わたしたちは星の歌を紡ぐ

 澪は、スマホの画面を眺めていた。
 <ぜひ、お願いします>、という、ついさっき送信されてきたメッセージが残っている。
 こそばゆかった。
 正直に言って、うれしい。
 自然と、口元がゆるむ。
 たった一行の、簡単なメッセージをもらっただけなのに、こんなにうれしい。
(綾子、高校生なのに苦労してるんだなぁ)
 学校と、お仕事の両立というのは、想像以上にきついはずだ。バイトなんかとは責任も段違だろうし。
(あのAYAって子と綾子、同じ人じゃないかって思ったけど)
 おとぎ話みたいな澪の予想だったけれど、大ハズレっていうわけでも無かった。
 綾子は、そのすぐれた感性を、高校生のうちから発揮して、インターネットクリエイターとして、お仕事をもらっていたのだ。
<仕事、大変じゃない?>
 澪は、素朴な疑問をぶつけてみた。
<慣れちゃえば、どうってことないですよ>
 それにつづく綾子からのメッセージが、澪の心に刺さった。
<もちろん、楽じゃないですよ。でも、わたしが、わたしでいられなくなるほうが、イヤですから。だから、やってこれたんです>
 インターネットでライブ中継をしている人も、平気で一晩中ゲームをしたり、しゃべりつづけたり、歌をうたったりしている。
 正論を言うと、身体には良くない。
 けれども、正論正論で理詰めだけになってしまったら、そこに、おもしろさとか、生きがいがあるだろうか。
 例えば、鳥は羽をはためかせて空を飛ぶ。
 もしも、羽を動かすことができなくなったら、地面に落ちて、命を失う。
 それでも鳥は、空を飛ぶ。
 それが、生まれたときに、神さまから与えられた能力だから行使する。
 理屈じゃなくて、本能なのだ。
(本能……)
 澪は、胸に手を当てた。
 この体の、どこにあるのか、どにいるのか、わからない。でもたしかにここにいる、如月澪としての本能。
 それが、わたしが、わたしなんだと、誇れるもの。
 これがあるから、わたしなんだよ、と支えてくれるもの。
 目を閉じる。
 かすかに、ほんとうに、かすかに、心に灯りがともりそうな感覚になった。
「お姉が、女子高生みたいなことをしている、だと……?」
 キッチンで、たのしそうに綾子のメッセージをながめていた澪のところに、湊がやって来た。
「失礼な」
 湊の頬をつねった。
「てか、いいなー。私も、あのおねーさんと連絡先交換したいなー。また連れて来てよ」
「湊は、友達がいっぱいいるでしょ」
 妹は貪欲である。
 澪は、そんなにたくさんの人と連絡先を交換しても、管理しきれる自信がまったく無いというのに。
 本当に澪と血がつながっているのか、疑わしくなる。
「というか、服くらい着なよ」
 風呂からあがったばかりの湊は、下着姿で廊下をうろついていた。
 気を許した相手のまえとか、この場所は安全だと判断した場所であれば、どこまでも無防備になることができるのが湊だった。
「お風呂あがったらキッチン来いって言ったの、お姉じゃん」
「普段の心掛けのことを言ってるの、私は」
 妹の、こういう性格が、澪の心配の種となる。それを少しは理解してほしいものだ。
「まぁまぁ。私らは、正反対の性格をしてるからバランスが取れてるんだよ。だから私は、これでいーの」
 湊は、冷蔵庫の牛乳をコップに注いで一気飲みした。
 如月湊。一つ年下の妹。
 澪とは真逆の性格をしていて、社交的。友人多数。
 得意技、ああ言えばこう言う。
「んで、おすすめのスタンプだっけ?」
「そう。あったら教えて」
 なんとなく、綾子がそういうやりとりを求めているように、澪は感じていた。
 澪は、綾子の期待に応えたい、と、これもなんとなくそう思う。
 で。社交的で友人多い、妹にアドバイスを請うたわけである。
「それよかさー、大事なことがあると思うんだよねー」
 ぷはーっと息を漏らした湊は、二杯目の牛乳をコップに注ぐ。
「大事なことって?」
「こういうのはね、最初が肝心なんよ」
「はぁ。最初」
「イエス。連絡先を交換するだけして、あとは音沙汰無し、そのままバイバイ。みたいなケース、よくあるわけよ」
「なるほど」
 他人と連絡先を交換するのが日常の一部とも言える昨今。そういうこともあるだろう。
「だからね、私が言いたいのはね」
「うん」
「あれこれ考えるまえに、相手とやりとりしたいって思ったその瞬間に、メッセージを送りなさいってこと。それが、あなたとこれからもつながりたいっていうアピールになるから」
「えっ、でも……」
 綾子とは、さっきから何回もメッセのやりとりをした。
 もう夜の8時だし、綾子にも、宿題をする時間とか、お風呂の時間とか、都合があるだろうし……。
「あんまり連続でメッセを送ったら、迷惑でしょ」
「いいから。私の言うとおりにしてみなよ」
「わ、わかった」
 釈然と、友達づき合いの経験が浅い澪は、言いなりになるしかなかった。
 メッセージを送信したら、すぐに既読になって、そして……。
〈あら。もう寝ちゃったのかと思いました〉
 すぐに、そこはかとなくトゲを感じるメッセージが送られてきた。
「な、なんか怒ってるっぽいんだけど……」
「ほらね。だから言ったじゃん。まったくお姉は世話が焼けるねー。これからは、私がキューピットになったげるよ」
「ただの友達なのに、おおげさ……」
 笑い飛ばそうとしたけれど、喉につかえるものがあって、できなかった。
「お姉、どしたん」
「なんでも無い」
「早く、返事したほうがいいよ」
「そうする」
 部屋に戻って、ひと息ついた。
 うなじを毛虫が這っているみたいな、気色の悪さを澪は感じていた。