わたしたちは星の歌を紡ぐ

「これは、どういうこと?」
 差し出された手帳を見て、智子はおどろきの表情を浮かべた。
 仕事中は、ほどんと表情を変えることが無い智子には、めずらしいことだった。
「見てのとおりです」
 ツンとしながら、得意げに、綾子。
 綾子の手帳には、孤独なフレーズたちが、びっしりと書き込まれているだけだった。
 昨日までは。
 ところが、孤独だったはずのフレーズは、友人たちが心を通わせているみたいに、詩としてつながっていたのだ。
 まだ途中ではあったけれど、見違えるほどの進捗だった。
 綾子も智子も作詞についてはド素人だ。
 プロに見せたら、綾子が提出してきた歌詞なんて、鼻で笑われてバカにされてしまうかもしれない。
 だけど智子は笑わない。
 手帳につづられた歌詞に、大いなる可能性を感じ取ったからだ。
 若さゆえの粗削りさ、豊かで瑞々しい感受性……。詩の粒たちが、まばゆい才能の光を放っている。
(まるで、星みたいね。目がちかちかするわ)
 悔しかった。
 このすばらしい感性を理解することはできても、智子はこの領域には至れない。天才というのは、そういうものなのだ。
「昨日までは、まるで詩になっていなかったはずだけれど」
 いつものクールな表情で、智子。
「ご説明する必要、ありますか」
 綾子は反抗的だった。
 AIの使用をうたがわれたと思ったのかもしれない。
 現代のAIはとても優秀で、ひとつのフレーズから文章を広げる仕事を、簡単にこなしてくれる。
 しかしこの歌詞には、綾子の魂が宿っていることはわかるし、綾子がそんなズルをする子で無いことは、もっと理解している。
 でも、綾子の勘違いを訂正することを、智子はしなかった。
 あえて、綾子を不機嫌なままにしておいた。
「そうね。結果さえ出してくれるのなら、それでいいわ」
「プロの方にアドバイスをいただくというお話は?」
「撤回するわ。ただし、手直しが入ることは了承して」
「わかりました」
 綾子は、鼻の穴を広げて勝ち誇っていた。
 アイドルとしては失格だけれど、人間くさくてかわいい。
「それでは、今日のスケジュールだけれど……」
 ここからは、事務的な話が続く。
 ジョークを混ぜたりウェットに富んだ言い回しにしたりすることはしない。小説だったらはぶかれてしまう、つまらない言葉の羅列。
 それを聴かされる綾子もつらいだろうけれど、智子だってつらい。
 でもこれは、「やらないといけないこと」だから。
「質問はある?」
「ありません」
「それじゃ、よろしく」
 告げるや、パソコンのモニターとご対面する。
 スリープモードになっていた暗い画面に、智子の顔が映し出されていた。
(なんておもしろくない人間なのかしら)
 綾子という存在なしでは、熱を持つことも輝くこともできない人間。
 これがあるからわたしなのだと誇れるものが無い人間。
 おもいきりため息をつきたいけれど、事務所で、そんな姿を見せることはできない。
 智子の気持ちが浮き沈みしていたら、スタッフの士気にかかわる。
 完ぺきに仕事をこなしてあたりまえ。仕事人という仮面をかぶることに慣れてしまって、それがまた、智子をつまらない人間に仕立て上げていく。
(そういえば、さっきの歌詞)
 綾子が得意げに見せてきた歌詞に、綾子の才能とは違うなにかが混じっていたような気がする。
(考えすぎかしら。でも……)
 かすかに湧いた疑念を、智子は捨てきることができなかった。