わたしたちは星の歌を紡ぐ

 澪は自室で動画を視聴していた。
 AYAの動画だった。
 なんの柄も入っていない、地味な白いマグカップを口に寄せて、コーヒーを飲む。
 ゴールデンウイークの最終日だ。
 この連休中は、濃密な時間を味わってきたので、こうして朝食後の時間をまったりと過ごせていることが、貴重に思える。
(濃密ってか、女子高生としては普通のことなんだろうけどね)
 やったことと言えば、クラスメイトとの勉強会。
 その後にファーストフードやコーヒーチェーンに寄って、軽食をとっただけ。
 だが、そうしたお店を利用したことが無い澪にとっては、そうとうにハードルが高かった。
 特にコーヒーショップの注文ときたら、ただのコーヒーなのに種類や大きさをこちらから指定しないといけないから、頭がこんがらがった。
 幸運なことに、赤嶺さんと澪は食事の嗜好が似ているみたいだったので、彼女の真似をして注文することで、事なきを得た。
 みんなでテーブルを囲っているとき、話題の忠心は、決まってAYAのことだった。
 というか、倉持さんのAYA自慢が止まらない。
 他のクラスメイトといるときには、倉持さんも気を遣って、いろんな話題を振るみたいだ。
 だけど、赤嶺さんと黄瀬さんといるときには気を許しているみたいで、倉持さんが好きな話だけをする。
 黄瀬さんは、人が楽しそうにしているのを見るのが好きだから、にこにこしながら倉持さんの話を聞いていられる。
 赤嶺さんは、自分のペースを守れる人なので、毎度、倉持さんの話題が同じでも気にしない。
 そんな二人だから、倉持さんは、遠慮しないでAYAを自慢したい欲求を発散できる。
「人間関係って、うまくできてるんだな」
 それぞれの性質に添って、自然と、人と人は結ばれていく。
 そして、そんな上手くできている三角形に、新たに加わった澪はどうするか、というと。
「AYAのこと、もっとちゃんと調べないと」
 倉持さんが、AYAの話題を振ってきたときに、しっかりと受け答えできるように、こうして動画視聴をして、予習をしているわけである。
 それにしても、動画を漁れば漁るほど、AYAという女の子は、人に愛されるために生まれてきた女の子だと感じる。
 見ため、おとなしそうだけれど、胆力もあって、ライブ配信でも堂々としている。
 声は、なんのストレスも無く耳に届いてくる。
「顔、ちっさくてかわいいし」
 澪のスマホが震えた。
 綾子から、そろそろ駅に着くというメッセージが届いていた。
「あれ? 私いま、誰のことについて考えてたんだっけ?」 
 AYAと綾子の名前と印象が似ていたため、二人が頭の中でごちゃ混ぜになっていた。
 巣穴である自室でリラックスしていたため、どこかボケている澪であった。
 なにはともあれ、部屋着のジャージからTシャツとジーパンに着替えて、家から出た。
 エレベーターに乗り込んで、綾子から送られてきたメッセージを読む。
「なんか、綾子のメッセって圧があるんだよな」
 綾子は、やわらかい言葉で澪に接してくる。
 しかし、文面は丁寧で、メッセージの無機質な文字であるはずなのに、そこはかとなく、迫力を感じるときがあるのだ。
 今日、澪の家に来たい、っていうメッセージにしてもそう。
 お邪魔してもいいですか?
