わたしたちは星の歌を紡ぐ

 昼休み。
 澪は、倉持さんたちとお弁当を食べることになった。
 倉持さんの事情を詳しく聞くため、ということで、大義名分はじゅうぶんだったけれど……。
(ほかの人の机……)
 澪は息を飲み込んだ。
 倉持さん、黄瀬さん、赤嶺さんは、机を、四人が会話をしやすいように移動させていた。
 倉持さん以外の机は、ほかの人の机だ。
 机の主には承諾をもらっているし、ほかのクラスメイトも、グループでお弁当を食べやすいように自由に机を移動させている。
 学校の昼休みとしては、あたりまえの光景だった。 
「如月さんは、ここにどうぞ」
「あ、ありがと……」
 黄瀬さんにぎこちなく笑って、ぎこちないしぐさで椅子に座った。
 おしりに、すごい違和感が走った。
 慣れていない便座に座ったときのような……、いや、これからランチをとるっていうのに、便座なんていう例えは不適切か。
 それに、もとの机の持ち主にも失礼な例えだと澪は反省した。
 反省ついでに、もうひとつ。
「あっ、あのっ。手伝わなくて、ごめん」
 椅子に座ってから、澪は気がついた。
 机の移動を倉持さんたちに任せっきりにして、ぼけっと突っ立っていたことに。
 こうして、クラスメイトと顔を合わせてお弁当を食べるなんて、澪にしたら異世界の出来事と同じで、自分がその景色に溶け込むなんて、夢にも思ってなかった。
(う……。夢……)
 今朝に見た、中学のころの夢を思い出した。
 中学時代だったら、絶対に陰口のネタになる事案だった。
 どんくさいとか、私たちだけに仕事させてサボってたとか、偉そうとか……。その声が、リアルタイムで澪の脳内でひびいていた。
「気にしないで」
 赤嶺さんは、ロングの髪の毛をさらっと指先で払いながら、澪の隣に座った。
(手入れ、大変そうだなー)
 腰まで伸びている、赤嶺さんの黒髪を見て思った。
 思うだけで、口には出せない。
「そうそう。如月さんは、大切なゲストさんだからね~」
 ほんわかとした声色で、黄瀬さんが言う。
 黄瀬さんは、ボブカットの巻き毛を揺らして、赤嶺さんと対面の位置に座る。
(巻き毛、天然なのかな? アイロンで巻いてるのかな?)
 疑問に思ったけれど、本人に聞くことはできない。
「じゃあ、なにはともあれ……」
 と倉持さんは、お弁当箱のまえで手を合わせた。
 それが全員の、いただきますの合図になって、おのおの、弁当の包みをほどいた。
 花咲丘高校は、私立ということで設備は充実している。
 学食もあるし、購買部も、そんじょそこらのコンビニに負けないくらい品ぞろえが豊富だった。
 食事問題をお金で解決している生徒と、お弁当を持参している生徒の比率は、ちょうど半分半分。
 というのは、独りでランチをしている澪が、暇に飽かせて収集したデータなので、信ぴょう性は低い。
「それでね、澪っち」
 倉持さんは、お弁当に箸をつけるまえから、いつにない神妙な顔で、身を乗り出してきた。
 黄瀬さんと赤嶺さんは、澪と倉持さんを見守りつつ、お弁当を食べ始めた。
「えっ。その唐揚げ、冷凍じゃないでしょ」
 澪の顔をまっすぐに見据えていたはずの倉持さんの瞳が、ぎゅいんと澪の手元に方向転換した。
「卵焼きも、きれいに焼けてておいしそう。ウチ、卵焼きが大好きでさ。意外に思われるかもだけど、あんまり甘くないほうが好き……」
「詩織ちゃん。そうじゃないでしょ」
 黄瀬さんが、口をはさんできた。
 澪をゲストとして招いてくれたのは、母お手製の、澪のお弁当を批評するためでも、倉持さんの好物を語るためでもないはずだ。
「しおりんは、すぐ興味があちこちに移るんだから。だから成績が上がらないのよ」
 赤嶺さんは、髪を耳にかけてパスタをすすった。
 しめじ、まいたけ、キャベツに人参にピーマンに……。
 野菜もキノコも、ちゃんと包丁でカットされていた。それだけでひと苦労なはずなのに、赤嶺さんのパスタには、具がたくさん入っている。
 作った人の、愛情が感じ取れた。
(あ。私もやっちゃってる)
 倉持さんじゃないけれど、やっぱり、他人のお弁当っていうのは気にしてしまう。
「もう。言われなくてもわかってるよ」
 倉持さんは、ふくれっ面に、ひとくちサイズのコロッケを詰め込んだ。これは冷凍ものだった。
 だからって、作った人の愛情まで冷めているわけじゃない。
 お弁当を作るっていうだけで大変なのだから。
「じゃあ、改めて、だけど」
 ようやく本題になった。
 ほかの三人が、お弁当を食べながら話していたので、澪も遠慮なくお弁当を食べた。
 でも、生身の人間の話を聞きながら、ものを食べるというのは、澪には難度が高かった。
