わたしたちは星の歌を紡ぐ

「湊、服くらいちゃんとしな」
 湊は、上半身はキャミソール一枚で、下半身はショーツ一丁という、とても中途半端な、かつ、客人を出迎えるには、非常に不適切な格好をしていた。
 綾子が女の子で良かったと、澪は心の底から思った。
「だって、お姉が人を連れて来るなんて想像できないもん。お姉がぼっちなのが悪いんだよ」
「もう、ああ言えばこう言うんだから」
 あきれている澪をよそに、湊はお菓子の袋を拾い上げた。
 そのついでに、身長が同じくらいの、綾子の顔を覗き込んで、
「あれっ? おねーさん、AYAに似てるね」
 倉持さんが推している、ネットアイドルの名前を、湊は口にした。
(あぁ、言われてみれば)
 澪も横目に綾子のことを見る。
 声質の良さとか、小顔でかわいいこととか、たしかに綾子は、アイドルでもおかしくはない。それに、特異な輝きがにじみ出ていることもあるし。
 でもそれは、澪が綾子を特別に感じているからで、澪のひいき目でしかない。
 だいたい、綾子だから活動名がAYAなんて、安直すぎる。
「ね、眼鏡外してみてよ」
「こら、湊」
 無遠慮に綾子に距離を詰める湊を、澪が静止した。
「いい加減、着替えてきな」
「はぁい。おねーさん、あとで、眼鏡外した顔見せてね。約束だからね」
 ようやく湊は、自分の部屋に帰って行ったけれど、最後までしつこく綾子に絡んでいた。
「妹さんですか?」
「そう。あんな感じで、他人との間に壁を作らないタイプなんだよ。ごめんね、遠慮が無くて」
「いいえ。妹さんは、友達が多そうですね」
「そうなんだけど、隙も多いから心配なんだよ。この辺は、いろんな人がいるから。無警戒に、変な人について行かないかって」
「頼もしいお姉ちゃんですね」
「褒めても、なにも出ないよ」
 照れ隠しに、素っ気なく応じて、澪はスポーツシューズを脱いで、お客用のスリッパを置いた。
「もしかしてですけど、澪ちゃんの部屋に入るの、私が最初の一人ですか?」
「このマンションに住むようになってからは、そうだね」
「ふふふ。そうなんですね」
 綾子は、ころころと喉を鳴らして笑った。
(友達の部屋に入るのって、そんなにうれしいことなのかな?)
 そこいらの感情は、友達つき合いの経験が無さすぎる澪には、いまひとつピンとこない。
「どうぞ。つまらない部屋だけど」
「お邪魔します」
 綾子は、ぐるーっと首を回した。
 そして、言葉に詰まっていた。
 澪の部屋には、特筆すべき点が見当たらないからだ。
 本棚には、いくつかのタイトルの漫画と小説が並んでいるくらい。
 壁に、アーティストやスポーツ選手のポスターなんかが張ってあれば、話題を作りやすいけれど、澪の部屋の壁は、地味で飾り気が無い。
「か、かたづいてますね」
 綾子も、ややぎこちない笑顔になった。
 そして精一杯の誉め言葉を絞り出していた。
「だから言ったでしょ。つまらない部屋だって」
 仮初の笑顔は、澪の自虐的な笑みのまえでは、効果を発しなかった。
「この部屋は、私自身なんだよ」
「澪ちゃん、自身ですか」
「見る?」
 ノートパソコンを開いた澪は、あるフォルダーをクリックした。
 景色の画像だった。
 いつもの遊歩道で、海や空、道を歩く人たちなどを撮影したものだった。
「これ、澪ちゃんが撮ったんですか?」
「そうだよ」
「よく撮れてますね」
「ありがとう」
 澪は素直に誉め言葉を受け取った。
 自分でも、創意工夫して撮影をしているという自負があるからだ。
「でも、それだけ」
 表情が曇る。
「それだけ、ですか」
「うん。それだけ」
 綾子は、澪の顔とパソコンに映し出された画像とを、交互に見ていた。
「だって、そうでしょ。私が、この景色に感動したとか、心が動いたとか、そんなこと、他の人にとっては、どうでもいいことじゃない」
 口調に、力がこもってしまう。
 封印しておくことが辛くなってきた、澪の想い。
 倉持さんたちと仲良くしているだけの、「どこにでもいる」高校生。それだけじゃ、澪の心を満たしきることができない。
 澪は、何者なのか。
 澪は、なにをもって、わたしですと言うべきなのか。
 それが、無い。
 探しても、無い。
 わたしは、なにも持っていない。
「私には、なにも無い。これがあるから私だって言えるものを、持っていない。でも、そういう人間なんだって自分を納得させることもできなくて、なにかあるはずだって、こんな私にも、なにかあるんじゃないかっていう想いを、ずるずる引きずって、気がついたら、もう、高校二年になってた」
 いったん話し出してしまったら、あとは濁流が流れていくみたいに、言葉をせき止めることはできなかった。
 流れ出る言葉を、綾子が受け止めてくれる保証は、どこにも無い。
 澪が勝手に、綾子なら理解してくれると思い込んでいるだけ。
 綾子に受け止めてほしいと、澪が勝手に期待しているだけ。
「澪ちゃん」
「ごめんね。せっかく来てくれたのに、こんな話……」
「これ、よく撮れてます。本当に、よく撮れていますよ」
 綾子は、訴えるように言ってきた。
 きっと、澪のことを励まそうとしてくれているのだ。
 この子は、やさしい女の子だ。
「こないだ撮ってくれた、このデスクトップ画像を見てください。澪ちゃん、才能ありますよ」
 それは、モデルの力で、澪の才能じゃない。
「誰だって、最初は小さな苗木じゃないですか。どのくらい大きな木に育つかなんて、いまから予想することはできませんよ」
 綾子の言葉に力がこもってきた。
「う、うん。ありがと。なぐさめてくれて」
「なぐさめとか、気休めとかじゃないです!」
 綾子が身を乗り出してくる。
 その迫力に、後ずさりする澪。
 こんなに、大きな声でしゃべることができるんだ、と思った。
 大きな声でしゃべっても、聞き取りやすい声は変わらないから、言葉のひとつひとつが、しっかりと耳に入ってくる。
 倉持さんが、いつも自慢している動画の中のあの子の声と、綾子の声とが、澪の脳でシンクロしていく。
(もしかして、綾子って、まさか本当に……?)
 直観が走った。
 だけど、自分の感性に自信が持てなくて、反射で出てきそうになった言葉をかき消してしまった。
「澪ちゃん。私と、ちょっとしたお仕事、してみませんか?」
「仕事?」
「実は私、学校のみんなには内緒で、インターネットクリエイターをしてるんです」
「へぇ。すごいね」
 たしかにいまどきは、学生のうちから動画配信をする人もめずらしく無い。
 でも、それを仕事にできている人なんて、なかなかいない。
 澪がほめると、綾子の視線がちょっぴり揺れた。