 と、文面としては澪に判断を委ねてくる体だけれど、
「澪ちゃんが断っても、私、行きますから」
 澪の脳内では、そのように変換される。
 まだ、出会って間もない仲なのに、どうしてか、澪は、綾子に対して、そういうイメージを抱いてしまう。
「メッセージだけでやりとりしてるから、私の妄想が反映されちゃうんだろうな」
 それが澪の解釈だった。
 もうひとつ、自分の直観を信用することができない、如月澪なのであった。
 足を向けた先は、毎日、利用している花見駅。
 ただ今日は、改札を通ることはしない。
 スマホで時間を確認する。
(たぶん、次の電車かな)
 降車した人たちが、いっせいに改札口になだれ込んできた。
 澪が、他の人たちに興味を抱いていないせいだろうか。
 こんなにたくさんの人間がいるのに、澪の瞳は、ただ一人、彼女の姿をすぐにとらえる。
(ただの駅の階段なのに……)
 階段を下る姿が、アイドルがライブコンサートで、軽やかに階段を降りてくる瞬間と、同じくらいの輝きを放っていると感じた。
「こんにちは。澪ちゃん」
 こんな、ありきたりなあいさつでさえも。
 どうして、綾子がそうすると、こんなにも映えるのだろう。
(カメラ、持って来なくてよかった)
 もし手元に相棒のデジカメがあったなら、澪は、ひたすらにシャッターを切りまくっていたことだろう。
「わざわざ迎えに来てくれて、ありがとうございます」
「うん。気にしないで」
 しかし……。
 Tシャツ、ジーパン、スポーツシューズ、というラフな格好の澪。
 対して綾子は、ピンクのベレハットをかぶり、鮮やかな薄いグリーンの、半そでのサマーニット、涼やかなブルーのロングスカート、さらに足元はヒールという、いますぐにデートに出かけられそうなコーデであった。
 こっちは、めっちゃ気になる。てか、気まずい。
 澪にとっては、自宅と駅を往復するのは、ちょこっとコンビニに行ってくるのと同じ感覚だけど、綾子は完全に外出だから、そこの差はあるにしても、恥ずかしい。
 だって澪は、ここから自宅まで、綾子をエスコートしないといけないのだから。
「じゃあ、行こうか」
 澪は、さっさと綾子を家に連れて行こうとした。
 一刻も早く、他人の目であふれているこの場所を離れたかった。
(しかも、きっちりメイクしてるし……)
 隣に立って、気づいた。
 ナチュラルメイクながら、綾子はしっかりお化粧をしてきていた。
 こういう、さりげないエチケットに気を遣うことができる女子高生が、どのくらいいることか。
 本当に、同じ高校生、いや、同じ人間なのか?
「澪ちゃんの家は、駅から近いんですよね」
「うん。すぐだよ」
 この服装を見て察してよ、と思った。
「綾子の家は?」
「えっ?」
「ここから、近いのかなって」
 お返しに、話題を振った。
 かなりスムーズだったと思う。倉持さんたちに鍛えてもらったおかげだ。
「んー……」
 自然な世間話だったと澪は思ったけれど、綾子は応えづらそうにして、
「近いかっていうと、微妙ですね」
 はっきりとした回答を避けた。
(ああ……)
 澪は、綾子の事情を知らない。
 なんで、綾子はこの街にやって来たのだろう。
 家から、それほど近いわけでもない、この街に。
 海辺で一人、なにを想っていたのだろう。
 どうして、涙を流していたのだろう。
 それは、道端を歩きながら話すような、軽い話じゃない。
「そうなんだ」
 だから澪は、話題を切った。
 話をつなげるよりも、こっちのほうが得意だった。
 そして無言で歩いていると、
「澪ちゃんは、大人ですね」
 唐突に、綾子がつぶやく。
 澪は、なんで褒められたのか、わからない。
 倉持さんみたいに、場を盛り上げることもできないのに。
「着いたよ」
「わぁ。澪ちゃんのご両親は、お金持ちなんですね」
 綾子の視線の先にあるのは、十数階建てのマンション。
 駅から徒歩10分足らずという、好立地のマンションである。お値段は、そう安く無い。
「親の金をあてにするなって、いつも言われてるけどね」
 父の言うとおりで、このマンションは、上場企業で管理職にまで昇りつめた、父の努力の結晶。
 澪や湊は、その恩恵にあずかっているだけだ。
 綾子をエントランスに案内して、タッチパネルに暗証番号を入力した。
 エントランスを抜けた先にあるエレベーターに乗り込む。
 自宅が近づいてくると、やけに緊張した。
 家は三階なので、密室だった時間が短かったのが救いだった。
 カードキーを差し込んで、ドアを開けた。
「お帰りさないませー」
 玄関に妹がいた。
 澪を笑顔で出迎えたが、綾子の姿を確認して固まった。
 あんぐりと口を開け、抱えていたスナック菓子の袋を落とす。
「お姉がっ……、女友達を連れて来たぁぁっ!?」
 この世に終末がおとずれたような取り乱しようだった。