 動画とかテレビを視ながらごはんを食べるのとは勝手が違う。
 まじめに見ていなくてもいい動画とかテレビと違って、人の話は、聞き逃すわけにはいかないからだ。
(いつ、ごはんを食べていいか、わからない……)
 澪は、倉持さんの話をちゃんと聞くために、持ち上げかけたおかずや白米を、何度もお弁当箱に戻すことになった。
 そのせいで、ほかの三人よりも、お弁当の減りが遅かった。
「一年生のころは、なんとか授業についていけてたのにっ……!」
「それで、油断しちゃったのよね」
 冷静にツッコミをいれる赤嶺さん。 
 一年生のころは、良くは無いながらも、どうにか一定の成績を保っていた倉持さん。
 しかし、二年生になって雲行きが怪しくなる。
 倉持さんが言う、「いちばん女子高生でいられる時期」で浮かれていたこともあって、頻繁に行われる小テストの結果は爆死つづき。
 このまま中間テストにもつれこんだら、悲劇が待っているのは明らかだった。
「ゴールデンウイークが終わったら、中間テストだもんね~」
 黄瀬さんは、目を細めてペットボトルのお茶を飲んだ。
 せっかくのゴールデンウイークだけれど、その先には中間テストが待っている。
 成績に問題が無い人や、勉強モードに入るスイッチを持っている人は、連休を楽しんでから、テスト勉強すればいい。
 でも、倉持さんは……。
「ウチは、受験勉強の貯金で、どうにかやってきただけなんだよぉっ」
「無くなりましたか。貯金は」
「かほっち! さっきから他人事みたいに言わないでよ!」
 倉持さんは、机をばしばしとたたいた。
(それ、ほかの人の机!)
 澪はどきっとしたけれど、倉持さんだけは自分の机を使っていたので、胸をなでおろした。
 パスタを食べ終わった赤嶺さんは、口の周りをウェットティッシュで拭いて。
「だって、あたしだって、自分のことでいっぱいいっぱいだし」
 スカートのポケットからリップクリームを取り出して、唇にあてがった。
 赤嶺さんも、成績は悪くないものの、他人を気にかける余裕はないようだ。
 それだけ、花咲丘のレベルは高い。
「やっぱり、頼れるのは……」
 倉持さんと赤嶺さんが会話しているうちに、澪はお弁当を食べ進めようとした。
 でも、倉持さんが澪の前で両手を組んできて、箸が止まる。
「な、なに?」
 箸に乗っていた白米がこぼれ落ちた。
「このままだと、ゴールデンウイークに補習を受けないといけないんだよ」
 この時期になると、授業についてこれなくなる二年生が出てくるのは、花咲丘の恒例行事らしい。
 そこで、成績が思わしくない生徒のために、学校側は、ゴールデンウイークを利用して、補習授業を開いてくれる。
 成績が下降気味の生徒の救済措置として、合宿並みの補習が行われるのだ。
 と、担任の先生から参加を勧められた倉持さんは、涙まじりに語った。
(うわぁ。私、絶対ムリ)
 目的があって勉強癖をつけてきたわけじゃないけれど、澪は、成績上位をキープしてきた、過去の自分に感謝した。
 だけど、そのせいで、
「お願いだよ、澪っち。ウチに勉強をおしえてよ」
 こうして、倉持さんに頼られるハメになった。
「いや、でも、私なんかじゃ……」
 たしかに澪は、成績上位者だ。
 でも、ただの生徒である澪よりも、教育のプロである先生の補習を受けたほうが、効果があがりそうなものだけど。
「如月さん。あたしからもお願い」
 赤嶺さんは、食後のデザートのつもりなのか、棒付きキャンディの包みをはがしていた。
「しおりんの成績の悪さって、じっとして、大人の話を聞くのが苦手っていうのがあるのよ」
「そう。大人の人の話は難しいっていうイメージがあって、授業が、ぜんぜん耳に入ってこないんだよ」
 基礎になる授業が頭に入っていなければ、自分でかみ砕いて理解する、という段階に移れない。
 宿題は作業的にこなすことができても、土台になる基礎知識が欠けているから、応用がきかなくて、テストで点をとることができない。
「でも、お友達と一緒だったら、もうちょっと集中することができると思うんだ」
「だけど、私と夏穂(かほ)ちゃんは、そこまで勉強ができるわけじゃないし。詩織ちゃんが暴走しないようにするだけで、手いっぱい」
「黄瀬さん。それって……」
「あたしと千代子(ちよこ)が、しおりんの手綱を握る。如月さんは、心置きなく勉強を教えてあげてほしい」
「待っ……!」
 そんなの無理!
 断ろうとした澪の口に、
「これ、報酬の前払いね」
 赤嶺さんは、棒付きのキャンディを突っ込んできた。
 まだ、澪はお弁当を食べ終わっていないのに。