうちにやっておいたほうがいいでしょ」
ただならない雰囲気を察したのか、ヒロエが智子に提案してくれた。
ヒロエの明るい口調は、張りつめていた事務所の空気をやわらげてくれた。
「もちろん、綾ちゃんに無理されちゃ困るけどね」
気さくに、ヒロエは綾子の肩に両手を置いた。
「私は平気です」
「そ、それじゃ、ちゃちゃっと準備しちゃいますね!」
ほかのスタッフたちは、逃げるようにして事務所から出て行く。ヒロエも、やれやれとそのあとに続く。
スタイリストにすぎないヒロエの、越権行為ともとれた。
でも、ヒロエ以外に、智子に意見できるスタッフはいないので、誰も文句は言わないだろう。
事務所には、綾子と智子だけがとり残される格好になった。
智子は、書類に目を通し始めた。
「智子さん」
「まだ、なにかあるの?」
あったら悪いのだろうか。
AYAは、智子一人の所有物では無いのだ。
綾子から意見をすることが、そんなに気に入らないのか。
「新曲の歌詞、来週には、必ず提出しますので」
募ったイライラも籠めて、語気を強めた。
綾子の決意を伝えるためだ。
言うだけ言って、スタジオに行こうとする。
ドアノブに手をかけたときに、
「AYA」
智子のほうから声をかけてきた。
「その、新曲の歌詞だけれど、本当に、あなた一人で考えたものではないのね?」
ドアノブを握ろうとした綾子の手が、つるりとすべった。

