わたしたちは星の歌を紡ぐ

 澪たちは自習スペースを次のグループに明け渡した。
 黄瀬さんと倉持さんがお手洗に行ったので、赤嶺さんと二人、休憩室で待つことにした。
(また、言いかけちゃったな……)
 澪は、入りたい大学があるから、味気の無い作業をしているわけじゃない。
 他に、なにもやることが無いから。
 なにをしていいか、わからないから、勉強っていう、無為で、無価値な作業をこなしているだけだ。
 そんなことを、一年以上もつづけてきたなんて知られたら……。
(また、変わってるって思われて、避けられるかも)
 だから澪は、口を閉ざす。
 だけど、口から出かかってしまう。
 心の奥底に閉じ込めている、本当の澪が、出してほしいって訴えてくる。
「はい。どうぞ」
 椅子に座って、ぼんやりしていた澪のところに、赤嶺さんは、缶コーヒーを差し出してきた。
「ブラック、飲める?」
「あ、うん。って、お金!」
 澪はバッグからお財布を取り出そうとしたけれど、
「いいわよ。今日のお礼」
 赤嶺さんは、澪に缶コーヒーを握らせた。
「お礼だったら、この間……」
 前払いとして、棒付きのキャンディをもらっている。
「いやだ。あれ、本気にしてたの?」
 赤嶺さんは、おかしそうに笑って、プルタブを開けた。
 不思議な雰囲気をまとった人だと澪は思った。
 倉持さんの周囲は、いつもにぎやかだ。
 会話は途切れることが無いし、笑顔が絶えない。
 そんな中でも、赤嶺さんは大騒ぎすることは無い。
 大騒ぎするわけでは無いけれど、いつも輪の中にいる。
 もの静かだけれど、冷たい人では無い。
 冷たい人だったら、今日みたいに、倉持さんのために、いろいろと動くことはしないはずだ。
「やっぱり、勉強ができる人がいると、空気が締まるわね」
「そんなこと……」
 担任の先生と、学年主任の先生から、倉持さんのことを託されたのに、澪はなんにもしていない。
 たしかに勉強ははかどったけれど、それは、もともと倉持さんが持っている能力だ。
 結局、澪は、なにもできない。
 勉強でも、なにも成果を残すことができない。
 それなら、自分は平凡な存在ですと割り切ればいいのに、それもできない。
 中途半端な、人間。
「さっき、なにか言いかけたわよね」
 コーヒーを飲もうとした澪の手が止まる。
「しおりんには、言えないこと?」
「倉持さん、っていうか……」
 コーヒーの缶を持った澪の手が、脚の上に乗る。
 倉持さんだけじゃなくて、誰にも言えない。言いたくない。言うのが怖い。
 言うのが怖いけど、言いたい。
 澪の本心は、こうなんだよって。
 澪が感じたこと、想ったこと、ぜんぶ吐き出して、それをみんなが受け止めてくれたなら、どんなにいいだろう。
「ふむ……」
 立ったままコーヒーを飲んでいた赤嶺さんは、澪の隣に座った。
「いろいろ、あるわよね」
「いろいろ?」
「そ。いろいろ。だって、あたしたち高校生だもの」
「そういうもの、なのかな」
 澪が抱えている「これ」は、高校生だからで片づけられるものじゃないと思う。
 どうにかしないと、って思っているのに、なにもできないまま、高校二年生になってしまった。
 ただ澪の周囲だけが、星が廻るみたいに、変化を始めているだけ。
 澪本人は、その変化についていけるか怪しい。
 周りの星たちに合わせて廻ることができない星は、そのうちに、とり残されてしまう。
「ゆっくり悩みたいのに。悩ませてくれないわよね。十七歳って」
「ああ……」
 澪をうなずいた。
 赤嶺さんが言いたかったことと、澪が考えていることが、同じかはわからないけれど。
 人生経験が豊富なわけじゃないのに、むずかしい判断を求められて。
 立ち止まって考えようとしても、無駄に気力体力にあふれている体が、なにかしたいってうずいてしまう。
 そして周囲の状況は、十七歳っていう未熟な存在なんておかまいなしで、廻っていく。
「しおりんたち、戻って来たわね」
 トイレから、倉持さんと黄瀬さんが出てくるのが見えた。
 澪は、缶コーヒーを飲み干した。
 このくらい簡単に、ぜんぶのことが一気に片付けばいいのに。
 すべてのことを飲み込むには、この体と心は未熟すぎるのだ。